8話
ねぇねぇ、ゼーレさん。
鬼とは?
『鬼は鬼さ。見りゃわかる。』
ふぅん。
人外さんね。
『ああ、そうだよ。』
風が冷たくて、モフモフの毛にめいっぱいしがみつく。
ゼーレさんって普段触らせないけど、こういうのは文句言わないんだよねー。
そういや、なんで私まで行くの?
『暇そうだったから。』
さようですかー。
ゼーレさんはウキウキと駆けている。
場所、わかってるのだろうか。
『ああ、気配があるからね。』
で、どういう仕事?
『鬼をね、始末するか異界に送るか決める仕事だよ。』
異界?異世界?
異世界・・・転生?
『まあ、そんなもんだね。』
えー。いいなー。
それ、私させてもらえなかったんだけど、鬼ならできるの?
まあ鬼なら転生してもオーガってとこだよね。
冒険者に倒される側はやだっちゃやだけど。
ってーか、この世に未練あって死にきれない思いなら私も抱いてたんスけど。
『まあね、この世界の理から離れてしまってはね、隔離するしかなかろう。』
ん?隔離?
なんか、思ってるのと違うな。
なんていうか、そっち系?
『そうだね、あたしの感覚から言うと隔離だね。それに鬼になるほどの未練ってハンパない未練だよ。あんたの後悔とは少し違うのさ。』
へー。
いろいろあるのね。
確か人が鬼になるって昔話あった気がするけどドロドロストーリーだったような・・・
まあいいよ、私は自分の幸せのために生き直してるって納得してるから。
『ここ。』
ゼーレさんが古いアパートの前で足を止めて、くんかくんかする。
『あ、急がないとやばいね。』ゼーレさんはトンッと地面を蹴ってアパートの壁に突っ込む。
え、ちょ!
はい、無事でしたー。
壁を通り抜けられるわけね。へー。ほー。
おぅほっ?!
狭い部屋の半分くらいを埋めるベッドから、ドロドロした空気が立ち上ってる。
み、見える、私でも見えるよ。
『あたしに乗ってるから見えるんだよ。まあそのまま見ときな。』
よく見るとベッドには20歳くらいの女性がすでに亡くなっていた。
孤独死?
あ、違う。自殺だ。睡眠薬のビン転がってるから。
ベッドの脇に遺書もある。
『ほら、目を開けるよ』
ゼーレさんが舌なめずりをする。
見ていると女性、はゆっくり目を開けた。
瞳は白く濁っている。にゅっと額が盛り上がり1本の角になる。ゆっくり上体を起こすとあくびをするようにくわっと口を開いた。中は真っ赤で、尖った牙が揃っている。
確かに鬼だが、さすがにこわいわ!
どっちかっていうとウォーキン○デッドだよ!
『小松原椿さんだね』
ゼーレさんが確認すると鬼はこちらを向いてしばらく考え、自分の手を見つめたあと、「はい」と明瞭な声で答えた。
割とちゃんとしてる。正気だねこれ。
ゼーレさんがとても残念そうな顔をして、小さくため息をついた。
『殺されたんだね?』
え?
自殺じゃないの?
「・・・はい。」
『あんたは嫉妬という未練にとらわれすぎて、死んだ後にこうやって鬼として蘇ってしまった。すでに身体も作り変えられてこの世の理と離れている、わかるかい?』
「はい。」
あれー?
みるみる鬼の瞳が色を取り戻し、牙も引っ込み、顔色の悪い1本角のあるきれいな人に整っていく。
『ちょっと待ってな。先輩を呼ぶからね。茨鬼、姿を見せておくれ。』
ゼーレさんが呼ぶと、ゼーレさんの横に正座した人が姿を現した。
おうっ!でかい!
正座していてさえ天井近くに頭がある。その額には2本角、ちょっとごつい体付きで白いきれいなブラウスに黒いスカートのスーツ。CAみたいにスカーフを巻いている。
「タマちゃん、遅かったじゃない、はらはらしちゃったわ。はじめまして、椿ちゃんに華子ちゃん。茨鬼よ。」
おおぅっ!太いいい声!
『すまなかったね。椿は正気は保ってるみたいだから、処分しない。そっちに引き渡すよ。』
「ええ、わかったわ。ちょっとぉ、タマちゃん、顔に残念って書いてあるわよ。」
茨鬼さんがコロコロと笑う。
『そりゃあね。まあいい。椿。』
ゼーレさんがまっすぐ椿さんを見た。
『詳しいことはこっちの茨鬼から聞いてもらうとして、あんたはあんたを殺した男に復讐することができるが、まだ生まれたばかりですぐには難しい。だがあたしは今すぐ復讐できる。報酬は男の魂。やるかい?』
「やります。」
椿さんはためらいなく答える。
「ちょっと椿ちゃん、あたしの説明聞いてから答えたほうがいいわよ。もう、タマちゃんも手順はちゃんと守ってよ。」
茨鬼さんが口を挟んだ。でも言葉の割に問題に思ってないようだ。
『だってさー。』
ゼーレさんが口を尖らせる。
「あのね、椿ちゃん。あたしたち鬼は人間も食べるの。きっと、本能でなんとなくわかってるわよね?今こっちの華子ちゃんのこと、すごくおいしそうに見えてると思う。」
椿さんはこくん、と頷く。
まじでか。
「大丈夫、取って食べたりしないわ。理性はきちんとしてるの、あちしたち。」
茨鬼さんが私にウィンクをした。
『ね、だから言ったろ、さっき・・・』
ゼーレさんが声を潜め『隔離って。』
あー、そういうことね。
まじでウォーキン○デッドなんだ。
「でね、人間の体だけでも十分なんだけど、その魂は人間でいうところのキャビアやトリュフ、フォアグラにあたるようなもんなのよ。向こうで買うとうんと高いのよ。」
ほうほう。椿さんも真剣に聞いている。
「それをタマちゃんに渡しちゃっていい?」
「・・・はい。」
「わかったわ」
『ほらごらん。手順なんてスルーでOKだろ。』
ゼーレさんの目が輝いている。
『あとは任せときな。』