4話
さて。
8歳になりました。
外側だけ幼女の華子です。
視界が低い。
ランドセル背負って、友だち(仮)のサッちゃんと下校中です。
季節は、晩秋、かな。
私は手の中のスマホをサッちゃんにわからないように上着のポケットにそっとしまった。
「じゃあ、わたしこっちだから。ばいばい、華子ちゃん。」
「あ、うん、ばいばい。」
サッちゃんは、よく我慢した!自分偉い!と言わんばかりに、私に背中を向けて走って行った。
私とサッちゃんは同じ登下校グループ。
お互い学校から家が遠いから最後まで一緒になっちゃうだけで仲は全然良くない。
超わかりやすいんだけど、私サッちゃんに嫌われてます(笑)
つーか、この時期の私はクラスじゅうから嫌われてた。
理由なんて知らない。
ロッカーに置きっぱなしのお道具箱がぐちゃぐちゃにされてたり、机への落書きなんて当たり前。
うーん、我ながらよく耐えてたな。
キョロキョロ。
懐かしい風景だわー。のどかな田舎。
自分は・・・ランドセルに図書バッグ、給食袋持ってるとこ見ると今日は土曜日か。
洗濯のために持ち帰ってるんだろうな、これ。
ははは、若者よ驚くなかれ、おばちゃんたち世代は土曜も学校行ってたから!
昼までだけどな。
『華子。』
はい、なんスか。
背後からゼーレさんの声が。
サッちゃんとか他の人にはゼーレさんは見えないみたいね。
ゼーレさんの顔を見ようとするとかなり見上げなければいけない。おばちゃん、首痛いよ、ってあれ?痛くねーわ。さすが子供の身体!
『鍵は持っているんだろうね』
もちろん、ランドセルの外側のポケットに入ってる。
私の両親は共働きだし、兄貴は部活で遅くなる、妹は延長保育。
いつも最初に家に帰るのは私。
不思議と体がなんでも覚えているもので、鍵を開けてから、洗濯物を取り込んで、お湯を沸かしてポットに詰め、お米も2時間後に炊き上がるよう仕掛けておくという自分の役目をばっちりこなした。
あとはテレビ見ながら適当に宿題やって。
コタツでゴロゴロしながら図書館で借りた本を読む。
うーん、これがこの頃の私の最高の幸せ。
友達なんかいなくても、この一人になれる2時間が私にはかけがえのないものだった。
ゼーレさんは家の中をウロウロしてる。
あー。
アニメの再放送が懐かしい。っつーか、アナログテレビがもはや懐かしい。
言っときますけどテレビのリモコンはもうありましたよ。
あ。
ふと思い出してスマホを起動してみた。
ゼーレ、と書かれた猫のイラストのアプリがある。
タップすると、
渡辺華子 8歳 不幸度-0.223
ゼーレの世話未開放
と表示された。
なんじゃこれ。
不幸度がマイナスになってるから、今あんまり幸せじゃないってことなのかな。
よくわからんな。
とりあえずゼーレさんの世話は不要ということはわかった。
アプリを閉じると、メッセージが1件きてた。
ダンテくんからだ。
「異世界転生させてあげられませんでしたが、暇ならゼーレの手伝いをお願いします。」
手伝い?
ゼーレさん、仕事してんのかい?
ちらっとゼーレさんを見ると
『無礼なこと言うんじゃないよ、あたしはあんたよりよほど高位の存在なんだ、あんたの見てないところでちゃんと働いてるよ。それに汚い手で触ったら怒るよ。』
あー、はいはい、さーせーん。
『それとあんた、さっきから思ってたけど、そのふてぶてしいおばちゃんみたいな態度もおやめ。』
ゼーレさんが鼻にシワを寄せてフーと唸った。
こわっ!
・・・でも、だって元おばちゃんだもーん。
しょうがないじゃん。
『まあ、そんなふうになっちまったのもよくわかるけどね。ほんとのあんたなら、さっきサッちゃんに、また明日、くらいの社交辞令は言ってたよ。』
え、まじ?
あんなに嫌われててそれ言えるとか、まじ天使かよ。
『ああ、それはいい子だったね。教室に迷い込んだトンボを机の上に椅子乗せてまでして助けて、アスファルトの上で干からびそうなミミズを畑に連れてって用水路から水くんで来てかけてやって、踏まれそうなところに咲いた花を一生懸命移植してた。』
そうだったっけ?
『なんだい、忘れちまったのかい。』
ちょっとゼーレさんやめてよ、昔はいい子だったのに、みたいなそれ。
『ホントのことだからね。だからあんたが・・・なんでもない。とにかくいまのあんたはただの僻み根性にとらわれたイヤな皮肉屋だよ。そのままだと静に嫌われるよ。』
ちょ!
僻んでないし!そもそも嫌われるわけないし!
『バカをお言い。静との出会いを思い出してごらん。』
あっ・・・。
『わかったね、あんたの性格、なんとかしないと絶交どころか、親友にさえなれない可能性もあるんだよ。』
さーせ・・・すみませんでした。
『よろしい。ところであんた。どうせ暇だろう。天狗に挨拶に行くよ。』
へ?
今何と?
『だから天狗さ。あたしはあらゆる時空、次元に存在する。だけど原則的に人やモノに干渉することはないんだ。今回は特例だからあちこちに話を通してるんだが天狗はまだでね。さ、お乗り。』
そ、そういうものなの?なんかよくわからんけど。
私が迷ってるとゼーレさんが私を咥えて背中に乗せて外に出た。
そして大きく一吠えし、駆け出した。すると猫○スみたいに、家も木もすべてがゼーレさんをよける。
ジ○リの世界やー!
『そうそう、そういう子供らしい反応してりゃいいんだよ。』
ゼーレさんが得意そうに言う。はーい、わかりましたー。
興奮も束の間、ゼーレさんはわりと近くの森で私をおろした。
『おーい、九郎。いるんだろう。』
「はいよ。」
ゼーレさんが呼びかけるやいなや、狐が出てきた。
かと思うと狐の姿がもやっと霞んで、すっと人間の形になった。
なった!
なんやこれ!
・・・人外の存在とかまじかーーー!!!
や、やっぱいるんだ。
古典とかにもよく出てくるもん、きっといると信じていたが。
ダンテくんも、人外だったけどいかにも感あったし。
いやー。なんか感動するわー。
「タマさんか。久しぶり、元気かい?」
タマ?!
ぷぷっ。一瞬で感動から引き戻されちまったぜ。
『おかげさまでね。それより・・・』
ゼーレさんが、ギロっと怒りの視線を向ける。
はーい、ごめんなさーい。
つられて九郎さんもこちらを見た。
うん、地味!
地味に洋服きせたらこうなるんだろうね、なんの印象も残らん人だ。
「そちらのお嬢さんはもしや例の?」
『ああ、もう聞いてるのかい?話が早い。そうだよ。不運の女神さ。』
「よろしく、華子さん。未来からようこそ。」
「よろしくお願いします」
私はとりあえず出された手を握り返した。
えっ。
握った手は・・・とてもとても冷たかった。ああ、この冷たさを私は知っている。
私が記憶を掘り返すのをやめさせるように九郎が気楽な様子で
「あ、そうだ。静さんのとこ、行ってみる?」
その冷たい手で私の頭をなでた。