終章 鎖のように強く 糸のようにか細い ①
祈るように、慈しむように、その大きな手を握り、思い出す。
先代の最後。同じ場所、同じ思いで、あの人の眠りを静かに眺めていた日々のことを。
「ねえ、セツカ」
目を覚ますことのない人。
私の、大切な人たち。
「覚えて、いますか」
『ナユタ様、あなたは』
「私は、覚えていますよ」
『私のことを、どう思っておいでですか?』
「いつだってあなたは」
あの時と、同じ言葉を、口にする。
「私の、帰る場所」
「どうして、こうなっちゃうんだろうね」
「ふむ」
今だけは二人に時間をあげたくて、ボクとエリザは二人並んで、縁側に座り込んで外の景色を眺めてた。
足をぷらぷらさせながら、ボクはどうしても言わずにはいられなかったんだ。
「セツもカークも、自分を犠牲にしてまでさ」
ボクたちの背後の部屋、障子を一枚隔てた先にナユタは居るはずだ。
眠り続けるセツカと一緒に。
「あんな風に、大切な人を残して」
「私には分かる気がするな」
エリザはすっと胸に手を当てる。
いつか見た、彼女なりの祈りの所作だ。
「すべきことがある、というのはそういうものだ」
「そんなの、自分勝手だ」
それでもボクは納得なんて出来そうも無かった。
ボクの心はどこか、あの水辺の故郷に置いてあるままだから。
「残される人のことだって考えて欲しいもんだよ」
多分、いつまでも。
「耳が痛いな」
エリザが苦笑を浮かべた所でパタン、と背後で小さな音がする。
「ロッテさん、エリザさん」
「ナユタ」
ボクたちは振り返ってその顔を見る。
悲しいのか、それとも苦しいのか、表情は、読めない。
「もう、いいの?」
「はい」
ナユタの声音に後押しされるよう、ボクも覚悟を決める。
すべきこと、というのなら、これもまた、そうだ。
「始めましょう」
「本当に、いいんだね」
「はい。セツカも、それを望んでいるはずですから」
ボクは持ちなれない短刀を両手で持ってナユタの前に立つ。
『この短刀は』
あの夜、ナユタはこの短刀をボクにくれた。
セツカからの、贈り物だと言って。
『護り人に伝わる護り刀です。代々受け継がれた、姫巫女が次の代の姫巫女に魂の秘術を継承するために必要な物。つまり』
『これこそが、秘術の鍵です』
曰く、セツカが自らに刺したあの短刀は、本来は姫巫女の一族が持つ護り刀で。
いざという時に、魂の秘術ごと自分を封印する、本来は自害のための刃で。
それを、事前にあの二人は交換していた。
そしてセツカは、最後に、そんな大切なものをボクに託した。
どうしてかは、もう想像することしかできないけど、きっと認めてくれたんだと思う。
ボクはその期待に、応えなきゃならない。
「その刀で」
ナユタは自身の胸、心臓のある場所を指し示す。
「ここを刺してください。それで、全てが理解できるはずです」
「分かった」
いざその時が来たと思ったら、手が震えた。
儀式用の短剣なら何度も使ったことがあるけど、こんな風に手が震えるのは初めてのことだった。
(ボクは)
何に怯えてるのか、怖いと、そんな風に思う。刃物で人を傷つけるなんて初めてだからか、それとも託されたものの重さからか。
どんな気持ちで刃を入れればいいのかわからなくて、ボクは。
「大丈夫です」
言葉と一緒に、ナユタの手がボクの手に添えられる。
「私は、私たちはあなたを信じています」
すっと、心の中にナユタの言葉が入ってくる。
微笑みと、信頼。
手の震えが、止まる。
「ありがとう。ボクを信じてくれて」
絶対に、救って見せるから。
「いくよ」
そっと、大切なものを壊さないように。
ボクは、刀を心臓に突き刺した。
「……あれ?」
気が付けば、そこは一面、白い世界。
「ここ、どこだろう?」
見覚えのない場所。目印すらない。見渡しても、霧みたいな白い何かが辺りを覆っていて、先を見通すことが出来ない。
「おかしいな」
ボクはさっきまでナユタたちと一緒にいたはずなのにその姿もない。
一瞬でどこかに移動してきた?
だとしたら、その先って……。
「よう」
かけられた声の方向、ボクは反射的にそっちを見上げる。
「ロッテ。初めまして、だな」
見上げた先には一人の和装の女性が座っていた。
その脇には、一本の鞘に納められた刀が置いてあるのがやけに印象的だった。
だけど、おかしい。
さっきまではあの場所には誰もいなかった。
というよりも。
あの人は、一体に何処に座ってるんだろうか?
見ても、その人の座る位置には、何もない。
虚空に、堂々とした態度で座ってたんだ。
「あの」
ボクは訳が分からなくなりながらも、何とか声を発する。
「あなたは?」
「あたしか」
その人は、少し考えたような素振りを見せてから、脇に置いてあった刀を手に取って。
ふわりとその場から羽のように飛び降りる。
「え?」
そして、視界から消えた。
「あたしはカナタ」
声は、今度は背後から。
振り返ると、ボクのすぐ近くにその人は、カナタは立っていた。
「先代の姫巫女にして、受け継ぐもの、そして」
カナタが、その瞳でボクを見る。
「あんたに、秘術の知識を授けるものさ」
ボクのことを見定めるように。




