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俺は魔王になったりしない  作者: エル
第四章 月下の決闘

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月下の決闘 ⑤


「そう、か」


 感覚で、理解する。 

 やはり私では届かなかった、と。


「ぬかったか」


 私の突き立てた、否、突き立てようとした小刀が、その核心に至る直前で停止している。

 見えずとも、感じた。魂に届く前、そこに何かが、ある。

 何かに、触れた。そして、それに止められ、守られたのだ。

 そしてその瞬間、術を支えていた剣が限界を迎えて砕け散り、魔法陣が粉々となって白く光る魔力の欠片へと変わっていく。


「お前」


 陣の崩壊によって自由を取り戻したアル殿が、ふらふらと立ち上がりながら片目でこちらを睨んだ。


「何をした!」


 アル殿から溢れ出る影。けれどそれは先ほどまでとは趣が違う。

 より凶暴さを増した影は、周囲の全てを飲み込み破壊するかののような暴力性に満ちていた。


「このオレに何をした!」


 赤黒い魔力の嵐に晒され、体を裂かれながら私は後方へと吹き飛ばされる。

 術符を失い、刀を失い、これでは、もう。



 ――――――ああ、まるで降りしきる雪のようだ。



 アル殿はいまだに手で頭を抑え、何かに耐えているようだった。


「なんだよ、これは、くそ!」


 乱れた呼吸、言葉。輝きを増し明滅するかのように揺れる赤き瞳。

 魂を突く我が一族の秘儀は、アル殿に何かの爪痕は残せた。

 だが、それでも。

 届きは、しなかった。



 ――――――心は、静かにそれを受け入れた。 

 

 

「見よ、魔王よ」


 私は静かに立ち上がり、再び自らの小刀を掲げて魂の刻印に光を灯す。

 護り刀はすでに崩れかけで、使用に耐えうるのは、恐らくあと一度きりだろう。


(ああ、師よ)


 ――――――砕け、塵となった白い光が舞い上がるその景色の中で私は。


「おい、まさか」


 アル殿が顔を上げて、私を見る。


「私は」


 思い出す。師匠は言っていた。

 お前は、全てを守れるようにならなければならないと。


「全てを、守る」


 ―――――――護り刀を、自らの胸に突き刺した。


「な」


 アル殿がそれを止めようと手を伸ばす。

 けれどすでに遅い。この身に延ばされたその手は空を切った。

 それをどこか遠くに見やりながら、思う。


(彼女が継ぎ、私が守り、そして)


 体からは急速に力が失われていく。


(後のことを、よろしくお願いします)


 すぐにこの身を支える力すら失い、ゆっくりと後背へと倒れ行く。

 砕け散った魔力の残滓によって、視界は、白く染まっていく。


「なんでだよ!」


 慟哭が聞こえる。ああ、これはきっと。


「なんでどいつもこいつも!」


 魔王の慟哭では、無い。


「そんな風に自分を犠牲にする!」


 私は、微笑む。


「全てを、守る、ため」


「なにを」


「秘術も、未来も、彼女も、友も、全てを、守る、ために」


 そうして、私の意識は周囲の景色に同化するように。

 白く塗りつぶされた。



「なんで」


 ああそうだ。

 いつもそうだ。

 手の中には何も残らない。

 いつの間にか全て失っているんだ。


「そんな、風に……」


 掴んだ虚空の先。そこには意識のないセツカの身体が横たわっている。

 自ら魂に封印を施し、もう目を覚ますことも無くなった抜け殻と同じもの。


「ふざけるなよ!」


 俺は怒りに支配されるように、ホルスターから銃を抜き出してセツカに突きつける。


「こんなこと、俺は望んでなんか!」


 俺が、俺が望んでいたのは。

 こんな、結末なんかじゃ、なかったのに。

 その、はずなのに。


「う、ぐ!」


 頭痛が酷い。俺の頭の中を暴力的な嵐がかき乱していくようだった。

 考えがまとまらない。思考が散り散りになって真っ赤に染まっていく。

 けれどその奥底で、俺に必死に訴えかけるものがある、それは。


「いィ、ぎ!」


 これまでで一番の痛みが俺の脳と瞳を揺さぶった。視界がいつかのように真っ赤に染まる。


(や、めろ、やめて、く)


 その痛みに、衝動に突き動かされるように構えた銃の引き金を引こうとして。


「やめてください」


 何者かに、邪魔された。


「もう、勝負は決しています」


「なんだ、お前は」


 俺とセツカの間に一人の女が立ち塞がる。見覚えは、ない。だが、それ以上に関係ない。俺には、それが誰なのかを考える余裕すらなかった。


「どけよ、そこを」


「いいえ」


 そいつはセツカの盾にでもなるかのように両手を広げて俺と対峙する。


「どきません。例え、なにがあろうと」


 その強い瞳が俺を見る。それが、異様に不快だった。

 まるで、俺の奥の奥を見透かすような、その瞳が。


「そうか」


 そんな感情とは裏腹に、俺はどうしてか笑みを浮かべていた。


「お前が、そいつの守ってた、姫巫女ってやつか」


 歪み切っていて、自分が浮かべているとは思えない口元だけの笑みを。


「馬鹿な、奴だ」


 こいつも、そこで倒れているその抜け殻も。


「そうさ、この決闘の結末なんて、オレにはどうだっていい。そうだ、簡単なことだ。お前さえ、お前さえ手に入れることができれば、それで」


「無駄です」


 女は、はっきりとそう言った。


「護り人であるセツカが倒れ、私の中にある知識を呼び出す術は失われました。私は、すでに鍵の無い箱と同じです」


「俺が」


 俺は目を細める。


「それを暴けないとでも」


 その言葉に、女は首を横に振った。


「出来などしないでしょう。それが出来るのであれば、そもそも私の中に眠る知識など必要ないのですから」


 ぐっと歯噛みして苛立ちを堪える。そうだ、その通りだ。

 俺はあれを、あのプログラムを使うことはできても理解などしていない。出来るはずもない。そのために俺はこの世界の秘術を欲したのだから。


「なら、いいさ」


 俺は構えていた銃を下ろす。


「誰にも扱えないのなら手に入れたのと同じこと」


 少なくとも、俺への対抗策にはなりえない。

 目的は果たした。で、あれば。


「こんなとこに、もう、用なんて……!」


 その時、脳にかつて感じたこともないほどの苦痛を感じる。そして思考が俺の意志へと侵入していく。

 本当に、そうか、と。こいつが真実を言っているという保証が、どこにあるんだ。

 

 なら、この場でこの女を殺してしまうのが、一番確実だろう。


 俺の意志とは関係なしに、手が動いていく。

 下ろした銃口を再び上げて、その胸元に狙いを定める。

 俺の行動の意を読み取ってか、姫巫女は逃げようともせずに、眼を瞑った。

 対照的に見開かれる俺の眼。心臓の音がやけにデカく聞こえる。俺の殺意すら必要ない。撃てば当たる銃だ。

 俺はそっと、本当にそっと自分でも驚くくらいの軽い力で、壊れた操り人形のように指を……。


「セツカ」


 声が、聞こえた。


「ずっと、一緒です」


 運命を受け入れるような、声。

 それは何故か、俺の中の何かを、静かに揺らした。



 ―――――――こんなモノで人の心を知ろうとしたから



 なんだ、この声は。



 ―――――――きっと、罰が下ったんだよ



 なんだ、こいつは。



 ――――――――アル、頼みが、あるんだ



 そして、なんだ。



 ――――――――私のことを、忘れて欲しい



 なんだ、この胸を突くような悲しみは!



「あ、ああ、ああああぁ!!」


 慟哭する。揺さぶられる。景色が暗転する。

 今のは、誰だ。

 見覚えが、ある気がする。

 けれど、思い出せない。忘れてはいけないのに。

 忘れられるはずがないと、俺は、言ったのに。

 なのに、どうして。


「エ、リー」


 自らの呟きの、意味が理解できない。

 これは、なんだ。

 俺はどうして、泣いて、いるんだろうか。


「アル!」


 聞き覚えのある声に振り返れば、誰かが俺に向かって走って来ている。

 見覚えのある、金色の髪。その、俺を心配するような顔を直視できず、俺は。


「っぐ!」


 影に溶けるようにして転移のコードを使い、俺は逃げ出すようにその場を後にした。



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