月下の決闘 幕間2
『そいつが今更人間になんて戻れるわけねえだろうが』
声が、聞こえる。
『一度あそこへ行ったのなら、一度あの場所に潜っちまったのなら、もう人に戻ることはありえねえよ』
覚えている。初代魔術師の言葉、思い、記憶。
あれは、もう人間とは呼べなかった。
『同類さ、俺と。人として生きたいと願ったとしてもな、生命的な我慢にはいずれ限界が来る』
突きつけられた銃口を意にも介さず、人間の残滓は嘲笑った。
『人が眠らずどれだけ生きられる?飲まず食わずでどれだけ我慢でなんとかなる?』
無理なのさ。
所詮俺たちはもう。
「『炎符――――』!」
「行け」
俺の手の中にあったカードのうち二枚を、セツカの投げ放った術符にぶつける。
成功。術符はその効果を発揮することなく燃え尽き、内側から崩壊させていく。
思った通り、内包している術式のバランスさえ崩せれば勝手に術式が弾け飛ぶ。
こういったアプローチを想定していないのだろう。プロテクトと呼べるものは一切ない。ならば、壊すこと自体は簡単だ。
「さあ、どうする?」
俺の挑発にセツカが新たな術符を取り出そうと手を動かすが、やらせない。
「『嵐……」
「『コード・スプリット』」
俺は残った二枚のカードをセツカに向けて解き放つ。カードは途中で姿を変え、二機のミサイルとなってセツカに向かう。
セツカはギリギリまで見切って横に避けるが。
(無駄だよ)
そうだ、ミサイル。見たことのないモノだろう。だが、当然そいつはお前を追尾する。
セツカの眼が、驚愕に見開かれた。
意志でも持つようにセツカに迫る二機は、不意を突いたこともあって直撃する。
「っぐ!」
だが、致命傷ではない。当然だ。あの短時間ではあれが限界。追尾性、即効性のためにごく簡単なコードの模倣しかできなかった。
だが、そんなことは悟らせない。
騙せ。
欺瞞しろ。
それが、俺たちの戦い方だと思い出せ。
「『コード・バインド』」
拘束のコードは電脳一課でアホ程叩き込まれた。これも作るのに思考時間は必要ない。
迫るに対してセツカが刀で対応する。そうだ、それでいい。
魔術の早打ちでなら、こちらの方が早いと錯覚させろ。
中空を踏みしめてセツカの頭上を取り、その思考の裏でコードを練り上げる。もっと、もっと。
思い出せ。
もっと――――。
「「『コード』」」
声が、重なる。
「「『ジェネレイト』」」
記憶にあるおぞましい声と、自身の声が、重なって聞こえた。
それはあくまで錯覚のようなもので、事実として俺の口からは俺の声が発せられただけだったのだが。
どうしてか、それが聞こえた。
コードは、俺の意思通りに光線の檻を形成し、セツカから行動の自由を奪い取る。
「『護術』」
避けられないと判断したのか、セツカは手印を切った。
「『結』!」
セツカの目の前で押し留められる白撃。
だが、そいつは。
「残念ながら」
俺は影を束ね、幾重もの刃に変えて結界に叩き付ける。
「そいつは、一度見てる」
そして、そいつが長く続かないこともよく知っている。
結界をぶち破り、息をつかせる間もなく残った影でセツカに強襲する。
セツカは影に怯むことなく一歩を踏み込み、鋭い一太刀で影を両断。武芸として洗礼された一閃。これは、流石としか言いようがない。
「『雷符・遠雷』」
そして流れるような動作で抜き打たれる術符。だが、威力は先ほどまでの術とはかけ離れて貧弱だった。
煩わしい。けれど脅威には足りない。そう断じて影の衣を纏った片手で雷を払う。
やはり、軽すぎる。この術はきっと俺に隙を作らせるために放ったのだろう。
次はどんな手を打ってくるのか。そう警戒してセツカの方を見やれば。
(……?)
どうしてか、空白が生まれる。
セツカは動いていなかった。
その瞳が、俺のことを見ている。
いや、もしかしたら俺のことを見ている様で。
本当は、別の何かを見ているんじゃないかと、そんな風に思えた。
その目がすっと細められ、そして再び、セツカが刀を構える。
今度は、両の手をその柄に添えて。
(そうか)
両手を封じると言うことは、術符はもう、使えない。
(あれが、俺の居た世界にはもういない、剣士ってやつの顔なのかね)
悲壮感の無い覚悟とは、こうも人の心を撃つものか。
俺も、構える。
『魔術師』と、そう呼ばれていた時のように。
決闘は、最後の時を迎えようとしていた。




