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俺は魔王になったりしない  作者: エル
第四章 月下の決闘

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師と私、そして私たち


 それは、夢か幻か。

 永遠に欠けた蒼月の元。

 ただ、そこに。


「師匠……」


 セツカが、ふらふらと吸い寄せられるように桜の向こう、影の側に行こうとします。

 けれど。


「それ以上、近づいてはいけないよ」


 やんわりと、しかし確固たる意志を伴った声が私たちの耳朶を打ちました。


「きっと、顔を合わせるべきじゃない」


 それを聞いて、セツカは伸ばしかけた手をきゅっと握りしめて、ゆっくりと下ろしていきます。


「どうしてか、分かるね」


 その問い一つだけで、セツカは表情を引き締め、はい、と力強く答えました。


「これ以上の邂逅は、如何なる結果をもたらすか、分からないからです」


「うん。正解だ」


 言葉に悔しさを滲ませたようなセツカの声とは裏腹に、お師様の声は満足そうでした。


「そして、この私は影と同じなんだ。話し、答えを返すけれど、それは幻と変わらない。会ってしまったら、それを忘れてしまうかもしれないから」


 それは、私の本意じゃないんだ。

 そう言ってひとつ言葉を切ると月を見上げました。

 師と私たちを繋ぐ、蒼い月を。


「私は、君たちと、そして私たちの紡いできた物語の、その最後を見届けに来たのだから」




「ねえ、ナユタ、セツカ」


 これが、僕にとっての、最後の、本当の、遺言。


「なぜ護り人や姫巫女が必要だったと思う?」


「それは」


 ナユタは少しだけ考えて、けれど結局、最初に思いついたであろう答えを口にした。


「『秘術』を、守り、継承するために、です」


「うん。そうだね。では、どうして、私たちはあんなものを継いできたと思う?」


「それは」


 僕の問いに、今度は答えを返すことができないナユタ。

 本当に、優しい子だ。

 カナタとは、全然違う。

 それを感じて、丁寧に懐かしむように言う。


「カナタ様は、こう言っていたよ」


『いつかの日、渡すべき奴に渡すためだ』


 それは、それほど遠い未来の話ではないとも。 


「……あんなもの、本当は燃やしてしまえば良かったんだ。だけど、カナタ様はそれをお選びにならなかった。カナタ様だけではなく歴代の姫巫女様も、護り人も、誰も」


 結局、僕も、また。


「いずれこの世界に現れる、魂に触れる術に対抗するために」


 それを、継承してきた。


「その時が、来たんだね」


 受け継いできた物語の終わり。

 そして、君の選んだ人。


「これで、私たちの長い長い御役目は終わりだ。だから、私は安らかに眠ることができる。そして、君たちは、鍵を渡せばそれで秘術を受け継ぐ姫巫女でも、それを守る護り人でもなくなる」


 ああ、けど、やっぱり。


「できれば、僕とカナタが、そうでありたかった」


 これで、僕の役目は、本当にお終い。


「君たちが運命の二人だと感じたのも、この場所だった」


 思い出は、今なお美しい。


「あの日、君たちは手を取り合った」


 背後で、ナユタとセツカが驚いているのが分かった。

 当然だ。一度も、話したことないんだから。


「見ていらしたのですか」


「ああ、見てた」


 悔しかった。幼い弟子たち相手に、みっともないけれど、本気でそれを抱えた。

 だから、ずっと言えなかった。

 君たち二人に嫉妬してたなんて。

 立派な師に見えるよう苦労に苦労を重ねた身としては。 


「さあ、もう行きなさい。答えは、こんな所にはないよ」


 僕はすっと立ち上がる。

 往こう。

 僕の、居るべき場所に。


「それとも、君はここに、私に答えを聞きに来たのかな」


「いいえ、いいえまさか」


 セツカは、きちんと胸を張っているだろう。

 声には、強がりを滲ませていたけれど。

 見ることが叶わないのが、悔しいなぁ。


「もう、あなたはいないのですから。そんなことはできません」


「では、どうしてここに?」


 セツカは、僕の少し意地の悪い質問にも、ちゃんと向き合って、答えてくれた。


「自分できちんと全て決められることを、見ていただくためです」


「そっか」


 あんな子供が、よくこれだけ立派になったものだ。


「……うん。ようやく、カナタの気持ちが分かった気がする」


 君たちに、会えてよかった。



「もう、行くよ。ありがとう。こんな私の我が儘に付き合ってくれて」


「いいえ。私達も、最後に話せて嬉しかったです」


 こちらを一度も見ないまま、お師様は立ち上がります。


「帰りには、この灯篭を持っていきなさい。先代の姫巫女が使っていたものだ。……もう、私には必要のないものだから」


 未練の欠片一つ残さないまま、お師様は去っていきます。

 その背中に、ただ一度、礼を込めて。


「さようなら、師匠」


「さようなら、お師様」


「うん。じゃあね」


 去っていくかに思えたお師様。

 けれど、何かを思い出したかのようにその歩みを一度だけ止めました。


「ああ、それと」


 指差すのは。


「想いを」


 永遠の桜の根元。


「ここにあって永遠を信じた者の想いを、もう、解放してあげて欲しいんだ」


 それが、私たちの聞いた、偉大なる先代の最後の言葉となりました。


 

 先代の言葉の通り桜の根元を掘ってみれば、そこには幾重もの手紙が埋められていました。

 全て、時の止まったこの場所で、朽ちず、褪せず、封も切られぬまま、想い合った者たちの記憶が、そこに。

 その意味が分からない私達ではありません。

 この場所に来ることが出来るのは、私たち二つの一族の者しかいないのですから。


「ねえ、セツカ」


「はい」


 それらを抱きしめて、思う。


「私たちも、もういいですよね」


「――――そうですね」


「お師様の望んだことでは、きっとないけれど」


 ただ、この人たちと同じようにあろう。

 私達だけが幸福を手にしていい理由は、無い。


 例え全てが終わっても。

 私たちは世界の反対側に向かって旅をする。

 

 

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