片月と桜の道 ③
「ハァ、ハァ」
――――そして、最後に。
声がする。繰り返し、繰り返し、同じ声が。
――――この手記を読んでいるのが、私の愛すべき子弟の二人であると信じて。
『待って、いるから』
「セツカ!」
急に部屋に飛び込んできた私のことを、驚いた目で見つめるセツカ。
「ナユタ様、どうしたのですか。そんなに、その、お急ぎのご様子で」
確かに、私は自分の今の姿は酷いものでした。山道を走ってきたので、着物には多くの泥や土に汚れていましたし、ずっと走って来たので息は上がって、ひどく汗をかいていました。
けれど、今はそんなことはどうでもいいのです。
「セツカ、これを」
私は膝をつきそうになるのを必死でこらえて、それをセツカに差し出します。
セツカは、最初私が何を持っているのか理解していなかったようですが、それを認識した時、その目が静かに、けれど確かに見開かれました。
「そんな、まさか」
その手の震えを見て、私は理解します。
セツカも、本当はまだ迷っていたり。
あの人に頼ったりしたかったのだと。
「ロッテさんが見つけてくれて」
呆然とした様子で、セツカが小さな声で言いました。
「これを、ロッテ殿が……」
「はい。そうです。そして」
手記の最後に挟まれていた手紙と一枚の術符。
「セツカ」
その最後に記された、私たちに宛てられた想い。
「私に命を、預けては下さいませんか?」
私たちは、その濃い霧の中を進んで行く。
蒼い燐光を放つ、私の瞳にのみ映る光の蝶を追って。
ともすれば、眩んで、自分すら見失いそうになるその道を。
二人、手を携えて。
――――この術符が君たちを案内してくれる。
――――もしも、その気が、あるならば。
待って、いるから。
私達の手の中に、この場所に在って正しきを教えてくれる灯篭はありません。
私達が向かっている先は、正しきを外れた場所だから。
「…………」
「…………」
私もセツカも言葉を発することはなく、先見えぬ道を蝶の光を頼りに進んで行きます。
私達のしていることは、理に反した、本来はあってはならないこと。
けれど、ここに至るまでに迷いはありませんでした。
あの人が、待っていると言ったのですから。
そして、長く、短く、不透明な時間の果て。
蝶の導く先は、本来、繋がるはずのない場所。
視線が、その繊細な指の動きに吸い込まれる。
蝶はその指先に触れて、蒼い燐光を残して消える。
「……そうか」
桜の根元に座り込み、その幹に灯篭と刀を預けた後ろ姿。
蝶の燐光と同じ蒼い魂を持つ人。
「本当に、来てくれたんだね」
覚えている。
ずっと傍に居てくれた人。
懐かしき、その姿を。




