沈められた思い出 ③
――――これは、私の復讐である。
その手記を読んだとき、思わず、私の目から涙が零れた。
――――私は、カナタのことが好きだった。
だってそれは、私の知らないあの方の言葉で。
私の知る感情が、綴られていたのですから。
「ここは、書庫?」
先代の術によって隠されていたその場所は、小さいながらも立派な書庫でした。
備え付けられている本棚は二種類に分けられており、手前側に置かれている本棚は大きく、様々な色や装飾が施されている本が収められています。
「……これ、ボク達の国の魔術書だ」
本棚の前に立ったロッテさんが、並べられた本を見てそう言いました。
「星学に、技術書、生命学、それからこっちは」
数ある本から一冊を棚から抜きだし、ロッテさんは目を細めます。
「知らない文字で書かれてる」
つまり、ここに収められている本は、全部。
「外の国で書かれた本だよ。隣の国だけじゃなくて、もっともっと遠くで書かれたものまである」
「ありえ、ません」
私は、ロッテさんの言葉を信じられませんでした。
「だって、この東域国には、外の物なんて全然入ってこないのに」
ここは、閉じた国であると、そんなことは私こそが一番良く知っています。なのに。
「それでも」
ロッテさんは、その膨大ともいえる量が納められた本棚を見上げて言います。
「集めたんだよ。時間をかけて」
本棚を見上げるロッテさんの目には敬意がありました。
「なんでかは、分からないけど」
「それで」
それまで黙ってこちらの様子を窺っていたエリザさんがもう一つの棚を指差して言います。
「あっちのほうは、どうなんだ?」
それは部屋のさらに奥に置かれているもう一つの本棚。
収められている書物の量はこちらよりも少ないけれど、明確に区分がされていることが見て取れます。
だって、その棚は椅子のついた机に隣接していて、並んでいる書物は、見覚えのあるものでしたから。
「先代の、手記」
あの部屋で見たのと同じ装丁。
「……こっちは、ボクなんかが見るべきものじゃないね」
あちらの蔵書に比べればそう量は多くはありませんでしたが、それでも小さな本棚一つ分の手記。
「ナユタ」
と、ロッテさんが私の名前を呼びます。
「上の暗号は、導く者であるボクが見るべきものだった。そしてその先、こっちのは、導かれた君が見るべきものだと思う」
私は、しっかりと頷きます。
「はい」
「うん、それじゃあ」
ロッテさんは、くるりと回って、私に背を向けました。
「ボクとエリザは読み終わるまでこの部屋の外で待ってるから」
「時間、かけてしまうかも知れませんよ」
「気にすることないよ」
こちらを見ないまま、ロッテさんは手をひらひらと振ります。
「恩師からのメッセージなら、ちゃんと向き合ってあげないと。それを邪魔するほど、ボクもエリザも野暮じゃないよ」
そう言って、ロッテさんはエリザさんを引きずるようにして部屋を出ていきます。
「ほら、行くよ」
「待ってくれ、もう少しだけ、この章だけでも」
「その本持ってっていいから、空気読んでね」
私は遠くなっていく二人の声を聴きながら、目を伏せて、心の中で二人に感謝の言葉を述べて。
手記のページをめくります。
そして、その真実を知ることになります。
手記を読み終わって、私は駆け足でロッテさんたちの待つ部屋へと戻りました。
「ロッテ、さん」
「終わったの?」
「はい。あの」
私は、色々なことにもどかしさを覚えながら、切れ切れになりながらも、言いました。
「ありがとう、ございました」
私を、ここに導いてくれて。
「良かった。あれだけの物を遺す人の贈り物を、届けることが出来たんなら」
にひっと、輝くような魅力的な笑みを浮かべるロッテさん。
「それで、私、一人で、行かなければいけない場所ができて」
私は逸る気持ちを、抑えられそうにありませんでした。
「そっか」
そんな私に、ロッテさんはやっぱり笑顔で答えてくれます。
「行ってきなよ。それが、必要ならさ」
「はい」
良かった、と思う。
この国に来てくれた人がロッテさんで、本当に良かったと。
「行ってきます」
そして、私は駆けていく。
その、最後の手記をもって。
「セツカ」
早く、会いたい。
会って、話がしたい。
「セツカ!」
ここより先に、あのお師様の想いがあるから。
もっと早く、あの人の元へと願いながら、駆ける。
「セツカ!!」
受け継いできたものが、間違いではなかったと。
――――そして、さけぶ。
「セツカ!!」
――――ようやく分かった、その意味を。
『君たちは、決して離れてはいけないよ』
「私たちは、きっと」
『運命の、二人だから』




