月下の決闘 ①
『魂』の存在を、私は知っている。
それは常人には見ることすら叶わず、けれど人の奥底に在りつづける不滅たる存在。
時に輝き、時に褪せ、枯れ、芽吹き、命に寄り添い、その生に影響を与え続け、そうして、私たちは知る。
死の嘆きすら届かない場所を。連寧と続いていく開いてはならぬ扉のことを。
そして、そこに触れる術が存在することを。
思い出す。
『レミニセンス、というそうだよ』
そう語った師匠は、どこか嬉しそうだった。
『この頭でなく魂に刻まれた記憶のことを、隣国ではそういう概念で呼ぶんだそうだ』
はっきりとした物言いに、私は何だか懐かしさを覚える。
『私はそれを知っている。時が経てば経つほど鮮明になっていく記憶。遠く、ここにいる私というものが消え去ってしまっても、なお残り続ける追憶。私の瞳がそれを映さずとも、ただそれがこの胸の内にあることを感じることはできるから』
私も、それを知っている。
思い出す。
『セツカッ!!』
容赦のない痛撃が私の体を打ち、倒れ伏す。
『立て』
師匠は、時には厳しい人だった。
私はなんとか立ち上がる。
『君は、強くならなければならない』
私が構えるのを待つことなく再び苛烈な攻めが降りかかる。
私は再び倒れ伏す。
『君は、すべてを守れるようにならなければならない』
その言葉に引き立たされるように、私は立ち構える。
『さあ、もう一度だ』
何度でも、何度でも。
『セツカ』
病床に付した師匠。
『私はきっともう長くない』
何も言えなかった。
本当に、何も。
『君は、君の魂の赴くままに進めばいい』
私の抱く迷いを、師匠は分かっていたのだろうか。
『決して離れないで。君たちは、きっと』
何故、今になってこんな様々なことを思い出すのか。
決まっている。昨夜の、あの言葉を忘れることが出来ないからだ。
『ナユタ様』
『私のことを、どう思っておいでですか』
答えを、求めていたわけではなかった。
『セツカ』
ただ、
「よう」
思考が中断される。
見ること叶わぬ暗き闇、行灯の火が照らす影の先。
その声が再び私に問いかける。
「答えは出たかい?」
「アル殿」
私に驚きは無い。今日、この時に彼が再び私の前に現れることを予期していたからだ。
「待っておりました」
「そうかい。なら」
アル殿は、座して待つ私にぴたりと視線を合わせる。
「もう、腹は決まってるんだな」
「ええ」
私が考えて出した結論、それは。
「どれだけ考えようと、正しい答えなど出ませんでした」
「なんだよ、そりゃ」
「故に」
私は、あらかじめ用意していたあるものを懐から取り出す。
「アル殿、こういうのはいかがでしょうか?」
封ぜられたそれを、虚空に向けて差し出す。
「……おいおい、そいつは」
「古臭いのはご容赦を。我が国ではいまだ使われる、言わば伝統ですので」
その意味は、決闘を申し込むということ。
別れた二つの意志は、ただ刃でもって決するのみと。
私の持つ手紙にはこう書かれている。
果たし状
「く、くく」
あっけにとられたような沈黙は、一瞬だった。
「なるほど、悪くない」
「私はこの世界で秘術を護る者。ならばこそ」
彼の戯言は無視し、私は自らの意志のみを伝える。
「私を殺して見せろ」
「いいねえ」
アル殿は興が乗ったとでも言うべきか、声に愉悦の色が滲んだ。
「そう来なくっちゃ。俺はこうなることを望んでいた。そんな気さえするよ」
それに、とアル殿は続けた。
「あんたがこの決闘に負ければ、護るものは無くなって、お姫様つれて大手を振ってこの国から出て行けるって訳だ」
「勘違いするな」
賢しらな打算の上ならば、決闘などという手段を選びはしない。
「私は、負けた上で生きる気など、微塵もない」
目を凝らす。見据える。その先を。
まるで死人のような男が、そこにいた。
死神で無い者が死に近づき過ぎれば、自ずと命は零れ落ちていく。
「いいぜ、乗った」
私の手の中からは、いつの間にか手紙は消えていた。
「日時、場所、その他の条件はその中に記してあります」
「了解だ。今から、楽しみだよ」
交差する視線。今より、我々は不退転の敵となった。
「では」
「ああ、次に会う時は」
「互いに、殺し合う仲だ」
獰猛なる笑み。
さりとて、私は。
「セツカ」
私の名が、呼ばれる。
「お前が俺を殺してくれるなら」
遠ざかる気配には、どこか遠くに悲しみの色。
「俺はそれでも構わない」
「ええ」
全てが消え去って、後には余韻一つ残さず。
「生きようとする意志に無きものに」
もう聞こえないこと、届くことはないことを承知で、私は言葉を発する。
「引導を渡すのも、私の役目でしょう」
それは、私自身のためでもあった。




