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俺は魔王になったりしない  作者: エル
第四章 月下の決闘

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月下の決闘 ①


 『魂』の存在を、私は知っている。

 

 それは常人には見ることすら叶わず、けれど人の奥底に在りつづける不滅たる存在。

 時に輝き、時に褪せ、枯れ、芽吹き、命に寄り添い、その生に影響を与え続け、そうして、私たちは知る。

 死の嘆きすら届かない場所を。連寧と続いていく開いてはならぬ扉のことを。

 そして、そこに触れる術が存在することを。


 思い出す。


『レミニセンス、というそうだよ』

 

そう語った師匠は、どこか嬉しそうだった。


『この頭でなく魂に刻まれた記憶のことを、隣国ではそういう概念で呼ぶんだそうだ』


 はっきりとした物言いに、私は何だか懐かしさを覚える。


『私はそれを知っている。時が経てば経つほど鮮明になっていく記憶。遠く、ここにいる私というものが消え去ってしまっても、なお残り続ける追憶。私の瞳がそれを映さずとも、ただそれがこの胸の内にあることを感じることはできるから』


 私も、それを知っている。


 思い出す。


『セツカッ!!』


 容赦のない痛撃が私の体を打ち、倒れ伏す。


『立て』


 師匠は、時には厳しい人だった。

 私はなんとか立ち上がる。


『君は、強くならなければならない』


 私が構えるのを待つことなく再び苛烈な攻めが降りかかる。

 私は再び倒れ伏す。


『君は、すべてを守れるようにならなければならない』


 その言葉に引き立たされるように、私は立ち構える。


『さあ、もう一度だ』


 何度でも、何度でも。


 

『セツカ』


 病床に付した師匠。


『私はきっともう長くない』


 何も言えなかった。

 本当に、何も。


『君は、君の魂の赴くままに進めばいい』


 私の抱く迷いを、師匠は分かっていたのだろうか。


『決して離れないで。君たちは、きっと』


 何故、今になってこんな様々なことを思い出すのか。

 

 決まっている。昨夜の、あの言葉を忘れることが出来ないからだ。


『ナユタ様』


『私のことを、どう思っておいでですか』


 答えを、求めていたわけではなかった。


『セツカ』



 ただ、


「よう」


 思考が中断される。

 見ること叶わぬ暗き闇、行灯の火が照らす影の先。

 その声が再び私に問いかける。


「答えは出たかい?」


「アル殿」


 私に驚きは無い。今日、この時に彼が再び私の前に現れることを予期していたからだ。


「待っておりました」


「そうかい。なら」


 アル殿は、座して待つ私にぴたりと視線を合わせる。


「もう、腹は決まってるんだな」


「ええ」


 私が考えて出した結論、それは。


「どれだけ考えようと、正しい答えなど出ませんでした」


「なんだよ、そりゃ」


「故に」


 私は、あらかじめ用意していたあるものを懐から取り出す。


「アル殿、こういうのはいかがでしょうか?」


 封ぜられたそれを、虚空に向けて差し出す。


「……おいおい、そいつは」


「古臭いのはご容赦を。我が国ではいまだ使われる、言わば伝統ですので」


 その意味は、決闘を申し込むということ。

 別れた二つの意志は、ただ刃でもって決するのみと。


 私の持つ手紙にはこう書かれている。

 果たし状



「く、くく」


 あっけにとられたような沈黙は、一瞬だった。


「なるほど、悪くない」


「私はこの世界で秘術を護る者。ならばこそ」


 彼の戯言は無視し、私は自らの意志のみを伝える。


「私を殺して見せろ」


「いいねえ」


 アル殿は興が乗ったとでも言うべきか、声に愉悦の色が滲んだ。


「そう来なくっちゃ。俺はこうなることを望んでいた。そんな気さえするよ」


 それに、とアル殿は続けた。


「あんたがこの決闘に負ければ、護るものは無くなって、お姫様つれて大手を振ってこの国から出て行けるって訳だ」


「勘違いするな」


 賢しらな打算の上ならば、決闘などという手段を選びはしない。


「私は、負けた上で生きる気など、微塵もない」


 目を凝らす。見据える。その先を。

 まるで死人のような男が、そこにいた。

 死神で無い者が死に近づき過ぎれば、自ずと命は零れ落ちていく。


「いいぜ、乗った」


 私の手の中からは、いつの間にか手紙は消えていた。


「日時、場所、その他の条件はその中に記してあります」


「了解だ。今から、楽しみだよ」


 交差する視線。今より、我々は不退転の敵となった。


「では」


「ああ、次に会う時は」


「互いに、殺し合う仲だ」


 獰猛なる笑み。

 さりとて、私は。


「セツカ」


 私の名が、呼ばれる。


「お前が俺を殺してくれるなら」


 遠ざかる気配には、どこか遠くに悲しみの色。


「俺はそれでも構わない」



「ええ」


 全てが消え去って、後には余韻一つ残さず。


「生きようとする意志に無きものに」


 もう聞こえないこと、届くことはないことを承知で、私は言葉を発する。


「引導を渡すのも、私の役目でしょう」


 それは、私自身のためでもあった。


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