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俺は魔王になったりしない  作者: エル
第四章 月下の決闘

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東域国 ④

 

 この光景を惨状と言わずなんというか。


「これは」


 いや、あるいは地獄絵図と言ったほうが適正なのかも知れない。


「酷過ぎる」


 辺りに散乱している酒瓶、食器、杯。何度でも言う、酷過ぎるものだった。

 酔っぱらって寝転がったむさい無法者たち、その中心が。


「くぴー、くぴー」


 大いびきを立てて寝ている我らが女騎士様である。


「あらあら」


 そして、その惨状を見ての姫巫女様のコメントがこれである。


「皆さん、楽しそうでしたね」


「……そうだね」


 器大きいなあ、この人。



 お酒臭い空気から逃げるように、ボクは窓辺に寄って沈んでいく夕日を眺める。

 あの三人が案内した場所は、意外と小奇麗なお店の二階だった。ボクはさっきまでの喧騒とは裏腹に静かでゆったりとした時間に身を任せることができた。


「はー」


 まるで嵐の後みたいだ。ボクは息を吐いて、脱力。

 なんだか、やけに疲れてしまった。


「お疲れ様です」


 ナユタがお盆に乗せた冷たいお茶を差し出してくれる。ボクはお礼を言ってそれを受け取った。


「ありがと」


「いいえ。大騒ぎ、でしたものね」


「そうだね」


 ボクはそっとナユタの視線の先を目で追った。彼女は、月を見ていた。まだぼんやりと薄く見えるばかりの月を、物憂げに。

 その表情が誰かと重なる。

 少し考えて、すぐに思い至った。

 ああ、そうか。

 エレンも、よく月を見上げていた。


「どうかしたんですか?」


 ボクの視線に気が付いたのか、ナユタがボクに問いかける。


「あ、ええとね」


 ボクはどう言うべきか少し悩んだけど、結局素直に思ったことを口にした。


「ナユタはボクの友達に少し似てるなって、思ってね」


 エレンにも少しだけ強引な所があったりした。


「それって、エレオノーラ様のことですか?」


「え?そうだけど、なんで分かったの?」


「やっぱり、そうなんですね。セツカも言ってくれたんですよ。護衛したお姫様は、私に似てたって。いいお友達になれると思います、とも」


「……そっか」


 それは、きっと事実だろう。エレンも、綺麗なもの、美しいものが好きで、なにより。


「エレンも、町や人を見るのが好きだったよ」


 旅の途中、新しい町や村に着くたびはしゃいで、みんなを困らせていたエレン。人が困ってると放っておけなくて、ボク達を巻き込んだ大騒動になって、カークは騎士のくせにおたおたするばっかりで、セツカは意外と笑ってるばっかりで、ボクは無い知恵絞って、けど、結局最後に、しょうがなねえなって全部解決するのは――――。


「ナユタとも」


 ボクは無理に思考を振り切るためにナユタの方を向いた。


「いつか、一緒に旅をしてみたいな」


 きっと、それは凄く楽しい。エレンとナユタ、セツカとカーク、それに願わくば。

 ボクとアルと、ついでにエリザも一緒に。


「私は」


 ふっと、彼女の手が止まった。

 予想外のことを言われたかのような、そんな風に。


「いいんでしょうか。皆さんに混じってしまって」


「いいに決まってるよ。きっと、皆ともすぐに仲良くなれるって」


 ボクは改めて町の風景を見下ろす。


「この町は綺麗だ」


 景観にすぐれた川沿いの町。橋でつながった支流、ガラス玉みたいな細工達。綺麗な色をした染物。たくさんの色をした傘や竹細工で編まれた土産物屋。店先のガラス瓶を通して見た世界は透き通っていた。


 移動や運送の足でしかない小舟が町に馴染み、子供たちの遊ぶ声は今でも楽しげで、ボクとアルが一緒に過ごした精霊祭の時をほんの少しだけ思い出した。

 ここは、賑やかで活気のあるいい町だ。

 最後は、エリザのせいで台無しになっちゃったけど。


「ボクだって、ここはいい場所だと思う」


 夕方の風は涼しくボクの頬を撫でる。水の匂いは清廉で、ここが綺麗な町だってことを教えてくれてる。


「ボクの故郷も、水辺の町だったんだ」


「そうなんですか」


「うん」


 視線の先には、夕日映る水面の彩華。

 少しだけ、懐かしい。


「そこはもう、ないんだけどね」


 その場所そのものは存在していても、そこはもう、ボクの帰るべき場所じゃない。

 待ってる人も、過去も、置き去りにしてきたから。


「私は」


 ナユタは、ゆっくりとボクと並んで夕日の色に染められた町並みを見下ろす。


「本当は、悩んでいたんです」


「悩み?」


「はい」


 ナユタは遠く、遠くを見るような瞳をしていた。


「ここは、私にとって窮屈な鳥籠でもあるんです」


 その黒い瞳は、この国での彼女の特別な生い立ちに深く関わりを持っている。


「姫巫女の一族の人間は、外の国に出ることを許されません。私の持つ全て、術も知識も、この体そのもですら、国にとっての秘密そのものだからです」


 ボクは、自分の失言に気が付いた。

 それは、軽々しく口に出していいことじゃ、なかったんだ。

 特に、この国に生きる人にとっては。


「けど、私は夢を馳せてしまった。縛られた故に」


 それが、叶わない夢だと知っていても。


「ねえ、ロッテさん」


「うん」


「初めて外の世界に出た時、あなたはどんな気持ちになりましたか?」


「初めて、外に」


 臆病者だったボクにとって、それはいつのことになるんだろうか。アカデミーに入学したときか、町の外に初めて出た時か、それとも

 母と、別れることになったあの日のことになるのか。

 思い出す。あの時の感覚を。

 エレンと、セツカと、カークと一緒に王城を出た時のことを。

 その両方とも、ボクは。


「怖かったよ」


「怖かったんですか」


「うん。外は、怖いと思ってたから。だから、必死に強がってた」


 エレンの前では、楽しそうに振る舞って、カークには愛想悪くして、セツカには近づかないようにして、それで、身を守ってた。


「けど、それはそれで良かったんだ」


「それは、何故」


「だって、出会えたから」


 思い出す。森の中を駆けて最後に、扉の向こうから姿を現したその人のことを。


「大切な人に、出会えたから」


「そう、ですか」


「ナユタ、君は」


 その時だった。


「うーん」


「あ、エリザ」 


 エリザが不機嫌そうに起き上がる。


「なんだ、この状況は」


「君がケンカしてチンピラぶっ飛ばして意気投合して何故か姉さんって呼ばれながら宴会した結果だよ」


「そんなバカな話があるか」


「あったからボクも困ってるんだよ」


 それでもふらつきながら辺りを見回し、疑問符を浮かべるエリザ。

 お酒を飲むと記憶が無くなるタイプでもあるらしい。しっかり醜態を覚えてるボクからすれば羨ましい限りだ。


「ほらほら、今日はもう帰るよ。こんな時間まで町に居る予定は無かったんだから」


「いや、まて、私は、んぅ?」


 ボクはやっぱり疑問符を浮かべるエリザの尻を蹴り飛ばすように急かして帰り支度をさせる。

 ここで周りの人たちまで起きると、二回戦が始まりそうだったからだ。



 長い影を引いて、ぼくたちはナユタのお屋敷に向かう道を歩いていく。


「あー全く、どうしてこう」


「そう拗ねるな。また来ればいい」


「誰のせいでこうなったと思ってるの」


「それになんだか、私はとても気分がいい」


「そりゃあんだけ暴れて飲んでまた暴れればね」


「あの」


 ナユタが、先をいくボク達の影を追うように言った。


「私も、好きです」


「ん」


「なんの話だ」


「私も、やっぱりこの町が好きです。この国も、それに、出会った人たちも」


 それに、とナユタは続けた。


「この国で生まれたから、あの人と、巡り会えたのですから」


「そっか」


 ボクはにかっと笑う。


「なら、それでいいんだよ」


「ええ」


「帰ろう」


「はい」


 エリザのせいで台無しになったかに見えた観光も、やっぱり、最後の最後で悪くなかった気がする。

 やっと、ナユタの本当の言葉を聞けた気がするから。


「さて、夜の食事はどのような逸品か」


「エリザ、君は遠慮って物を知らないの?」


「いいんですよ、ロッテさん」


 ナユタはやっぱり少し笑っていた。


「私、一杯食べる人って、好きですから!」



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