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俺は魔王になったりしない  作者: エル
第四章 月下の決闘

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決裂


「ナユタ様」


 厳しい表情のまま、セツカが口を開く。

 その言葉の向く先は、ボクじゃなくて後ろにいるナユタだった。


「ロッテ殿と二人きりで話がしたく存じます。お許し願えますか?」


「セツカが、それを望むのなら」


「ありがとう御座います」


 つい、と、視線がボクに戻る。それだけで、獣に睨まれたように身がすくんだ。


「では、参りましょうロッテ殿。ナユタ様とそちらの騎士様は隣室でしばしの間お待ち下さい。……ご内密な訪問とお見受けしますので共もお付けできぬこと、ご容赦を」


「いいえ、気遣いは無用です」


 ナユタの声音には、確かな信頼が見て取れた。


「ここより安全な場所を、私は知りませんから」




 セツカの後をついて歩いていく。

 板張りの廊下は何だか冷たい。行き先も分からず、なんだかボクは心細かった。


「ロッテ殿」


 そんな中で、こちらに顔を向けずにセツカが言う。


「先日、アル殿と会いましたよ」


「アルに!」


 ボクは思わず声を上げてしまった。

 予想はついていたはずなのに、その事実をセツカ本人の口から聞くと少なくない衝撃があった。


「ねえ、アルは」


 ボクの口から、勝手に言葉が零れ落ちていく。


「アルは、どう、だった」


 何を言っているのか、自分でも分からない。要領を得ない聞き方だ。

 けど、セツカはその意味をきちんと組んで、答えをくれた。


「アル殿もまた、迷いのなかにいます」


「迷い?」


「アル殿らしさとアル殿とは別のなにか、その二つの間で揺れている。そんな様子でした」


「それって……」


「……着きましたよ。どうぞ、中へ」


 それほど、多くは無い言葉のやりとり。

 けどボクはこの時には気づけなかった。この短い時間こそが、セツカの見せた優しさに近い何かだったってことに。



 障子の向こう、小さな灯りだけが光源の薄暗い部屋にボクは通される。

 四方を結界に囲まれた、殺風景な部屋だった。


「それで、何故わざわざこの国に。そして、この屋敷に」


「うん」


 ボクはゆっくりと息を整える。そうしなければ、その言葉を口に出せないと思ったから。


「アルが、魂に干渉する術を手に入れた」


 ボクのことを、セツカは微動だにせずじっと見ている。


「原因は、ボクにもあって」


 ただじっとボクの言うことに耳を傾ける。


「だからそれをなんとかするためにこの国の魂の秘術について教えて欲しいんだ」


 セツカは、何も言わない。


「頼むよセツカ。このままじゃ、アルが本当に魔王になっちゃう。多分、それはもうアルがアルじゃなくなるってことだから」


 ボクは必死でお願いする。


「この国の、魂に関する秘術を、どうしても手に入れないといけないんだ」


「事情は分かりました。それで」


 ボクの言葉を全部聞き終えてから、やっとセツカが重々しい口調で口を開いた。


「あなたは、私に何を与えてくれるのですか?」


「え?」


 予想外の言葉にボクは咄嗟に何を言われたのか理解できなかった。


「先日、彼の者は私と接触を図りました」


 ふわりと匂い立つ、不和の香り。

 だって、そんな。


「そして、交渉を持ちかけてきました」


「交渉?」


「はい。その内容を言うことはできませんが、それでも彼が選んだのは交渉です。あくまで、対等な」


 すっと細まった目。ナユタの持つそれとは違う、試す者の瞳。


「あなたは、私に何を与えてくれるのですか」


 質問ですらなかった。それは確認、或いは、皮肉。


「何言ってんだよ!」


 ボクはかっとなって大きな声を上げる。

 その様を、セツカは静かに、じっと見ている。


「世界の危機なんだよ!魔王が、生まれるかもしれない!それなのに利益とか、そんなの!」


 叫んで、けれど微動だにしないセツカに、ボクは怯んだ。けど、それを悟られたくなくて必死に叫び続けた。


「君だって神託を受け取った一人なんだ!なら、その義務だって」


「私は」


 セツカの声はあくまで冷淡で。


「あくまで護衛で雇われて同行しただけです。神託を受け取ることもその一部だったので受け取ったまで。その後の選択まで縛られる道理はありません」


 ボクは二の句も継げなくなった。


「それは、だって」


「アル殿は」


 そんなボクに対して、セツカは容赦などしてくれなかった。


「真に私の望みを理解し、交渉を選んだのです。脅迫でも、暴力でも、ましてや、お願いなどではなく」


 今度こそ、ボクは何にも言えなくなる。


「今一度問いましょう」


 本当に、何一つ。


「あなたは、私に何を与えてくれるのですか?」


「なんだよ、それ」


 歯を食いしばって、立ってることもやっとなままで、両手の拳を握りしめる。


「ボクたち、仲間じゃなかったのかよ」


「それは、アル殿も同じでは?」


「うるさい!バカ!」


 結局耐えられなくなって、ボクはその場を飛び出した。




「うるさい!バカ!」


 声と同時に、ロッテが部屋から飛び出していく。


「おい、ロッテ」


 私は、それを追いかけるかどうか判断に迷った。


「行ってあげてください」


 躊躇いを見せる私に、ナユタはそう言ってくれる。


「だが」


「彼女の護衛は今あなたなのでしょう?なら、傍に居なくては」


「……すまない!」


 私は、ロッテを追って駆けだした。



「おい、ロッテ、何が」


「なんにも、言えなかった」


 夜の下、風に揺られ、草木の香る庭園で、月の光に照らされながら、ボクは悔しさに歯噛みする。


「ボクは、彼に与えられるものなんて、何一つない。だけどセツカなら、何も言わずに協力を約束してくれるって根拠なんかないのに、そう思ってたんだ」


 思えば、ずっと誰もが協力してくれてた。師匠に、エレン、それから、アル。

 一人で生きてるなんて、とんだお笑い草だ。

 エリザには、経緯も結果も説明出来ていない。だけど、理解してくれた。

 少なくとも、全てが上手くいかなかったことだけは。


「……いざとなったら実力行使でも」


「無理だよ、そういう風には出来てない。そのための盟約と誓約なんだ」


 なにかが起きた時、奪ったり、奪われたりできないようにするための盟約と誓約だ。


「けど、あれをアルに持っていかれるくらいなら」


 覚悟を持つべきかもしれない。

 なんて、出来もしないことだ。

 だってボク達はたった二人で、ボクは本来はただの研究者で、向こうは戦いに生きる者だっていうのに。


「だって、いうのに」


 けど、だけど、どうしても。

 ボクには、それ以外の事なんて、思いつきもしなかったんだ。



「本当に」


 パタンと、ナユタ様が後ろ手に障子を閉める。

 これで、部屋には二人のみ。


「あの二人の力になってあげることはできないのですか」


「ナユタ様」


 私とナユタ様は、ゆっくりとお互いに向き合う。

 あなたは。


「私のことを、どう思っておいでですか?」


 それはまさに、美しき日々の終わり。



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