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俺は魔王になったりしない  作者: エル
第四章 月下の決闘

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魔術師と騎士 ②


「あわわわわ!」

「………………」


 走る、走る、走る。

 慣れない山の中を、転びそうになりながらもなんとか走り続ける。


『待てー!』

『逃がすな!追えー!』


「ちくしょう!あいつら、しつこい!」


「……………………」


「さっさと、諦めれば、いいのに!」


「…………………………」


 悪態をつくボクの隣で、エリザは、無言。けれど、その冷たい瞳がボクに雄弁に語りかけていた。

 思いっきり見つかってるじゃないか、と。


「だって、しょうがなかったんだよ!」


「……何も言っていないが」


「ボクは行軍の訓練なんて受けてないんだから!」


「だからなにも言っていないが」


 なお、胡乱外な視線を感じる。そうだ、確かに見張りに見つかった原因はボクの方にある。

 それなりに上手くいってたんだ。姿を消して悠々と国境を超えて、セツカが住んでる山間部までは割と楽に入ることが出来た。


 でも、山に入った辺りで急に警戒が厳しくなった。

 それだけならまだしも、この国の魔術を利用した罠も多くなっていった。

 けど、ボクにかかれば魔術を利用した罠なんてそう苦でもなかったんだ。罠に引っかからないように進むのにさほど苦労はしなかった。

 そしてこれなら余裕だと気を緩めた所で。


 ボクが罠を踏んづけた。

 エリザが気が付いて制止の声を上げたのは、ボク達の存在を知らせる鈴の音が辺り一面に響き渡った後だった。


「……だから私が先行すると言ったんだ」


「魔術を使った罠ならボクのほうが簡単に探知できるじゃないか!」


「それで鳴子を踏んでいるのだから世話は無い!術的トラップの後ろに物理的トラップ!こんなのは初歩の初歩だろう!学校で何を習っていたんだ!」


「魔術だよ!」


『放てー!』


 言い争いをするボクとエリザの間を、鋭い音が尾を引いて通り過ぎていく。


「なんか!物騒な声と!音が!」


 今の風切り音。

 それに、この状況で『放て』なんて言ったら、やっぱり。


「来るぞ!」


 空を見上げれば、飛来する矢の雨。


「あわわわわ!」


 ボクはとっさに手をかざして、術式を展開する。


「バッツ!」

 咄嗟に魔術で風を作り、矢を当たらないように気流で逸らす。


「危な!危ないな!本当に!」


「ええいまどろっこしい!全員切り伏せて……」


「わー!待った待った!」


 今にも反転して切り込みに行きそうなエリザを必死で止める。


「無茶だよ!相手何人いると思ってるの!」


「だが、しかし」


「とにかく!この国の人に危害を加えるのはダメ!」


 勝手に国境を越えたのはこっちなんだ。これ以上勝手な都合で暴れまわるのは良くない。下手をすればエレンに多大な迷惑をかけることになっちゃう。


「なら飛んで逃げるのはどうだ?」


「箒、かさばるからって置いて来ちゃった」


「…………」


「だからその目やめろー!」


 ボク達の事情なんてお構いなしに、背後からは徐々に追手が迫って来てる。


(なんとか、しなくちゃ)


 考える。自分の手札、そしてエリザの能力。怪我させるのは無し。足止めに使えそうなのは。


「閃いた!」


 ボクはエリザの方を振り返って叫ぶ。


「後ろに氷作って!」


「どれほどいる!」


「ありったけ!」


「承知した!」


 ボクの声に疑念を挟まず応じてくれるエリザ。今はその信頼が何よりもありがたい。

 エリザが剣を振るうと、空中に巨大な氷柱が出現し、そのまま地面に突き刺さる。

 ボクは素直に感心した。

 無詠唱でここまで出来るなんて、並大抵じゃない。


「そら!」


 氷に、ボクの術式を張り付ける。

 意味は『変容』、そしてそのままふーっと吐息を吹きかける。

 すると、氷は術式で風に変わり辺り一面に吹き散らされ、白い息吹が爆発的に背後に広がる。

 直後、背後で悲鳴が上がった。


「これは」


「氷の霧だよ。あの辺り一帯は、猛吹雪に襲われてるのと一緒」


 視界は効かないし、足も鈍る。


「危害は加えないんじゃなかったのか?」


「……風邪くらいは我慢してもらおう」


 とにかく、これで時間は稼げたはずだ。


「今のうちに出来るだけ遠くへ逃げたほうがいいだろう。今度は私が前で警戒を……」


「ちょっと待った」


 エリザが先行しようとするなか、ボクは一つの違和感に気が付いて立ち止まる。


「どうした」


「ここ」


 ボクの指さす先、そこには。


「ここに、空間の歪みがある」


「歪み?」


「結界だよ。誰かが、ここになんか隠してるってこと」


「……見た目には少しもおかしなところはないが」


 エリザは少し戸惑ってる。まあ、結構上手く隠してるから魔術師じゃないエリザに分からないのはしょうがない。

 けど、なら一層のこと都合がいい。


「ここに隠れよう。上手くすれば追手をやり過ごせる」


「まあ、私はあくまで護衛だ。方針には従う」


「ありがと。穴を開けるから、ちょっとまって」


 丁寧にやらないと意味がない。慎重に、結界自体には爪一つ分も傷つけずに人が通れるだけの穴を開ける必要があるのだ。ボクは慎重に術式を解き進めて、小さく穴をあけて段々と広げていく。


「おい、早くしろ。このままでは追いつかれるぞ」


 そんなボクの様子を見て焦れてきたのか、エリザがボクを急かし始めた。


「ちょっと、まって」


 穴が開いて、向こう側がうっすらと見え始める。どこかの御屋敷かなにかのようだ。


「おい、もうそのまま入れ!それだけ空いてれば平気だろう」


「まだ、狭いって」


「ええいうるさい。っさっさと、入れ」


 ぐいぐいと、エリザがボクを押してくる。


「ちょ、押さないでって」


「我慢しろ、見つかってもいいのか」


 けど、なんか、お尻がつっかえてぇ!


「よくないけど、こっちも限界」


「うるさい、見つかる。押し、込むぞ」


「わぁぁ!」


 押し込められた。蹴りで、お尻を。


「ぷぎゃ!」


 そのまま体ごと地面に直行。顎、打って痛い。


「あたた」


 酷い目にあった。というか、エリザのバカ。

 ボクはエリザに文句を言ってやろうと地面に付いた手で帽子を持ち上げて。


「あ……」


 その人と、眼が、あった。


(やばい、どうしよう)


 青藍の髪色に、浅葱色の着物。全てを見透かすような、漆黒の瞳。

 どこかセツカと似た雰囲気を持つ、楚々とした麗人だった。この国の人はみんな美形なんだろうかと疑問を持ったほどだ。いや、それはないか。門番は意地の悪そうな顔してたし。


「あの、あなたは」


 返答に困る。

 というか、ボクはこの時点では対応を決めかねていた。

 眠らせたり、気絶してもらったりしたほうがいいのだろうけど、助けを呼ぶでもなくこっちに危害を加えようとしたわけでもない人に何かするのは、正直ちょっと気が引ける。


「あの、ボクは、えーっと」


「ロッテ、さん?」


 けれど、ボクのことをじっと見ていた人が、唐突にボクの名前を口にした。


「え?」


 ボクのことを知っている。けど、どうして。


「どうして、ボクの名前を?」


 そうしたボクの疑問は。


「っふ」

「ぷぎゃ」


 踏まれて、自分の悲鳴にかき消された。

 加えて、ボクを踏んづけた本人はそれと気が付かずに着地決めてる。


「む、しまった。見つかったか。それに、ロッテはどこに」


 お前の足の下だ、バカ。


「あなたが、もしかしてカークさん?」


「違う、どうしてそうなる」


「では、あなたは」


「今話に出た男の代理のような者、だが」


「あの、ちょっと」


 地面に張り付いたままの頬が引き攣る。なんでこの人たち、人の上に乗ったまま話してるんですかねえ。


「ロッテ!どこにいる!不可視の術でも使っているのか!」


「いや、違うから。早く、どいて」


「……これは失敬」


 失敬じゃない、早々に降りろ。

 エリザから解放されたボクは、少しの苛立ちをぶつけるようにして服についた土を払う。


「それで、あのあなた方は一体?」


「おい!こっちのほうで声がしなかったか!」


 どうやら騒ぎすぎたらしい。誰かがこっちに向かってきていた。その声音は、どう聞いても友好的とは程遠かった。


「やばい、早く逃げないと……」

 この子がボクやカークの名前を知っていたことの理由は気になるけど、今はそれどころじゃない。

 何とか逃げようと慌てるボク達の手を、けれどその子が、掴んだ。


「こちらへ」


「へ」


「おい、どうして」


「声を上げないでください」


 混乱するボク達をよそに、その人はぐんぐんとお屋敷の中にボクらを引っ張り込んでいく。有無を言わせないその勢いに、ボクとエリザは抵抗もできずに付き従った。

 そのまま、どこかの部屋へと押し込まれる。


「この中なら安全です」


 その行動の意味が、ボクにはよくわからない。エリザも目を白黒させている。


「あの」


 それでも助けられた事実に、ボクは声を上げた。


「あの、匿ってくれてありがとうございます」


 ボクたちにとって、今の状況はわけがわからない。

 だけど。


「けど、どうしてボク達を?」


「ロッテさん、あなたのことはセツカから聞いています。共に旅をした、仲間だと」


「セツカの、知り合い!?」


「そして、そちらの方も、なにか事情がおありなのでしょう」

 彼女がボクたちを見る、その瞳。

 そして彼女の言う、言葉。

 それが嫌が応にも思い出させる。


「魂を何者かによって縛られていますね?」


 結局ボクたちは、ただ一つの運命の渦中にいるということを。

 


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