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俺は魔王になったりしない  作者: エル
第四章 月下の決闘

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騎士と魔術師 ①


 最初に思い出すのは、まず、匂い。

 ツンと、鼻を刺す琥珀色のそれが、どうしようもなく幸福と苦痛の最中にボクを巻き込んでいく。

 そうして、ボクはその幼い少女と相まみえる。

 暗い部屋で、窓から過去だけを眺めるようしにて生きている、あの人の背中を見つめる、昔のボク。


 ああ、これは過去だ。

 いまだにボクを縛り付ける、決別しきれない母親との日々。

 懐かしさに胸を締め付けられる。

 昏い喪失感がボクに影を落とす。


(お母さん)


 そうした時間の中にいると、今度はその背中が、徐々に輪郭を失って、代わりに背の高い、彼の姿に変化していく。


(アル)


 気が付けば、ボク自身も幼い姿から、今の魔術師の姿に戻って、声を、上げようとする。


(待って、行かないで!)


 声は、届かない。

 喉を振るわせようとしても、音のなりそこないだけが口から零れ落ちていく。

 アルは、ちらりとこちらを一瞥すると、そのまま歩いて行ってしまう。

 口元に笑みだけを浮かべて、どこかへ。


(ねえ、待ってよ、アル!)


 アルは、もう振り返らない。

 その足から迷いがなくなっていく。

 アルは、ボクから遠ざかっていく。

 ボクは、いつだってそうだ。

 失う。

 失って初めて気づく。


(アル!)


 アルを追いかけようとして、初めて気が付く。

 ボクの体を押さえつける、影の腕の存在に。

 非力なボクじゃあ、抵抗すらできない。


(待ってよ)


 手を伸ばしても、距離は離れていくばっかりで、

 そして、アルの進む先には。


(エレン!)


 エレンが右手を差し出し、アルが恭しくその手を取る。

 繋がれた手が、激しく燃え盛り、二人は炎に巻かれていく。


(アル!エレン!なんで……!)


 焼かれていく二人は、そこに破滅の色を感じさせず見つめ合い。

 エレンは、どうしてか最後。


(わら、って)



「起きたか」


「……おはよう」


 気が付けば、目の前には私のことをのぞき込む氷蒼の瞳。


「酷い顔だな」


「そう……。そうかも知れない」


 エリザはとっくに起きていたようで、すでに身支度の大半を終わらせていた。

 ボクは冴えない頭を振ってさっきの悪夢を振り払う。

 嫌な夢見ちゃったな。


「ひとまず顔を洗ってこい。そしたら、その後に髪を梳かしてやる。いくらなんでも、跳ね過ぎだ」


 エリザが、ボクのボサボサになった髪を指差して言った。



「エリザは騎士なのに」


「ん?」


「随分野宿に慣れているんだね」


 エリザに櫛で髪を梳いて貰いながら、ボクはまだ眠い目をこする。

 こうして旅をするのは初めてじゃないっていうのに、ボクはまだ外で眠ることに慣れない。

 だっていうのに、エリザは野宿に慣れている様子で、全ての支度を整えてくれていた。


「騎士というのは、いざとなればどこへなりとも行って戦いに身を投じるものだからな。当然、野営の技術も騎士学校で叩き込まれる。道行きや季節によっては死人も出かねん大切な要素だ。おろそかにはできん」


「ふーん」


 そういえば、カークもやけに野宿に慣れていた。あの時は気がつかなかったけど、エレンに旅の不便さを感じさせないように色々な気を配っていたし。


「逆に、君は随分と野宿が苦手なようだな」


「……悪かったね。迷惑かけっぱなしで」


「そう拗ねるな。怒っている訳じゃない」


 どこか穏やかな声で、手つきで、エリザはボクの髪に触れる。


「私にも、役に立てることがあって嬉しいんだ」


 それに、そう言ってエリザはすっと手から力を抜いた。


「これは私にとって償いでもある。これくらいはさせてくれ」


 エリザはエレンにいわれてボクの護衛についてくれている。重症で動くことのできないカークに代わって。

 それに、エリザだって、もう無関係じゃない。


「やっぱり、なにも思い出せないの?」


「ああ」


 エリザは、自分の胸に触れる。


「ここにぽっかりと、穴が開いてしまっているようだ」



 それは、ボク達があの辺境の村からなんとか帰還した時のことだ。


「エレン、ごめん、ボクは」


 眠ったまま意識を取り戻さないカークと、それを座って見守るエレン。


「約束を、なにひとつ守ることができなかった」


「……いいんです。ロッテ」


 エレンは、ボクの眼を見ないままで言った。

「あなたが無事に帰って来てくれた、ただ、それだけで」


 カークを守ることも、アルを連れて帰ってくることも出来なかったボクを、エレンは責めたりしなかった。

 彼女がボクを責めるような人でないことは分かっていたけれど、今はそれが少し辛い。

 いっそボクを罵ってくれればいいとさえ思った。

 大切な人を連れ帰ることのできなかった、役立たずのボクを。


「そして、エリザ」


 エレンが、カークの前で佇んでいた彼女に呼びかける。


「はい」


「こうして話をするのは初めてですね」


 顔を合わせたことは何度もあったけど。エレンはそう続けた。


「あの子の騎士として、ずっと傍に居てくれたのに」


「申し訳、ありません」


 エリザは、悲しそうな声で首を横に振った。


「私は今、その人のことを思い出すことができません」


 エリザがベットの上に視線を向ける。

 その目は後悔に満ちているようで、手は握りしめられていた。


「それに、私は、カークを」


「違います」


 エレンが、小さく、けれど強く遮る。


「あなたがカークさんを傷つけたわけではありません」


 エレンが、ベットに横たわったままのカークの手に触れる。


「カークさんは、あなたを守るために傷を負ったんです」


 エレンも、きっと後悔してるんだろう。

 カークを送り出したのは、自分自身なんだから。


「私の騎士は、それができる人だから」


 エレンは少しの間、祈るようにカークの手を握った後に立ち上がってエリザと向き合う。


「エリザ。あなたには、罰を与えます」


「……はい」


「待ってエレン、それは」


「いいんだ」


 ボクの制止に対して、エリザはやんわりと首を振る。


「覚悟は出来ている。私はそれだけのことをしたのだろう?」


 それはきっと、カークのことだけじゃない。あの日、アルにしたこと、エレンにしたこと。

 そしてその結果がもたらした全てに、エリザは自分で責任を取ろうとしてた。

 その半分は意志を捻じ曲げられていて、もう半分は思い出すことも出来ないと言うのにだ。


「それでも、私のしたことに変わりは無い」


「良い、覚悟です」


 エレンは、少しの間目を閉じた。エリザに告げることに、自身も覚悟を持つように。


「では、咎人エリザ・クラリア。クロイツェル第一王女、エレオノーラ・フォン・クロイツェルの名を持って命じます」


 エレンはそっとエリザに視線を合わせて、静かに、けれどはっきりと告げた。


「これより、私の近衛騎士カーク・グライスに代わり、姿を消したアルフレッドさんの行方を追ってください。ロッテの護衛として。そして」


 

「そして、全てが終わった後に、あの子を自分の足で探し出してください」

 


 エリザの瞳が細められる。

 昔見た光を、どこかに探しているかのように。


「私を許すと、そうおっしゃるのですか」


「身に覚えのない罪であなたを罰するようなことはしません」


 気持ちだけでは埋まらないことに、それでもエレンは向き合おうとしていた。


「私にはわからないんです。あなたや、あの子を許せないかどうかさえ。だから、エリザ。あの子の騎士であるあなたに命じます。どうか、もう一度私を、あの子と引き合わせてください」


 それが、私の願いですと、エレンは言った。


「まずは、あの人から奪われた全てを取り戻して」


「……分かりました」


 エリザが膝を折って、エレンの前で騎士の礼を取る。


「一つの罰、一つの願い。その全てを、この名を持って拝命いたします」



「ありがたいと、そう思ったよ」


 あの時のことを聞けば、エリザはそう答える。


「私も、裁かれるなら、全てを思い出してから裁かれたい」


 それが、ボク達が一緒に旅を始めた時の話。



「それにしても、エリザ、君」


 髪を梳かして貰いながら、ボクはふと気になったことを尋ねた。


「髪、整えるの上手いね」


 ボクの何気ない一言に、エリザの手が、止まる。


「エリザ?」


 振り返って見れば、エリザが自分の手と櫛をなんだか不思議そうに眺めていた。


「手が、覚えているんだ」


 ぽつりと、独り言のようにエリザは漏らす。


「不思議だな。私はこれまで誰かの髪を整えるなんてこと、した覚えがないのに、何故か、手が覚えているんだ。この動きを」


 それは、多分。


「思い出せないだけで、体は覚えているんだよ。きっと」


「そうか」


 エリザがそっと目を閉じる。


「そう言うものか」



 私は、そっと目を閉じる。

 思い出すのは、何故か、朝の光に、長い髪と、そして、赤。


「う」 


「どうしたの?」


「……なんでもないさ」


 ロッテ、金色の髪をした魔法使いの少女は、私を心配そうな目で見ていた。


「少し、頭痛がしただけだ」


 まるで、何かに急に記憶を堰き止められたかのようだった。


「無理に思い出そうとしない方がいいよ。魂を縛られてるんだ、どんな影響があるか分からない」


「そう、だな」


 私は、気を取り直して髪の仕上げに取り掛かる。


「まずは、この魂を縛り付ける鎖をどうにかしてからだ」


「そう、そのためにもなるべく早く東域国に入る必要があるんだけど」


 ロッテが顎に手を当てて、拗ねたような声を出した。


「まさか、国に入ることが出来ないなんてね」


 そうなのだ。

 私達は昨日にはクロイツェルと東域国の境目まではたどり着いていた。

 そして、エレオノーラ様から預かった手紙を、件の最後の神託を持つものに届けようとしたのだが。


「申し訳ないが他国の者がこの国に足を踏み入れることは許可できない」


 と、はっきりと断られてしまった。

 エレオノーラ様から、正式な華印入りの手紙を預かって来たのにも関わらずだ。


「人の往来を極端に嫌う国だってのは聞いてたけど、まさかここまでとはね。手紙だけは預かって貰えたけど」


「どうするんだ?」


「……一応、手が無いわけじゃ、ないみたい」


 ロッテは小さな声をさらに低く小さくする。


「なんでも、密入国を手引きしてる人たちがいるみたい」


「なるほど」


 さも、ありなん。

 こうして行き来が厳しく制限されているが故にか。


「でも、結構なお金がかかるらしいんだよね」


「それはそうだろう」


 手引きする方だって見つかればただでは済まない。これだけ厳しく取り締まりをしている国だ。最悪極刑だってあり得る。ならば、報酬もそれに見合うだけの額が提示されるだろう。


「だが現状、そこまでの資金は無いだろう。取りに戻るか?」


「……そんな悠長にはしていられないよ。アルは、きっともう行動を起こしてる」


「では、どうする」


 金も、コネも、時間も無いと来てる。

 無い無い尽くしでは、流石にどうにもならない。


「……無理やり押し通る」


「本気か?」


 それこそ、見つかればこっちの首が飛びかねない。


「大丈夫、方法ならいくらでもあるさ」


 ロッテは、自信ありげに言った。


「空から飛んで行ったり、透明になって荷物に紛れ込んだり、警備に居眠りしてもらったり」


「……一流の魔術師が本気になると恐ろしいな」


「普段はこんな無茶しないよ。けど、今だけは別だ」


 ロッテはくっくっくと意地の悪そうな笑みを浮かべた。


「見てろ、あの偉そうな門番め。天才魔術師の力、思い知らせてやる」


 きっと脳裏では、色々な悪事を考えていることだろう。


「まあ、方法については後で考えるとして、だ」


 私はロッテの髪から手を離した。


「ほら、終わったぞ」


「うん、ありがとう」


 そう言って、二、三度自分の手で髪の具合を確かめてから、ロッテは脇に置いてあったいつもの帽子を手に取った。


「エリザ」


「どうした?」


「記憶、絶対に取り戻そう」


「……ああ」


 私は、再び自分の手を見る。

 誰かを探さなければならない。

 その人のことを、思い出すことはできないけれど。

 それでも、必ず。


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