表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺は魔王になったりしない  作者: エル
第四章 月下の決闘

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

74/175

月下、語らいの二人


「一杯、いかがですかな?」


「いや、遠慮させてもらうよ」


 姿を現さないまま、アルフレッド殿は私の勧めをすぐに断った。


「今夜は、酔いたい気分じゃないんだ」


 その声は、私の知っているものよりもどこか冷たい。まるで感情を一つどこかに置いてきたかのような、そんな声だった。


(ああ、やはり)


 私の知る彼ならば、冗長なことを言いながら、付き合ってくれただろう。


(少し、違う)


 何かが起きているのだ。

 私の与り知らぬところで、何かが。


「それで、本日はどのような要件で私を訪ねたのですか」


「話が早くて助かる」


 顔を合わせずとも、わかる。

 いつもの余裕が、今のアルフレッド殿にはない。


「取引がしたい」


「取引、ですか」


 頼みでも、話でもなく、取引。


「して、その内容は」


「この国を治めてる二つの一族、姫巫女の一族と、それを守る護り人の一族」


 

「その二つの一族が守ってる秘術。そいつが欲しい」



 やはりと、心の中で呟く私が、確かにそこにいた。


「……それは、私が護り人の長だと知ってのことですか」


「ああ、そうだ。俺はそれを知ったうえで、この話をしている」


 私は自身の懐にそっと手を伸ばして、ある物に触れる。


「どこで我らのことを知ったかは知りませんが」


 決意が、揺らがないように。


「それは無理な相談です。お引き取りください」


 私が、あなたの敵になる前に。そういう意味合いを言外に込める。


「あなたは、知らない。私たちの一族が守るものは、それほど軽いものではありません」


「最後まで話を聞けよ、サムライ。俺はまだ要求を言っただけだ。まだ、対価についての話をしていない」


「聞くまでもありません。それは我ら一族にとって何よりも大事なお役目。それを、放棄するなど」


「あの娘を、自由にしてやりたくないか」


 一瞬、呼吸が止まりそうになるのを、無理やり押しとどめる。


「それが、お前の望みなんだろう?なあ、護り人」


「何を、言って……」


「俺ならやれる」


 アルフレッド殿は、まるで私の心を見透かしているかのようだった。


「あんたらが大事に守ってきたそいつがあれば、可能だ」


「馬鹿な」


 私は首を横に振る。


「ありえない」


「それがあり得ないことかどうかは、よく知ってるんじゃないか?」


「…………」


 馬鹿げている。そう一蹴するのは簡単だった。

 だが、私は知っている。

 知ってしまっているのだ。


「俺には世界を変えちまえる術がある。だが、それは完璧じゃない。まだ」


『まだ』そう言った言葉の裏にある不吉さを、アルフレッド殿は隠そうともしない。


「……何と言われようと、私の答えは変わりません。なにより、ナユタ様自身が、それを望みません」


「そうかもな。そっちのお姫さんは、そうかもしれない。けど、俺は今、あんたと交渉してるんだよ。他は関係ない」


 言葉が冷気のように私の中に入り込んでくる。


 この男に耳を貸すなと、理性が声を上げる、


「自分の望みだろ?他人を言い訳に使うもんじゃないぜ。もう一度言ってやる。俺は、お前の望みを聞いてるんだ。他のことなんて、気にする必要はない」


「その決断をすれば」


 応じれば相手の術中だと、分かっていても言わずにはいられなかった。


「あの方は一生それを悔いる。受け継いだものを守れなかった無力さに、生涯苛まれるでしょう。私は、そんなものをあの方に背負わせる気はありません」


「それなら問題ねえよ。俺なら」


 私の雄弁を嘲笑うがごとく、アルフレッド殿は殊更に軽くその禁忌を口にした。


「それを許せるように、あの娘を作り変えられる」


 私は、あまりの衝撃に言葉を失った。


「ここのお嬢さん自身が諦めちまったいろんな望みを、俺がまた与えてやればいい。一族の使命のことなんて、忘れさせてな。いいや、俺ならもっと冴えた方法だって使える」


 アルフレッド殿は語る。


「使命なんて最初からなかったことにしてもいい。一族の使命なんて下らないって価値観を植え付けてやってもいい。それとも、一族の悲願は果たされたと思い込ませるってはどうだ?」


 それを狂気と、人は呼ぶ。


「自分がどれだけ冒涜的なことを言っているのか理解しているのですか」


 私は、本来ならば怒りを覚えるべきだったことだろう。だがそうはならなかったし、出来なかった。

 そのあまりの常軌を逸した言葉に、ついていくことで精いっぱいだった


「それに、それを許せばどれだけの悲劇が、この世界にふりまかれることになるか」


「だから、取引さ。全部を天秤に乗せて考えてみろよ。お前が欲しいもんは、なんだ?」


 アルフレッド殿が、私に問う。


「一族の長なんかじゃない。お前自身の望みだ」


「……それは、許されることではありません」


「ああ、それは否定しねえよ。だけどな」



「願いは、欲望ってやつは、時としてその全部を飛び越える。そうだろう?」



 私は、すぐに言葉を返すことが出来なかった。


「まあ、今すぐに答えを出せとは言わねえよ」


 アルフレッド殿の気配が薄らいでいく。


「また来る。返事は、その時に聞かせてくれたらいい」


 伝えるべきことは伝えたといわんばかりに。


「……なぁ」


 ふと、消え去っていく気配の残滓から、声がかかる。


「拙者ってのはやめたのかい?」


「ああ、あれは」


 私はゆっくりと、今だけは昔の仲間に語り掛ける心持で言った。


「ちょっとした遊戯ですよ。かわいいお姫様の、夢を壊さないための」


「そうかい」


 くっく、と、低く小さな声でアルフレッド殿も笑った。


「お互い、知らないことばっかりだな、あれだけ同じ時間を過ごしても」


「ええ、そういうものです」


「じゃあな、久しぶりに会えて、少し嬉しかったよ」


「もしも」


 最後に声を出させたのは、きっと私個人の弱さだろう。


「もしも、私が断ったとしたら?」


「そん時は」


 アルフレッド殿は、来た時と同じように、音もたてずこの場から去っていく。


「俺たちは敵同士だ。お互いの使命を果たそうや」


 その一言だけを残して。

 後には、静寂だけが残った。

 まるで影のように、幻のように、アルフレッド殿はこの屋敷からするりといなくなってしまった。


「私の、使命」


 多くの機密を知っていたアルフレッド殿であったが、一族の本当の使命についてはどうやら知らなかったらしい。


 護り人の使命とは、巫女の命を守ることではない。


「いや、或いは」


 知っていて、私にはできないと嘲笑ったのだろうか。

 一族の秘術を守るために、何かが起きた時、秘術を継承する姫巫女の命を絶つという本当の使命を。


「おや」


 気が付けば、酒の器を挟んだ向こう側の杯が空になっている。

 なみなみと、注いでおいたはずなのに。


「……では、私も」


 一献。

 少し遅れての友誼の証。

 全ての言葉とともに。

 私も、杯を空けた。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ