未来の選択
「ねえ、見てください、セツカ」
私がそこで見たものは、誰よりも、何よりも、どんな代償を払ってでも、手に入れたいと望んだ。
そんな、ものだった。
「道が、あんなに先まで続いてる」
遠く、より遠くを見据える瞳。
この道がどこに続くのか。それを、自分の目で確かめることができることへの喜びと、希望。
「この向こう側には街があるんでしょう?私が見たことも無いような、美しい街が」
「あまりは急がれては」
私は努めて歩調を緩める。私までつられて早足になってしまっては案内役の意味が無い。
「すぐに疲れてしまいますよ。旅は長いのです。そう焦らずとも好いでしょう」
「あら、ごめんなさい。セツカ」
少し先行していたナユタ様が立ち止って私を待っていてくれる。それだけのこと。ただそれだけのことなのに。
なんで、こんなに、心が動かされるのか。
「私ったら、はしゃいでしまって」
「仕方がありません。ようやく、念願叶っての旅。念願かなっての外の世界なのですから」
私達は再び肩を並べて、何処までも続く広い街道を歩きだす。
「本当に、馬車の手配はいらなかったのですか?」
「ええ。最初は、自分の足で世界を歩いてみたかったんです」
「それで、実感したかったんです。私は、もう籠の中の鳥ではないんだって」
そう言って外の世界を見渡す、瞳の奥の奥。
その先に、小さな赤い炎が揺らめいていることを私は知っている。
私だけが知っている。
「この先の街に、セツカのお友達がいるんでしょう?」
「ええ。そうです。きっと、ナユタ様ともいいご友人になれますよ」
私はそれをおくびにも出さなかった。
これが、私の選んだ世界なのだから。
「ねえ。セツカ」
「はい、なんでしょうか。ナユタ様」
「それです」
「……それ、とは?」
ぴしりと、ナユタ様が私を指差す。
「もう、私は姫巫女の一族ではありません」
「ええ、存じております」
「セツカ。あなたも、護り人の一族ではありません。一族の使命は果たされたのですから」
「…………」
それをナユタ様に言われてしまうのは、少し、辛かった。
私は、自分の目的のために、一族を、裏切ったのだから。
「ならば」
ナユタ様が、ふっと相貌を崩す。
「そんな風に、私のことを様付で呼ぶ必要は、もうないんですよ」
「それは」
一瞬、言葉に詰まる。
それが、すっと当たり前のことだったのだから、当然抵抗がある。
が、すぐに考えを改めた。
「分かりました」
彼女がそれを望むのなら、私は可能な限りそれを叶えよう。
「では、共に行きましょう。ナユタ」
「ええ、セツカ」
彼女と手を取り合って、私たちは進んで行く。
それが、彼女の魂を歪めてしまった、私への罰なのだから。
伸ばした手が虚空を掴む。
気が付けば、そこは薄暗く、小さな灯りのみが存在を許される地下の一室だった。
「これが」
視線の先、この小さな神殿の主は、私を感情の無い瞳で見据えた。
「あなたの未来」
「……本当に」
この方は、未来を見て、それを託すべき者に託すのだという。
「あのような未来が来るのですか」
私には全てが半信半疑だった。この巫女様のお力も、あの未来も。
だが、あの未来が本当に来るのだとしたら。
「それは、素晴らしき」
「いいえ」
けれど、巫女様は私の言葉に首を振った。
「あれは、呪いです」
「呪い?」
「はい」
私にとっての神託の旅は、今終わりを告げようとしている。
「あなたを縛る、幸福そのものの呪い。あなたは、あの未来を断ち切らなければなりません」
「あの、未来を」
あの方が、笑っている、未来を。
「ですが」
巫女様が立ち上がり、私の横をすり抜けていく。
「選択するのはあなたです。私には、告げることしかできません」
そして、地上へと戻る扉を、開いた。
「分かりました」
話は、これで終わりということだろう。
私は、薄暗い部屋から、光の刺す地上へと戻っていく。
「心しておきましょう」
地上へと戻る道すがら、私はある考えを振りきれずにいた。
「呪い」
それは、すなわち。
その呪いを一身に受ける覚悟さえあれば、私はあの未来を、掴むことが出来るのだと。
水面に映った月を肴に、杯を傾ける。
あの神託の旅から、少しばかり時間が経った。
私は、未だに答えを出せずにいる。
「けれど」
予感があった。
時は、近づきつつある。
(あの手紙こそが)
恐らく、その予兆。
銀の光に照らされて、影を作った杯は、二つ。
『今夜、邪魔させてもらう』
書面にはそれだけ。
だが、自然と理解できた。これから、ここに訪れるのは、きっと。
「よう」
懐かしき、声がした。
「ええ」
いる。
一つの壁を隔てた向こう側。
月下、私は月の光の方に。
彼の者は影の方に。
「お久しぶりです。アルフレッド殿」
「ああ、久しぶりだな。サムライ」
背中合わせで、その会合は始まった。




