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俺は魔王になったりしない  作者: エル
第四章 月下の決闘

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護り人たち

 

 外の世界をよく見てくるといい、師匠はそう言った。


「この国は変わり始めている」


 とても厳しい人だったはずなのに、こうしてみると思い出されるのは、晩年の穏やかな表情ばかりだった。

 私の身を案じる一方で、世界そのものに憧憬を向けた、私の、師匠。


「閉鎖的だったこの国が外と交わり始めて早十年。隣国と友誼を結んで、早数年。きっと次の変化は、より革新的なものになるだろう」


 師の言うことはいつもどこか難しい。根本的に、人とは違う考えを持つことが多かった人だ。

 私はいつだってそんな師匠のことを知りたいと願っていた。結局、多くのことを理解することは叶わなかったが。


「世界を知りなさい、セツカ。きっとこの国の外側にはいろいろな人々がいて、いろいろなものの考え方が存在する。私自身がそれに触れられないこと、ひどく残念だが」


 空を見上げる、師。もう少し、もう少しだけ、後に生まれれば良かったかもしれないと、真意なのか、戯言なのか分からないことを、時折、口にしていた。


「君と、そして願わくば、あの子にその恩恵があればいいなと、私は思うんだ」


 それは、師から私への遺言だった。


「ああ、本当に。もう少し後に生まれて、君と、ナユタ様と共に、旅に、出たかった」


 私を本当の意味で育ててくれた師は、もう歩くことすらままならない。

 長旅など、きっと。


「外で護衛の仕事をするそうだね」


「はい」


 隣国との友好のために、私はある旅に護衛としてついていくことになっている。


「いいことだ。この国も、ようやく古い因習から解き放たれつつある」


 そうして空を見上げる師匠。

 つられるようにして、私もまた顔を上げる。


「良かった。今日も、空がきれいだ」


 あの日と同じように、ただ座って空を眺める。

 今日も空は美しかったが、あの日と決定的に違うことが二つあった。

 それは隣に師匠が居ないこと、そして、空には幾重かの煙達が昇っていくこと。


「…………」


 晴れて、良かった。

 あの人は、こんな美しい空が好きだったから。

 ここにこうして座って、空を見ているのは、あの人がそうしているのが好きだったからだ。

 その姿が、私も好きであった。

 だが、もう見ることは、決してない。

 皆は、きっと今の私の姿を見て、なにか大層な考えを巡らせ、深い想いを寄せていると、そう想像していることだろう。だが、それは勘違いだ。


 私はただ、恩師の死を悲しんでいる。

 他に、感情の介入する余地を、今だけは、残さなかった。

 意図的に、そうした。

 後のあれこれは、きっと容赦なく襲い掛かってくるのだから。

 今だけは、ただ先生との別れのみを身に宿した。



「セツカ」


 ことり、と戸が開く音と共に、涼やかな声が私に呼びかける。


「葬儀は、つつがなく終わりました」


「そうですか」


 振り返らぬまま、私は答える。


「申し訳ありません。全てを任せてしまって」


「よいのです。それがわたしの責務ですから」


 そう言って、彼女は私の横に座って共に空を見上げた。


「セツカは、本当に良かったのですか?」


 健やかに伸び往く煙を見送りながら、彼女が私に問う。


「先代の葬儀に、立ち会わなくて」


「いいも悪いもありません」


 私は、ゆっくりとかぶりを振った。


「護り人の葬儀に立ち会えるのは姫巫女の一族の者のみと決まっております。私には、その資格がない。それだけのことです」


「ですが、セツカ。あなたは身内のようなものです。最後のお別れくらい……」


「別れならば、とっくに済ませてありますよ」


 だからこそ、最後の最後には少し遠くで成り行きを見守れた。


「私たちは受け継ぐもの。先代の御意志はすでに全て聞き届けています。ならばこそ、最後は色々な人たちに譲ることが出来ました」


「寂しくはないのですか?」


「ええ、少しも」


 私はここで初めてナユタ様と顔を合わせる。

 護り人の長に相応しい声音を思い出しながら。


「そういう風に出来ています。私も、師匠も」


 それが、姫巫女を守る使命を帯びた、護り人というものなのだから。



「どうぞ」


 場所を移し、ナユタ様の前に湯飲みを置き、正面に座る。


「ありがとう。嗅ぎなれない香りですが、これは」


「はい。護衛の際に土産として買ってきた、隣国のお茶です。この国のものとは一味違うのですが、これはこれでよいものですよ」


 色も香りも我が国のものとは違う茶だが、なぜか妙に落ち着く。

 慣れないその色合いを見て、ナユタ様は目を白黒とさせていた。


「この機会にナユタ様にもご賞味いただこうと思いまして。お口に合えばいいのですが」


「これが」


 恐る恐る、といった様子で、ナユタ様はお茶を口にする。


「まあ」


 すると、少し顔を赤くして、口に手を当てる。


「お茶なのに、甘いのですね」


「はい。そういう風に淹れてあります」


 私も、自分の分の湯飲みに口をつける。

 こちらには、甘みは入れなかった。


「これは、おいしいですね。不思議な感覚ですが、心地いいです」


 共に旅をしていた女性お二人が好んだやり方を真似てみたのだが、これで正解だったようだ。


「これが、外の世界の」


 夢見心地のナユタ様が、欠片のような小ささで言葉を漏らす。


「おいしい」


 憧れ。

 それは手に入らぬからこそなお美しい魔性の絵。

 混ざり合った色は、非常に美しい絵を描く。

 そして、私もまた。


「セツカ?」


 気が付けばナユタ様が私のことを心配そうな目で見ていた。


「どうかしましたか」


「なんでもありませんよ。ただ」


 私は水面に映る自らの顔を見る。


「あの旅のことを、思い出していただけです」


 そう、それも偽りではない。

 旅の終わり、神託の巫女様のお力によって見たあの未来。

 私は、今なおその渦中にいる。


「旅の。そうですか」


「また、外の話を聞きたいですか?」


「ええ、是非に」


 ごく狭い世界で生きることを義務付けられたナユタ様にとって、この国の外側の話は刺激的で興奮に満ち溢れている。

 私が外の話をすることでその好奇心が収まってくれればいいのだが、逆に外への興味を強めてしまう結果となるかもしれない。

 どうするべきなのか、答えは無い。分からない。

 師匠ならば、どうしただろうか。


(だが、もうその答えを示してくれる人も無し)


 ならば、自分で判断せざる負えない。

 そうなれば、結局話してしまうのだ。この人を楽しませたいと思う心が、どうしたって勝ってしまう。


「では、今日はアルフレッド殿とカーク殿、二人と共に賭場で一稼ぎした話など……」


 国が変わり、師匠が尽力してくれたおかげで実現した、旅の話。

 いつか、いつかは。


(馬鹿な)


 私は、今やそれを戒めねばならない立場なのだ。

 それを、忘れてはならない。



「では、私はこれで」


 ナユタ様を大門から見送る。日もまだ沈みきっておらず、護衛も秘密裏に二人付けたが、それでも少し心配だった。


「くれぐれもお気を付け下さい。大事なお体なのですから」


「もう、セツカ。この土地では滅多なことなどそうは起こりませんよ」


 そう言って、ナユタ様は帰っていく。私は、静かにその背中を見送った。


「セツカ様」


「なんだ」


 私は背後の声に振り返らずに答える。まだ、ナユタ様の背中は完全に見えなくなってはいなかったからだ。


「外から書状が届いております。それも、二枚」


 部下からの報告。息をつく暇もない。


「書状の主は?」


「一つは隣国からの正式なもので、王家の花印が添えられております」


(エレオノーラ様から?)


 時節の手紙だろうか。それにしては、時期が妙だ。


(なにか、あったか)


「して、もう一通は」


「はい、それが」


 部下の声がより小さく、困惑した物へと変化する。


「差出人の名前は、ありません。それどころか、いつ、どこから、どのようにこの書状が運ばれてきたのか、不明で」


「なに」


 隣国とは国交が開いたとはいえ、未だこの国は外との往来は厳しい。

 手紙一つでも、何処から来たものか不明というのは通常ではありえない話だった。


「まるで最初からそこあったかのように最初の手紙と共に届けられました。そして、ただ、一言」


「『魔王より』と、そう添えられておりました」

 

「そうか」


 とうとう、来てしまった。

 よりにもよって、こんな日に。


「すぐ、眼を通す」


「は」


 私には、断ち切らなければならない運命がある。

 それは、呪いであり、同時に。


(幸福にたる、願い)


 どうあっても、それを選択しなければならない。

 正しき答えをくれる人は、すでに、無い。



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