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俺は魔王になったりしない  作者: エル
第三章 二人の騎士

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騎士の在り方 ⑧

 

 こんな状況なのに、彼女を目にした瞬間、魂が震えたのが分かった。

 その声を聴いたとき、苦しみと喜びが滲みだすのを止められなかった。

 そうして、理解する。


「アル、君は」


 本当の意味で、私を。

 忘れることが、できるかも知れないんだね。




 そこに、君がいる。


「ロッテ……」


 手を伸ばせば届く位置に、君が。

 あの夜、どこか遠くへ行ってしまった君が、すぐそばに。


「お前が、なぜここにいる」


「ある人に頼まれてさ」


 それが誰かは、言わなくても伝わったはずだ。


「そうか」


 その人は、なんだか少し寂しそうだった。


「彼女は、君には言わないって、そう思っていたんだけどな」


 暗い影。皮肉めいた言葉。自嘲めいた笑み。

 アルはいまだに、あのボロボロだった夜のなかにいる。

 そしてボクもまた、アルを救うための手立てを持たずにいる。


「アル、ボクは」


 けど、ボクはここに来た。いてもたっても、いられなくて。


「確かにエレンの願いでここにいる。だけど同時に、ボクはボクの意志でここにいるんだ」


 箒の上に立つボクと、それを見上げるアルの間に視線が結ばれる。


「アル、君の進む道の先には悲惨な結末しかないんだ。あんな未来を選んじゃいけない」


「それでいいんだよ」


 ボクの視線を、言葉を受け取って、けれどアルはボクに冷たい視線を投げかけた。


「俺は世界を壊しつくす。それが目的さ。悲惨な未来なんて、それこそ、望むところだ」


「アル……」


 やっぱり、駄目だ。

 あの夜から隔ててしまったボクらの距離は、空っぽの手じゃ埋まらない。

 それは、分かっていたことだ。


「でもね」


 だからって。


「この胸が痛まないわけじゃ、ないんだ」


 それで、感傷はおしまい。

 ボクには今、すべきことがある。


「アル、君を止めるよ」


「っは!どうやってだよ!亜人に襲われて泣きそうになってた小娘が!」


「あの時のボクとは違う」


 箒の上に立ったまま、片手を月に掲げる。


「もう、ただの世間知らずのガキじゃない!」


 術式を展開。掬い取った月の光を拡散し、いつか見た、光の雪のように周囲に降り募らせていく。

 周囲を覆い尽くしていた影は、光に触れた瞬間脆いガラス細工のように粉々に砕け散っていく。


「これは……!」


「コードを使えるのはこの世界で君だけじゃないんだ。ボクにだって、その権利がある」


 散り散りになっていく淡い影たち。

 けど、これじゃあまだ足りない。

 今のボクにはこれが手一杯。

 だから、後は。


「行け!カーク!」


 この場を収めるべき者に、託した。



「行け!カーク!」


 その声を聴くと同時に、最後の力を振り絞って走りだす。


「君の覚悟、しかと受け取ったぞ、ロッテ!」


 僕は光の示す道、障害の無くなった魔王との距離を駆ける。


「終わらせる!」


 この世界に破滅をもたらす魔王の誕生も、仲間同士の殺し合いなんて馬鹿げたことも、今、この手で決着をつける!


「舐めるなよ!」


 魔王の頭上により濃密な闇が生まれ、影が形成される。ロッテが降らせる光の中でなお強固に存在するそれらは、僕を捕えようと放たれ。


「悪いが」


 蒼い冷気が、僕の頭上を覆った。


「それは一度見ている!」


 エリザの放った氷の槍が鎖とぶつかり相殺される。


「一矢、報いたぞ」


 今ので残った魔力を全て投げ撃ったのだろう、エリザがその場で崩れ落ちたのが分かった。


(感謝する!)


 これで、僕と奴の間にすでに障害は、無い。

 僕の動きに対して、例の短刀で応戦する構えの魔王。

 だが、圧倒された先ほどとは違う。こちらの方に勢いがあり、なおかつ全霊で剣を振るえる。


「はぁぁぁぁぁ!」


 交差する刃。それを冷淡な瞳で眺める、魔王。


 

 本音を言えば、僕は勝利を確信していた。

 それは、慢心とも呼べないほどの小さな、油断。



 音がした。剣戟の激しさとは無縁の、澄んだ、音が。


「そ、んな」


「悪いな。こいつも、特別性なんだ」


 その短刀が僕の刃に触れた瞬間、剣が、二つに折れた。

 いや、違う。

 切られたのだ。

 騎士の、剣が。


(しまった)


 あの剣もまた、異世界の武具なのだ。あの圧倒的な力を持った砲と並ぶほどの。

 それを、失念していた。


(姫様)


 これで、終わりなのか。


(申し訳……)


 もはや半身となってしまった哀れな刃。

 これでは、もう僕は。


(どうか、我が村をよろしくお願いします)


 違う。


「あ、ぁぁぁぁぁ!」


 剣を失えば騎士でいられないなんて、そんなことはないんだ。


「光の、剣!」


 失った部分を魔力で補い、光の刃を作る。

 僕が培ってきた全て、僕に残された全てを注いで、ただ前に一歩踏み込む。


「なに!」


 僕の最後の足掻きが予想外だったのだろう、魔王は自らの身を庇うように僕の斬撃を短刀で受け止めた。


「こ、の!」


「いいさ、魔王よ!この命、ここでくれてやる!」


 僕は限界まで魔力を放出し、光の剣をひたすら強化する。

 もう維持のことなど考えない。安定しない部分を出力で無理やりに補い、繋ぎ止める。

 魔王と僕の間で、膨大な力が渦巻き、拮抗し、軋みを上げる。

 目も眩むような閃光と共に、爆発的な力が生まれ、溢れ出した光は奔流となって天へと登っていく。


「カーク!お前は!」


「はぁぁぁぁぁぁ!」


 ガキンと、僕らの間で何かが砕ける音を聞き、それを勝機と見出し。

 僕は、剣を、振りぬいた。



「あーあ」


 閃光の後に残ったのは、残念そうな声。


「気に入ってたんだけどな。このナイフ」


 魔王が何かを投げ捨てる。それは、破壊され、無残な姿になった例の短刀だった。

 僕の力では、この程度が限界か。

 無念、極まりない。


「……さて、と」


 魔王は、今一度僕を見る。

 もう、立ってもいられず、さりとてこの男の前で倒れることを良しとしなかった僕は、構えともいえない構えを取りながら、無様に項垂れていた。


「ここまでだな」


 まるで演奏を締めくくるかのような軽い口調。

 僕には、それを咎める力も残ってはいなかった。


「これ以上やったら殺しちまうし、それじゃあ意味が無い。ここは、退いてやるよ」


 それだけ僕に告げると、その姿が少しずつ夜の闇に溶けていく。


「またな、ロッテ」


 最後にそれだけ言い残して、魔王は完全に夜の闇の中に消え去った。


「く、そ」


 見逃された。

 その事実に悔しさを覚えながら、僕を支えていた全てが消失していくのを感じて。

 僕はその場に、倒れ付した。

 


 消えていくその姿を目で追って、ボクは一人呟く。


「ねえ、アル」


 続く言葉が出なかった。

 問うべきことを、問えなかった。


(君はどうして、あの夜消えてしまったの)


 ボクは、やっぱり卑怯者だ。


(それは、やっぱりボクが、原因なの?)


 自分の罪を、知る勇気を持てなかったんだから。


「って、やばい。カーク」


 アルの気配が完全に消えると同時に、カークが倒れる。

 ボクは急いで地面に降りてカークに駆け寄った。


「ちょっと、カーク!平気なの!」


「……ロッテ、か」


「!!喋んないで!」


 見れば、カークはさっきまで動けてたのが不思議な位の重症だった。

 腹部から血を流しすぎているし、魔力も完全に欠乏してる。

 これは、やばい。


「姫様に伝えなければ、ならないことが、あるんだ」


「黙ってて!」


 ポーチからありったけの霊薬と触媒を引っ張り出して治癒を行う。


「未来は、変わりつつ、あります、と。あの未来では、僕はエリザを殺していたし、なにより」


 もう半ば意識も無いだろうに、うわごとのようにカークはボクに伝える。


「ロッテ、君が、もう、奴の手中に」


 それだけを言い残して、カークは完全に意識を失った。


「……!カーク!」


 ボクはまさかと思い心臓に耳を当てる。


「……よかった」


 動いてる。まだ、生きようとしてる。


「絶対に、死なせない」


 アルに、仲間殺しなんて背負わせる訳にはいかないんだ。



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