騎士の在り方 ⑧
こんな状況なのに、彼女を目にした瞬間、魂が震えたのが分かった。
その声を聴いたとき、苦しみと喜びが滲みだすのを止められなかった。
そうして、理解する。
「アル、君は」
本当の意味で、私を。
忘れることが、できるかも知れないんだね。
そこに、君がいる。
「ロッテ……」
手を伸ばせば届く位置に、君が。
あの夜、どこか遠くへ行ってしまった君が、すぐそばに。
「お前が、なぜここにいる」
「ある人に頼まれてさ」
それが誰かは、言わなくても伝わったはずだ。
「そうか」
その人は、なんだか少し寂しそうだった。
「彼女は、君には言わないって、そう思っていたんだけどな」
暗い影。皮肉めいた言葉。自嘲めいた笑み。
アルはいまだに、あのボロボロだった夜のなかにいる。
そしてボクもまた、アルを救うための手立てを持たずにいる。
「アル、ボクは」
けど、ボクはここに来た。いてもたっても、いられなくて。
「確かにエレンの願いでここにいる。だけど同時に、ボクはボクの意志でここにいるんだ」
箒の上に立つボクと、それを見上げるアルの間に視線が結ばれる。
「アル、君の進む道の先には悲惨な結末しかないんだ。あんな未来を選んじゃいけない」
「それでいいんだよ」
ボクの視線を、言葉を受け取って、けれどアルはボクに冷たい視線を投げかけた。
「俺は世界を壊しつくす。それが目的さ。悲惨な未来なんて、それこそ、望むところだ」
「アル……」
やっぱり、駄目だ。
あの夜から隔ててしまったボクらの距離は、空っぽの手じゃ埋まらない。
それは、分かっていたことだ。
「でもね」
だからって。
「この胸が痛まないわけじゃ、ないんだ」
それで、感傷はおしまい。
ボクには今、すべきことがある。
「アル、君を止めるよ」
「っは!どうやってだよ!亜人に襲われて泣きそうになってた小娘が!」
「あの時のボクとは違う」
箒の上に立ったまま、片手を月に掲げる。
「もう、ただの世間知らずのガキじゃない!」
術式を展開。掬い取った月の光を拡散し、いつか見た、光の雪のように周囲に降り募らせていく。
周囲を覆い尽くしていた影は、光に触れた瞬間脆いガラス細工のように粉々に砕け散っていく。
「これは……!」
「コードを使えるのはこの世界で君だけじゃないんだ。ボクにだって、その権利がある」
散り散りになっていく淡い影たち。
けど、これじゃあまだ足りない。
今のボクにはこれが手一杯。
だから、後は。
「行け!カーク!」
この場を収めるべき者に、託した。
「行け!カーク!」
その声を聴くと同時に、最後の力を振り絞って走りだす。
「君の覚悟、しかと受け取ったぞ、ロッテ!」
僕は光の示す道、障害の無くなった魔王との距離を駆ける。
「終わらせる!」
この世界に破滅をもたらす魔王の誕生も、仲間同士の殺し合いなんて馬鹿げたことも、今、この手で決着をつける!
「舐めるなよ!」
魔王の頭上により濃密な闇が生まれ、影が形成される。ロッテが降らせる光の中でなお強固に存在するそれらは、僕を捕えようと放たれ。
「悪いが」
蒼い冷気が、僕の頭上を覆った。
「それは一度見ている!」
エリザの放った氷の槍が鎖とぶつかり相殺される。
「一矢、報いたぞ」
今ので残った魔力を全て投げ撃ったのだろう、エリザがその場で崩れ落ちたのが分かった。
(感謝する!)
これで、僕と奴の間にすでに障害は、無い。
僕の動きに対して、例の短刀で応戦する構えの魔王。
だが、圧倒された先ほどとは違う。こちらの方に勢いがあり、なおかつ全霊で剣を振るえる。
「はぁぁぁぁぁ!」
交差する刃。それを冷淡な瞳で眺める、魔王。
本音を言えば、僕は勝利を確信していた。
それは、慢心とも呼べないほどの小さな、油断。
音がした。剣戟の激しさとは無縁の、澄んだ、音が。
「そ、んな」
「悪いな。こいつも、特別性なんだ」
その短刀が僕の刃に触れた瞬間、剣が、二つに折れた。
いや、違う。
切られたのだ。
騎士の、剣が。
(しまった)
あの剣もまた、異世界の武具なのだ。あの圧倒的な力を持った砲と並ぶほどの。
それを、失念していた。
(姫様)
これで、終わりなのか。
(申し訳……)
もはや半身となってしまった哀れな刃。
これでは、もう僕は。
(どうか、我が村をよろしくお願いします)
違う。
「あ、ぁぁぁぁぁ!」
剣を失えば騎士でいられないなんて、そんなことはないんだ。
「光の、剣!」
失った部分を魔力で補い、光の刃を作る。
僕が培ってきた全て、僕に残された全てを注いで、ただ前に一歩踏み込む。
「なに!」
僕の最後の足掻きが予想外だったのだろう、魔王は自らの身を庇うように僕の斬撃を短刀で受け止めた。
「こ、の!」
「いいさ、魔王よ!この命、ここでくれてやる!」
僕は限界まで魔力を放出し、光の剣をひたすら強化する。
もう維持のことなど考えない。安定しない部分を出力で無理やりに補い、繋ぎ止める。
魔王と僕の間で、膨大な力が渦巻き、拮抗し、軋みを上げる。
目も眩むような閃光と共に、爆発的な力が生まれ、溢れ出した光は奔流となって天へと登っていく。
「カーク!お前は!」
「はぁぁぁぁぁぁ!」
ガキンと、僕らの間で何かが砕ける音を聞き、それを勝機と見出し。
僕は、剣を、振りぬいた。
「あーあ」
閃光の後に残ったのは、残念そうな声。
「気に入ってたんだけどな。このナイフ」
魔王が何かを投げ捨てる。それは、破壊され、無残な姿になった例の短刀だった。
僕の力では、この程度が限界か。
無念、極まりない。
「……さて、と」
魔王は、今一度僕を見る。
もう、立ってもいられず、さりとてこの男の前で倒れることを良しとしなかった僕は、構えともいえない構えを取りながら、無様に項垂れていた。
「ここまでだな」
まるで演奏を締めくくるかのような軽い口調。
僕には、それを咎める力も残ってはいなかった。
「これ以上やったら殺しちまうし、それじゃあ意味が無い。ここは、退いてやるよ」
それだけ僕に告げると、その姿が少しずつ夜の闇に溶けていく。
「またな、ロッテ」
最後にそれだけ言い残して、魔王は完全に夜の闇の中に消え去った。
「く、そ」
見逃された。
その事実に悔しさを覚えながら、僕を支えていた全てが消失していくのを感じて。
僕はその場に、倒れ付した。
消えていくその姿を目で追って、ボクは一人呟く。
「ねえ、アル」
続く言葉が出なかった。
問うべきことを、問えなかった。
(君はどうして、あの夜消えてしまったの)
ボクは、やっぱり卑怯者だ。
(それは、やっぱりボクが、原因なの?)
自分の罪を、知る勇気を持てなかったんだから。
「って、やばい。カーク」
アルの気配が完全に消えると同時に、カークが倒れる。
ボクは急いで地面に降りてカークに駆け寄った。
「ちょっと、カーク!平気なの!」
「……ロッテ、か」
「!!喋んないで!」
見れば、カークはさっきまで動けてたのが不思議な位の重症だった。
腹部から血を流しすぎているし、魔力も完全に欠乏してる。
これは、やばい。
「姫様に伝えなければ、ならないことが、あるんだ」
「黙ってて!」
ポーチからありったけの霊薬と触媒を引っ張り出して治癒を行う。
「未来は、変わりつつ、あります、と。あの未来では、僕はエリザを殺していたし、なにより」
もう半ば意識も無いだろうに、うわごとのようにカークはボクに伝える。
「ロッテ、君が、もう、奴の手中に」
それだけを言い残して、カークは完全に意識を失った。
「……!カーク!」
ボクはまさかと思い心臓に耳を当てる。
「……よかった」
動いてる。まだ、生きようとしてる。
「絶対に、死なせない」
アルに、仲間殺しなんて背負わせる訳にはいかないんだ。




