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俺は魔王になったりしない  作者: エル
第三章 二人の騎士

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共闘 ②

 それは、旅の後半での出来事だった。


「おい、降りろ!そこは人が寝転んでいい場所じゃないんだ!」


 とうとう我慢の限界が来て、僕は馬車の幌に向かって叫んだ。アルフレッド、あの男がまた窓から馬車の幌に上がったのだ。


「何度言わせればいいんだ!」


「何度言ったって変わんねえよ。俺はここが気に入ったんだからな」


 顔も見せず、アルフレッドはいつもの適当な調子でそう言った。きっと呑気な顔で、頭の後ろに手でも組んで寝転がっていることだろう。僕の方は必死で馬車を操作しているというのにだ!


「相変わらず、お堅い騎士様だこと」


「貴様が適当すぎるんだろうが!」


 わざと木馬を荒く操作して振り落としてやろうかと益体も無いことを考える。無論エレオノーラ様が乗っていらっしゃる馬車だ、実行などできようはずもないのだが。


「……なぁ」


「なんだ」


「お前、そんな生き方で息苦しくならないのか?」


 その時、珍しいことにアルフレッドの方から僕にそんなことを言ってきた。


「そんな風に考えたことは無いな」


「マジかよ。お前、生まれた時からそうなのか?」


「ああ、騎士の家に生まれるというのはそういうものだ」


 アルフレッドにとっては皮肉か比喩のつもりだったのだろうが、僕からすればそれは当たり前のことだった。


「騎士というのは人々の規範であり、憧憬の対象でなければならない。努力を怠らず、秩序を守り、礼儀を重んじる。そういう父の背中を見て育ったのだから当然だ。そして、そんな僕のことを見て、また他の誰かがあんな騎士になりたいと理想の騎士を志す。そうやって、騎士の誇りは受け繋がれていく」


 だから、息苦しさなど感じたことは無い。


「僕は、人々の手本となるべく生に、生き甲斐すら感じている」


「なんだよ。要するに、ただのカッコつけか」


「酷く不本意だが、それもまた一面の事実だ」


 格好いいということは、重要なことでもある。だから、正しいは正しい。

 そういう言い方をされると安っぽく聞こえるのが癪だが。


「いいと思うぜ」


「ん?」


「そういう生き方」


 何とも言い難いが、今、アルフレッドは僕のことを褒めたのだろうか?

 素直さとは無縁のこの男が、あんな素直に?


「俺にはできそうもない」


 僕は、確かめることはしなかった。それは無粋な気がしたから。


「いいから降りろ」


「嫌だね。俺は寝る。煩くして起こすなよ」


 僕は呆れてため息をつく。

 なんと言えばいいか。

 旅の間の付き合いで分かったこともある。

 こういうことが、この男にとっての一つの流儀なのだ。

 彼には彼なりのカッコの付け方がある、ということか。

 だから。


「いいや!今日という今日はもう我慢ならない!エレオノーラ様の前ではしたない!いいからさっさと……」


「だぁぁ!うるせえな!静かに寝かせろ!」


 僕は僕なりの言葉を選ぶ。

 そういう関係性もあるものだ。



 さあ、あの時の言葉を、体現するんだ。


「いけるのか?」


 エリザが心配そうな顔で僕を見る。


「無論だ」


 そう答えるが、本当のことを言えば、それはただの強がりだった。

 本当なら立っているのもやっとの状態だ。全部が全部、虚勢と言って差し支えない。


「僕がこいつで道を切り開く」


『光の剣』を構えるが、それもハッタリだった。

『光の剣』は影や闇の特性を持つ魔術や魔獣に対して強い力を発揮する。近衛騎士になったものは儀礼的に覚えさせられる技能の一つだ。

 反面、本質的に魔術が苦手な僕には恐ろしく使い勝手が悪いものだったりする。

 本来ならば光で剣そのものを創る魔術なのに、僕は剣に光を灯すだけで精一杯なのだ。その光も、弱々しく明滅を繰り返しているし、重ねて言えば燃費も悪く、回復に魔力を割いているので長くは持ちそうもない。

 だが、他にこの状況を打破できそうな手段もないのだ。

 泣き言など言っていられない。

 それに。


(自分の持ってる手札でやるしかないのさ。いつだってな)


 つい、軽い口調のそんな言葉が思い浮かんだ。

 少しだけ、どんな時でも飄々とした態度をとっていたあの男のことを。


「一つ、聞かせろ」


 問わなければならないことがある。僕はゆっくりと、剣の切っ先をその影の男に向けた。


「お前は、誰だ」


「はっ、何を言ってんだ」


 心底意味が分からない、という風に影の男は僕を見る。


「知ってるだろ?この顔も、この声も、態度もだ。俺は、アル。お前と旅したアルだよ。それとも」


 月を背に負い、影の男は大仰に手を振って、赤い瞳で僕らを睥睨する。


「こう答えて欲しいのか?俺こそが、お前らが神託で見た『魔王』だと」


 影が嗤う。自らを世界の敵と称して、なお愉しそうに。

 そうだ、見た目は確かにアルと同じだ。表情や声、仕草も、軽薄そうな態度だって、アルと同じように見える。


 それが、なんだっていうのか。


「下らない戯言を言うなよ」


 僕にだって、分かることがある。


「いくら僕がお坊ちゃんでも、それくらい分かる」


 アルと同じ顔、同じ仕草、同じ声。そんなことはすべて関係ない。


「お前はアルじゃない。アルは、こんなことはしない。あいつなら、魔王になったりしない」


 僕らが過ごした時間は、ともに旅をしたごく短い間だけだ。アルの全部を知っているなんて、僕にはとても言えない。それでも。

 この男は、違う。


「なんだよ、現実が受け止められないのか?」


 アルのようなその男は、僕の言ったことを一笑に付した。


「残念ながら、俺がアルだ。これが本当の俺なのさ」


 僕は黙ったまま、影の男、『魔王』の叫びを聞く。


「嘘なんだよ、最初から最後まで、全部が全部お前らをだますための嘘さ!名前も、経歴も、あの性格だって全部嘘で、作り物だ!」


 まるでそれが真実であるかのように魔王は語る。いや、きっと真実である一面もあるのだろう。


「俺にはそれが出来る!お前たちとは違う!この体どころか、脳すらな!例えば……」


 一瞬、魔王の姿がぶれたかと思えば、すぐ目の前に魔王が現れる。その手には、アルが愛用していた特殊な形状の短刀が握られていた。


「カーク!」


「っく!」


 僕は咄嗟に剣で短刀を受け止める、が。


「ほら、どうした!」


 なんという膂力か。生身の人間を相手にしてるとは思えない剣圧がのしかかってくる。


「お前は!それだけの力を手に入れるためにどれだけの時間を費やした!」


 一瞬の睨み合い。獰猛な表情で僕に嘲りの瞳を向ける魔王。

 僕はその瞳を真っすぐに見据えた。その奥にあるものを探るように。


「ふん!」


 魔王が短剣を無理やり振りぬき、僕は暴風にさらされた小石のように吹き飛ばされる。


「この!」


 エリザが僕を庇うように横合いから切りかかる。不意打ち気味の目にもとまらぬ三連撃。だが、魔王はそれをこともなく受け流し、さばき、逆に刃の背で受けてエリザの細剣を絡めとる。まるで圧倒的な技量さを見せつけるような戦い方だった。


「お前が!それだけの剣技を身に着けるためにどれだけの訓練を積んだ!血の滲むような時間だっただろうよ!だが、俺ならほんの少しさ!」


 魔王が短剣を傾けるように力を入れると、捉えられたエリザの細剣が軋みを上げて、折れる。


「戦闘データを入れて、脳と体に適応させるだけだ。たったそれだけでお前らの積み重ねなんて踏みにじれる」


 剣を失ったエリザは、とっさに後ろに飛び退って手を前に突き出した。


「アイシクル・ランス!」


 追撃を想定しての、頭上から降り注ぐような氷槍の雨。だが、魔王はエリザを追う素振りを見せずに、ただ煩わしそうに呟いた。


「邪魔だよ。コード『シャドウ』」


 ただそれだけで魔王の頭上を影が覆い、触れた氷槍を残らず消失させていく。


「やれ」


 そのまま、影は形を変え、無数の手となってエリザに襲い掛かる。剣の無いエリザに、それを防ぐ手立てはない。僕はエリザに駆け寄ってその体を守るように、影の腕を光の剣で切り落とす。


「ハァ、ハァ」

「カーク、お前、体が」

「だい、じょうぶさ」


 手が震える。どれだけ虚勢を張っても、限界は近かった。


「俺の世界には」


 なんとか態勢を立て直す僕らを眺めながら、魔王はさらに言い募る。

「もう騎士なんてどこにもいなかった。そんな非効率な連中は、とっくに滅びちまった後さ。この世界だって、きっとそうなる。無意味なんだよ、お前らのやってることは、全部」


 魔王は、そう断定する。それは未来を見てきたような物言いだった。あるいは、それに近いのかもしれない。世界の歩む歴史を、この男はほんの少し先まで知っているのかもしれない。


 騎士は、いつか要らなくなるのかもしれない。


「っは、それがどうした」


 だけど僕は、それを受け入れる。


「滅ぶなら、滅べばいいさ」


「カーク……」


 エリザが僕を意外そうな目で見ていた。確かに、僕らしくない物言いだ。いつかの僕であったなら、きっと騎士は不滅だと喚くのが背一杯だっただろう。だが、今は違う。


「けれど、それがなんだっていうんだ。騎士がいなくなったって、その在り方はきっと残る。未来に繋がっていく。

 それが騎士の在り方だ。騎士らしい在り方を見せ続ければ意味はあるんだ。残るものがあればいい。それがわからない奴じゃない。お前は」


 だから、違う。違うんだ。


「それを教えてくれたのは、アルだった。お前が、アルのはずがない」


 

「もう一度問おう。お前は、誰だ」


 

「だから、俺は」


「アル!そこにいるのか!」


 僕は問いかける。あの瞳の奥にこそ、あいつがいると信じて。


「なに、を」


「いい加減目を覚ませ!」


「何を、言って……」


「これ以上進めば!」


「俺は、俺は……」


「ロッテが悲しむぞ」


 それで、決定的になにかが揺らいだ。

 魔王が、自分の顔を手で覆う。


「や、めろ」


 僕一人では、届かないかもしれない。

 けれど、ここにあいつがいないことが、一つの証明でもあるはずだ。


「俺は、アルだ。その、はずだろう!」


 触れた。そう確信を持った僕は、届けとばかりに叫ぶ。


「それに、思い出せ!エレオノーラ様が、お前の帰りを待ってるんだ!」


「え、レン」


 そう一言だけ呟いて、言葉の波が止まる。

 アルから、なにか熱のようなものが引いていく。

 通じた、かに思えた。


「く、くく」


 だが、そうじゃない。


「やっぱり、お前は下らないな」


 瞳には理性の色。だが、そこにアルはいない。


「なぜ!」


「お前が、なにも理解してない証拠だよ!」


 大量の影が地面を這いまわり、周囲を埋め尽くす。満身創痍の僕と、剣のないエリザでは、到底抗える量じゃなかった。


「っく!アル!君は!」


「もう、遊びは終わりだ。このまま、お前らを嬲り殺しに……」



「させないよ」



 唐突に、声が僕らを遮る。


「な、に」


 頭上を見上げれば、そこには月。

 そして。


「久しぶりだね。アル」


 夜の闇すら切り裂く、金色の髪をした魔女が、一人。



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