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俺は魔王になったりしない  作者: エル
第三章 二人の騎士

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共闘 ①

 その瞬間を迎えて、本音を言えば私は少しほっとしていた。

 彼とは別の人を主と定めて、その人に彼を排除することを命令されたけれど、やっぱり私は、彼を殺したくは無かったらしい。

 交差する刹那に、私の剣では彼に届くことは無いと悟り、彼に敵として斬られることを覚悟して。


「え?」

「か、は」


 何故か、どこか、歯車が、狂った。


「な、んで」


 私の手が血に濡れている。私の血ではない。カークの血だ。

 どう考えても、カークが私を斬る方が早かったはずなのに。

 カークは、私を斬らなかった。


「なんで、だ、カーク。お前、今、私を」


 殺せた、はずだろう。

 だけど、カークは信じられないようなことを言った。


「……君も、あの決闘で、手を抜いたじゃないか。これで、おあいこだ」


 そんな、バカな話があるか。

 これは、命のやり取りだ。そんな中で手を抜いて、命を差し出すなんて、そんな。

 悪いのは、全部私なのに。咎を受ける謂れがあるとするならば、私の自業自得でしかない、はずなのに。


(この男が、いなければ)


 声が、急速に薄れていく。それと同時に、私は理解した。

 そんなはず、ない。

 カークがいようといまいと変わらない。

 私の愚かさは、何一つ、変わることなどない。


「君に、なにが、あったかは、知らない。だけど」


 急速にカークの体から何かが零れ落ちつつあった。

 震える手で、それを押しとどめようとするけど、到底届かない。


「僕達は、ちゃんと、話を、するべき、だった」


 なんで、そんなことをいうのか。


「まだ、遅くは、ない、はず」


 全ては、私の愚かさが招いたこと。

 そのはずなのに。


「王都に、帰ろう。そこで、二人きりで、話を」

「あ、あ、あぁぁぁぁぁ!!」


 耐えられない、こらえられない。

 カークを抱えたまま、その場にうずくまる。

 なんで、今更そんなことを言うんだ。

 私はもう、戻ることができないのに。

 こんな、こんな。


「終わったか」


 私の背後に影の気配が生まれる。


「意外な結末だったな」


 夜の闇から滲むように姿を現したのは、カークを討てと私に命じた、我が主。

 アルフレッド様。


「全く、馬鹿な選択をしたもんだ」


 歪な声と、滲む悪意。


「まあ、いい」


 昏い瞳が私たちを見下し、無機質な声で言う。


「そこをどけ、リズ。そいつに『処置』を施す」


 その冷たい命令に、心臓が凍り付く。


「なにを、する気なのですか」


「お前と同じさ」


 短くそれだけ答えて、アルフレッド様は邪魔だとばかりに私を退くように促す。


「どけと、そう言ったんだ、リズ」


 この人の言うことは、いつだって正しかったように思う。希望なき私に、道を示してくれた人で、恩義もある。だが。


「どういうつもりだ、『私の騎士』よ」


 私は、背後にカークを守るようにアルフレッド様の前に立ちふさがっていた。


「おやめ、ください。あなたがしようとしていることは……」


「どけ」


 アルフレッド様がそう口にした瞬間、右眼に灼熱を伴った激痛が走る。


「あ、が!」


 熱い。なんだ、これは。

 まるで炎で炙ったナイフで、直接眼を抉られているかのようだ。


「やれやれ。ま、忠誠の首をすげ替えただけじゃこんなもんか」


 燃え上がり、暴れまわる何かが脳に言葉を刻む。

 主に従えと。

 この感覚、何故、疑問に思わなかったか。


「私に、なにを、した」


「まだ抵抗するとは、呆れた奴だ」


「答えろ!」


 立って、影に剣を向ける。

 だが、アルフレッドは私のことなど眼中にないかのように振る舞った。


「……簡易式のエリクサーの実験にもなった。今回は、ここまでだな」


「何を、言って」


「お前にその質問をする権利は無い。また、その必要もない」


 ジワリと、滲むように影が湧き出て、アルフレッドの背後に無数の腕が形成される。


「貴様!」


「待ってろよエリザ。そいつの処置が終わったら次はお前の番だ。今度は、自我の無い、俺の命令でのみ動く忠実な人形に作り変えてやるよ」


 蠢く影が這い回り、徐々にその色を濃くしていく。

 そのうち一本が、私を捕えようとその腕を伸ばす。


「この!」


 眼の激痛に耐えつつ、腕を切り落とす。

 続く二本目、三本目の腕も切り払うが、圧倒的に手数が足りない。

 向こうは無尽蔵に影を伸増やすことが出来るのだから、このままではいずれこちらのほうが力尽きる。

 それどころか。


「やるねえ。じゃあ、こういうのはどうだ?」


 アルフレッドが指を鳴らすと、切り落とされた腕が地面で震えて、不気味にその形を変質させていく。

 ボコボコと泡を吹きながら膨れ上がるそれは、足を生やし、牙を伸ばし、最終的には獣の形となって私の周りを取り囲む。

 その猟犬の瞳は、燃えるように揺らめく赤。


「命令は、そうだな。その女を跪かせろ」


 猟犬が声もなく私に襲い掛かる。

 私は一番最初に飛びかかってきた猟犬の首を切り落とし、返す刃で二匹目の顎を刺し貫き、三匹目の猟犬の牙を躱しつつその眉間に氷の矢を突き立てる。

 猟犬の形を壊された影たちはその場で形骸を保てず、霧のように消滅していった。

 猟犬の動きはどこか乱暴でぎこちなく、また統率に欠けている。

 これなら。


「焦るなよ。まだまだ、これからだぜ?」


 アルがその背後に、新たに猟犬を作り出す。その数は、五体。


「さっきよりも、慣れてきたな」


 その瞳が、動きが、群としての統率が、先ほどよりも洗礼されている。

 きっともう、次の襲撃ですら、私は対応できない。


「やれ」


 今度こそ私を完全に跪かせようと、猟犬が襲い掛かってくる。


(無理だ)


 体以上に、心が理解していた。


(この男には)


 敵わない。

 それは、いつかの敗北で心に刻み付けられていた何かだ。


(あれ?)


 ふと、違和感に襲われる。

 そういえば、私は、どうしてこの人と、戦ったんだっけ?

 思考が一瞬停止し、その間にも猟犬は迫ってきている。


(しまった)


 致命的な隙だ。眼前の一体だけは何とか切り伏せられたが、背後から迫るもう一体には対処が追いつかない。

 これは、もう。


(終わ、り)

 

「僕に力を!『光の剣』!」


 突如、背後から光が生まれ、影の獣を両断する。


「ほう」


 アルフレッドが感心したように声を上げた。


「生きているとは思っていたが。まさか、立ち上がれるとはね」


 私は、振り返ることができないでいる。


「そいつは自己治癒の術式か。魔術は苦手なんじゃなかったのか?」


「これだけは得意なんだ。これ一つで騎士学校を卒業させて貰える程度にはね」


 それが幻じゃないか、確かめることが恐ろしくて。


「それに、来る場所さえ知っていれば、対策ぐらい打てるさ」


「知っていた……。そうか、それがお前の神託か」


 誰かが、私の隣に並び立つ。

 それは、私のよく知る、最高の騎士のもの。


「済まない。回復に少々時間がかかった」


「カーク」


 生きていた、カークが。

 息も絶え絶えで、未だに血を流しながらも。


「エリザ、提案がある」


「なんだ」


「共闘しよう」


 今更ながらに、カークがそんなことを言った。


「僕達は絶対にあの男を止めなくてはならない」


「言われる、までもない」


 心は、とっくに決まっている。

 そんな私たちを見て、アルフレッドは嘲笑を浮かべた。


「なんだ。二流騎士と死にぞこないの二人で、俺を殺せるのか?」


 やれるものならやってみろ、そういう挑発的な笑みだった。


「やるぞ、エリザ」


 敵の力は圧倒的だ。

 だが、それでも。


「二人でなら、戦える」



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