共闘 ①
その瞬間を迎えて、本音を言えば私は少しほっとしていた。
彼とは別の人を主と定めて、その人に彼を排除することを命令されたけれど、やっぱり私は、彼を殺したくは無かったらしい。
交差する刹那に、私の剣では彼に届くことは無いと悟り、彼に敵として斬られることを覚悟して。
「え?」
「か、は」
何故か、どこか、歯車が、狂った。
「な、んで」
私の手が血に濡れている。私の血ではない。カークの血だ。
どう考えても、カークが私を斬る方が早かったはずなのに。
カークは、私を斬らなかった。
「なんで、だ、カーク。お前、今、私を」
殺せた、はずだろう。
だけど、カークは信じられないようなことを言った。
「……君も、あの決闘で、手を抜いたじゃないか。これで、おあいこだ」
そんな、バカな話があるか。
これは、命のやり取りだ。そんな中で手を抜いて、命を差し出すなんて、そんな。
悪いのは、全部私なのに。咎を受ける謂れがあるとするならば、私の自業自得でしかない、はずなのに。
(この男が、いなければ)
声が、急速に薄れていく。それと同時に、私は理解した。
そんなはず、ない。
カークがいようといまいと変わらない。
私の愚かさは、何一つ、変わることなどない。
「君に、なにが、あったかは、知らない。だけど」
急速にカークの体から何かが零れ落ちつつあった。
震える手で、それを押しとどめようとするけど、到底届かない。
「僕達は、ちゃんと、話を、するべき、だった」
なんで、そんなことをいうのか。
「まだ、遅くは、ない、はず」
全ては、私の愚かさが招いたこと。
そのはずなのに。
「王都に、帰ろう。そこで、二人きりで、話を」
「あ、あ、あぁぁぁぁぁ!!」
耐えられない、こらえられない。
カークを抱えたまま、その場にうずくまる。
なんで、今更そんなことを言うんだ。
私はもう、戻ることができないのに。
こんな、こんな。
「終わったか」
私の背後に影の気配が生まれる。
「意外な結末だったな」
夜の闇から滲むように姿を現したのは、カークを討てと私に命じた、我が主。
アルフレッド様。
「全く、馬鹿な選択をしたもんだ」
歪な声と、滲む悪意。
「まあ、いい」
昏い瞳が私たちを見下し、無機質な声で言う。
「そこをどけ、リズ。そいつに『処置』を施す」
その冷たい命令に、心臓が凍り付く。
「なにを、する気なのですか」
「お前と同じさ」
短くそれだけ答えて、アルフレッド様は邪魔だとばかりに私を退くように促す。
「どけと、そう言ったんだ、リズ」
この人の言うことは、いつだって正しかったように思う。希望なき私に、道を示してくれた人で、恩義もある。だが。
「どういうつもりだ、『私の騎士』よ」
私は、背後にカークを守るようにアルフレッド様の前に立ちふさがっていた。
「おやめ、ください。あなたがしようとしていることは……」
「どけ」
アルフレッド様がそう口にした瞬間、右眼に灼熱を伴った激痛が走る。
「あ、が!」
熱い。なんだ、これは。
まるで炎で炙ったナイフで、直接眼を抉られているかのようだ。
「やれやれ。ま、忠誠の首をすげ替えただけじゃこんなもんか」
燃え上がり、暴れまわる何かが脳に言葉を刻む。
主に従えと。
この感覚、何故、疑問に思わなかったか。
「私に、なにを、した」
「まだ抵抗するとは、呆れた奴だ」
「答えろ!」
立って、影に剣を向ける。
だが、アルフレッドは私のことなど眼中にないかのように振る舞った。
「……簡易式のエリクサーの実験にもなった。今回は、ここまでだな」
「何を、言って」
「お前にその質問をする権利は無い。また、その必要もない」
ジワリと、滲むように影が湧き出て、アルフレッドの背後に無数の腕が形成される。
「貴様!」
「待ってろよエリザ。そいつの処置が終わったら次はお前の番だ。今度は、自我の無い、俺の命令でのみ動く忠実な人形に作り変えてやるよ」
蠢く影が這い回り、徐々にその色を濃くしていく。
そのうち一本が、私を捕えようとその腕を伸ばす。
「この!」
眼の激痛に耐えつつ、腕を切り落とす。
続く二本目、三本目の腕も切り払うが、圧倒的に手数が足りない。
向こうは無尽蔵に影を伸増やすことが出来るのだから、このままではいずれこちらのほうが力尽きる。
それどころか。
「やるねえ。じゃあ、こういうのはどうだ?」
アルフレッドが指を鳴らすと、切り落とされた腕が地面で震えて、不気味にその形を変質させていく。
ボコボコと泡を吹きながら膨れ上がるそれは、足を生やし、牙を伸ばし、最終的には獣の形となって私の周りを取り囲む。
その猟犬の瞳は、燃えるように揺らめく赤。
「命令は、そうだな。その女を跪かせろ」
猟犬が声もなく私に襲い掛かる。
私は一番最初に飛びかかってきた猟犬の首を切り落とし、返す刃で二匹目の顎を刺し貫き、三匹目の猟犬の牙を躱しつつその眉間に氷の矢を突き立てる。
猟犬の形を壊された影たちはその場で形骸を保てず、霧のように消滅していった。
猟犬の動きはどこか乱暴でぎこちなく、また統率に欠けている。
これなら。
「焦るなよ。まだまだ、これからだぜ?」
アルがその背後に、新たに猟犬を作り出す。その数は、五体。
「さっきよりも、慣れてきたな」
その瞳が、動きが、群としての統率が、先ほどよりも洗礼されている。
きっともう、次の襲撃ですら、私は対応できない。
「やれ」
今度こそ私を完全に跪かせようと、猟犬が襲い掛かってくる。
(無理だ)
体以上に、心が理解していた。
(この男には)
敵わない。
それは、いつかの敗北で心に刻み付けられていた何かだ。
(あれ?)
ふと、違和感に襲われる。
そういえば、私は、どうしてこの人と、戦ったんだっけ?
思考が一瞬停止し、その間にも猟犬は迫ってきている。
(しまった)
致命的な隙だ。眼前の一体だけは何とか切り伏せられたが、背後から迫るもう一体には対処が追いつかない。
これは、もう。
(終わ、り)
「僕に力を!『光の剣』!」
突如、背後から光が生まれ、影の獣を両断する。
「ほう」
アルフレッドが感心したように声を上げた。
「生きているとは思っていたが。まさか、立ち上がれるとはね」
私は、振り返ることができないでいる。
「そいつは自己治癒の術式か。魔術は苦手なんじゃなかったのか?」
「これだけは得意なんだ。これ一つで騎士学校を卒業させて貰える程度にはね」
それが幻じゃないか、確かめることが恐ろしくて。
「それに、来る場所さえ知っていれば、対策ぐらい打てるさ」
「知っていた……。そうか、それがお前の神託か」
誰かが、私の隣に並び立つ。
それは、私のよく知る、最高の騎士のもの。
「済まない。回復に少々時間がかかった」
「カーク」
生きていた、カークが。
息も絶え絶えで、未だに血を流しながらも。
「エリザ、提案がある」
「なんだ」
「共闘しよう」
今更ながらに、カークがそんなことを言った。
「僕達は絶対にあの男を止めなくてはならない」
「言われる、までもない」
心は、とっくに決まっている。
そんな私たちを見て、アルフレッドは嘲笑を浮かべた。
「なんだ。二流騎士と死にぞこないの二人で、俺を殺せるのか?」
やれるものならやってみろ、そういう挑発的な笑みだった。
「やるぞ、エリザ」
敵の力は圧倒的だ。
だが、それでも。
「二人でなら、戦える」




