憧れと、そして…… ③
「君が今日から私の騎士というわけか」
その人は、退屈そうに執務机に座っていた。
資料から顔を上げて、ちらりとこちらを一瞥する。つまらなさそうな表情を隠しもしなかった。
「実に不満そうな顔をしているな」
「……いえ、そのようなことは」
「隠さなくていい。自分の立場くらい分かっているつもりだ」
カレン・ノースフェルト。
私がこれから、少なくとも数年は仕えるであろう人。
小さな屋敷の、赤髪の少女。
「剣の腕は一流だが、家柄は最低レベルでいわくつき。これじゃあ、堅物と利己主義ばかりの騎士学校ではさぞ煙たがれていただろう」
手に持った私の来歴も、別に興味があって見ていたわけではないだろう。
多分、一応の儀礼として目を通していただけだ。
「気に食わないから厚遇などしたくないが、実績だけはあるから適当に扱っても今後に差し障りがある。だからこんな、名目だけは王家の血統である私の元に島流しにされてきたと。絵にかいたような嫌われっぷりだな」
そこで初めて、カレン・ノースフェルトは笑みを浮かべた。
「おめでとう、これで君も、晴れてエリートコースから外れたというわけだ」
それは、満面の笑みのように見えた。同時に、演技臭くて、挑発的だった。きっと普通に受け取れば嘲笑されたのだと感じたことだろう。
(ああ、そうか)
だけど、私には分かった。
この人は、私と同じだと。
あの笑みは、きっと自分自身に向けられたものだろうと。
「……あなたは、とても王族らしくないことを言うのですね」
「ん?まあ、王族として扱われたことなんて無いに等しいからな」
意外なものを見たかのような表情を浮かべるカレン。
「……意外だな、てっきり君は怒るとものだと思っていた」
「怒る理由がありません」
全て事実なのだから。
それに。
「あなたこそ、怒りを覚えているはずです」
「それは、どうして?」
「あなただって、ごみ溜め扱いされたのですから」
憐れだ。私も、この人も。
結局は軽んじられて、こんな場所に居る。
王都から離された、こんな寂しい屋敷に、追いやられるように。
「その理屈で言えば、君はゴミか」
「少なくとも、私をここに送り込んだ者にとっては」
「そうか」
カレン・ノースフェルトは、手元にあった資料を丁寧に畳んで机の中にしまった。
「……エリザ、話がある」
「なんでしょう」
「それほど難しい話じゃない。私はこれからこの国に小さくない動乱を起こすつもりだ」
私は、はっと息を吞んだ。
だが、そこに虚飾は無いと判断し、改めて居住まいを正す。
「それは、どう言った意図で?」
「王位を継ぐ。それが、我が一族の悲願だ」
私には過ぎた願いだがね、と、その少女は自嘲気味に笑う。
「君を決して裏切らないと約束も出来ない。絶対に勝つとも、言ってやれない。だが」
「君を、王の騎士にしてやれるかも知れない」
それが私たちの始まり。
色々なものに見捨てられた者同士の同盟。
「この国ではなく、私個人に忠誠を誓って欲しい」
頼めるか?
そう言ったカレンの表情は少しだけ不安の色が漏れていた。
私は、その不安を全て払拭するように、腰の剣を外す。
「謹んで、お受けいたします。カレン様。我が主」
騎士が、その剣を、魂を捧げると誓う時に行う、最も神聖な礼。
剣を、この人に捧ぐ。
「このあまりにも強い欲望は、きっと私の身を焼き尽くすだろう」
剣を、その重さを、小さな腕で支えながらカレン様は言った。
「だからその前に、どうか、どうか私に力を」
それを私に言ったのか、神に祈ったのか、はたまた意味などなかったのか、結局私には分からなかった。
「これから、よろしく頼むよ。リズ」
けれど、どうでもいいことだ。
「はい、よろしくお願いします。カレン様」
もう一度立ち上がる理由を、この人はくれたのだ。
なら、騎士らしくない私でも、騎士としてこの人に仕えてみようと思う。
例えそれが、どんな結末を迎えることになろうとも。
「いいのか?」
「いいんです」
卒業式の日、護衛を理由に私は学校をサボってやった。もう、あそこにはすべきことも、心残りも無い。
いや、あるとするならば。
(カーク)
汚してしまった彼との決闘だけが、きっと決着を見ないままわだかまり続けることだろう。
だが、全てのことがあまりに遅すぎる。遠すぎる。
私はこれから、カークが仕える人と敵対し、貶め、場合によっては暗殺することさえあり得るのだから。
今更彼とどんな顔をして会えばいいのか、分からない。
(だけどやっぱり)
それでも、願うなら。
(もう一度)
『あいつさえいなければ』
(黙れ!)
兇暴に荒れ狂う、燃える瞳の声を、理知の瞳で押さえつける。
(ようやく、巡って来たんだ!)
一生終わることもないと思っていた決着に、ようやくたどり着いた。
(喰わせてやる。あいつの存在か、あるいは、私の存在を)
だから、黙れ。
私は、もう無様を晒す気はない。
それこそ、私が忠誠を誓う、あの人のために……。
(あれ?)
何か、おかしな、自分の頭の中に生まれた違和感。
だが、目の前のことに集中すべきだと思考を切り捨てる。
「来たか」
カークと対峙する。
その距離は剣二本分。
公式に定められた決闘の立ち位置と同じ。
「殺してやる!」
「やってみろ」
荒れ狂う瞳の奥の奥、そこに激情の炎と冷酷な光を宿して、私たちは。
「エリザ!!」
「カーク!!」
今一度、今度は本気で。
ぶつかった。




