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俺は魔王になったりしない  作者: エル
第三章 二人の騎士

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憧れと、そして…… ②


 時々自分が無性に惨めだと感じることがある。

 例えばそれは、煌びやかな夜会の中に身を置いた時。例えばそれは、自分にはドレスという物が似合わないと思い知らされた時。

 或いは。


「ご静聴、感謝いたします」


「いい演奏でした」


「プロの演奏家にも引けを取らないですよ」


「いえいえ、ただの教養の一環ですよ。それほどの腕ではありません」


 あの人が本当は手の届かない存在だと思い知らされる時。

 本当に優れた騎士というものは、その技能が武芸のみには留まらない。

 カークは、本当になんでもそつなく以上にこなした。こうして、夜会で一曲披露するくらいは訳ないのだ。部屋の隅にいる、私なんかとは違って。


「…………」


 たまらず、会場から逃げるようにして解放されていたテラスに出た。

 こういう場があるといつもこうだ。中心にはカークがいて、何でもできて、人に慕われて。

 私には、できない。

 教養がないので楽器の一つも、ダンスの一つも満足に踊れない。

 それは夜会に限った話ではなかった。王城でも通じる礼儀作法すら身に着けているカークと違い、私は騎士同士の礼儀でも、時として顔をしかめられる。

 勉学だってカークは実に優秀だ。歴史から魔術に至るまで、あらゆる学問でトップの成績を誇っている。

 騎士は強ければいいという時代は、すでに終ってしまったのだ。

 こんな剣だけしか取り柄のない私がこの騎士学校に入れたのも、前時代的な実力主義がまだ残っていたからでしかない。亜人や魔物の脅威が少なくなり、騎士に求められる資質も変わりつつある。


(戦争の一つでも起こってくれればな)


 私のようなものが重宝されるのはそういう世の中だ。出世するにも、戦果がいる。 

 そうなれば、剣技しか能のない私だって。


(それこそ、益のない考えか)


「こんなところで何をしてるんだ?」


 そこに立っていたのは、件の騎士様だった。

 わざわざこんなところに来るなんて、物好きな奴だ。


「……ああ、カークか」


 なんとなく顔を合わせづらくて、逃げるように夜空に目を移した。


「私は、こういう場が苦手なんだ。育ちが悪くてな」


「そう邪険にするものじゃない。こういった交友会への参加も、騎士にとっては仕事の一部だ。今のうちに慣れておくべきだろう」


 無理だよ、そう思う。

 それが許されるのは、騎士になるべくしてなったものだけだ。

 私には、少し遠い。


「あの詩やら楽器やらはそのための小道具か?」


「見ていたのか。まぁ、そうだとも言えるな。護衛対象に付き添ってこういうパーティーに来たとき、場に合った振る舞いをするのも技能の一つだ」


 私の皮肉気な言葉に、なぜか慌てたように言葉を連ねるカーク。

 そんな姿が珍しく、なんでだか、私はさっきまでの陰鬱な気分が少し晴れた気がした。


「まあ、様にはなっていたよ。流石はいいとこのお坊ちゃんだな」


 だからだろうか。


「その礼服だって十分似合っている」


 こんな言葉が出たのは。


「私は、似合わないだろう」


「そんなことないさ。似合っていると僕は思うよ」


 その言葉、どこででも、誰にでも言って回ってるのだろうか。キザで、いやな奴だ。


「くく、正気か?」


「無論、正気だとも」


「そういうセリフは似合わないな」


 ああ、今なら言える気がする。

 ずっと、言いたかったこと。


「そこまで言うなら、ダンスの手ほどきでもしてもらおうじゃ無いか」


「喜んで」


 私の差し出した手を、カークは迷いなくとった。

 私のほうが、いっそ気後れしてしまったほど、自然な動作だった。


「言っておくが、私はダンスが苦手だぞ?」


「気にしなくていい。きちんと僕がリードしてやる」


 釘を刺してやると、生意気なことにカークは不敵に笑ったのだった。


「最後の校内大会」


 ホールに戻る前、女性らしくリードされながら私は言った。


「うん?」


「悔いのない決闘をしよう」


「ああ、勿論だ」


 結局最後まで生意気だったカークの足を、私は何度か踏んでやった。

 わざとだったかどうかは、彼にとっては永遠の謎だろう。




 私が呼び出しを受けたのは、その次の日のことだった。


「……なにが言いたいのですか?」


「何も難しいことではない」


 この学校で一番偉いとされるその男は、元は優秀な騎士であったが、今はすでに別のモノと化していた。

 そうでなければ、こんな醜悪なものが皆の規範となる騎士などと誰が認めるものか。


「この国は今、象徴を必要としている」


(国が、ではないだろう)


 私は内心で吐き捨てる。


(それを必要としているのはお前ら騎士院の者だけだ)


 理屈では理解できることだった。魔獣は数を減らし、亜人を大陸の隅に追いやり、この国は今平和を享受している。そうなれば必然的に、騎士を統括する騎士院は徐々に力を失っていく。

 それを、面白く思わない連中がいる。この目の前の男も、その部類だった。


「しかるに、彼は逸材だ。名門騎士家の家に生まれ、成績は優秀。行いは品行方正にして、見目も、まあ、悪くないと来ている。彼ならば、この国の未来を任せられるだろう」


「それで」


 そのもって回った言い方に付き合っていられないと、私は本題を切り出した。


「何故、私が決闘でわざと負けなければならないのですか?」


「分かるだろう?私は今年の最優秀の栄光は彼にこそふさわしいと思っているのだよ」


 呆れて物も言えないとはこのことだ。勇猛果敢で鳴らした騎士様が、何に怯えているというのか。

 目の前の小娘相手に虚勢を張りたいのか、学長殿は尊大な態度で言う。


「無論、私は彼の勝利を確信しているとも。しかし、万が一。万が一ということもある。最後の学内決闘で彼に勝利する可能性があるのは君くらいのものだからね」


「私自身のことを高く評価していただいているのは望外の極みですが」


 学園長が眉を吊り上げるが、私はかまわず続ける。


「ですが仮に、もし仮に私が決闘に勝利したとしても、それは彼にとってたった一度敗北しただけのこと。今年の最優秀生徒として卒業させるのに、なんの支障もないのではないですか?」


 生徒にとって校内大会は一大行事だが所詮は学内事だ、どうとでもなる。ましてや、その判断を握っているのは目の前のこの男なのだから。

 だが、学園長は溜息でも漏らしそうなほど落胆した様子で、できの悪い生徒をなだめかすように言った。


「確かに、彼を卒業生の代表にするだけなら実に簡単なことだ。だが、これはそう単純な話ではない。彼の成績に一切の傷などあって欲しくは無いのだよ。騎士見習い同士の大会で優勝できなかったなど、そんな汚点は彼に相応しくない」


 勝手なことを、そう思ったが口には出さなかった。


「だからといって、八百長に加担などできません」


 そもそも、騎士院の未来など私にはどうでもいい話だ。そんな話に乗って、大切な騎士学校最後の決闘を汚すことなど、到底できようはずもない。

 それは私にとって当たり前のことで。


「……君は、卒業後のことをどう考えている?」


 それを聞いてはいけないと、咄嗟に私は叫んだ。


「何を!」


「ある王族の御方に直属の護衛を一人付けようと考えている」


 私は目を見開き、身を乗り出しそうになってしまった。その反応に満足を覚えたのか、学園長は調子よく続ける。


「そのお相手は女の方でな。諸事情を考えれば、同性の護衛が一人いたほうがいいという判断だ。奇遇なことに君と年齢も近い。興味があるかね?」


 私の反応を伺うような物言いに、普段の私ならば嫌悪感を覚えたことだろうが、今はそれどころではなかった。


 女性で、私と年齢の近い王族。それはつまり。


「エレオノーラ様の」


 ニタリと、学園長が口元に笑みを浮かべた。


「カーク・グライス君は近衛騎士に推薦を受けているのだが……。私は君の実力も同じ程に評価している。騎士院の将来について考えてくれるのであれば、なおいいのだが」


 もう、学園長の話など耳に入っては来なかった。

 私が、王族の、護衛。

 それも、将来的には王となる人の。

 その名誉が、どれほどのものか。

 いや、そうじゃない。それは嘘だ。

 私の脳裏を最初に掠めたのは、家のことや、将来のことや、私を嘲ってきた者たちを見返してやれるなんてことじゃなくて。

 ここから先も、カークと並び立てるかもしれないということだった。

 ただ、遠くに行くだけだろうと思っていた彼と、また共に。


「どうかね?」


 私の葛藤を見透かしたようなタイミングで、学園長がささやきかける。

 彼にとって、欲望で動く人間は御しやすく、この時の私はこの男にとってなにより操りやすい獲物だっただろう。


「一晩、考えさせてください」


「いいや、駄目だ」


 そう答えたのはせめてもの抵抗だったが、学園長はそれを許さなかった。


「ここで決めるんだ」


 手が震える。追いつめられた私の、答えは……。



 そこからの凋落は、惨めを通り越して憐れですらあった。

 

「剣技にいつものキレがない!動きも鈍いし!魔術の扱いだっていつもよりワンテンポ以上遅い!これで何もないだなんて君は言うのか!」


「……君は」


 気づいて、くれていたのか。


「……いや、勘違いだよ。君の成長に、私が付いていけなくなっただけの話だ


「そんなはずないだろう!これまでずっと君と戦ってきた僕には分かる!」


「カークに!お前に何が分かるっていうんだ!」


 それでも、真実を言うことを許されない私はカークに醜くあたり散らし。



「事実上の決勝戦だな」


「……ああ」


 最後の、本当に最後の決闘では道化を演じ。


「カーク!!」

「エリザ!!」


 何も与えられないまま、与えないまま全てを偽って。


「おめでとう、君の、勝ちだ」


 私は、全てを汚した。この研鑽し合った三年間も、騎士の決闘も、カークそのものも、私の矜持も。

 たった一つの打算に、全て売り渡してしまった。

 もう私に興味などないのか、何も言わずに去っていくその背中を見て思ったのだ。


(これで、本当によかったのだろうか?)


 あの時全てを突っぱねていたら。

 そうでなくとも、カークに相談をしていれば。

 出来もしない仮定を、延々と繰り返して、繰り返して、繰り返して。


(ああ)


 私は、少しばかり疲れてしまった。


 そうして、そこまでして手に入れた物は。


「どういう、ことですか」


 酷い裏切りで、やはり汚れていた。


「何がだね?」


 私の手の中にあるのは正式な命令書。

 そこには、こう書かれている。


『エリザ・クラリアは、カレン・ノースフェルトの護衛の任に就く』と。


「話が違う!」


 そこに書かれていた私の護衛の対象は、王位継承権上位の『エレオノーラ・クロイツェル』ではなかった。

 彼女の従妹『カレン・ノースフェルト』。

 はっきり言って王位継承権で言えば下位の存在。


「私はエレオノーラ様の護衛に、近衛になれるからと、あんな!」


「何を言い出すかと思えば」


 私を侮蔑したようなその表情が、ありありと語っていた。


「私はそんな護衛対象は王族で、君と年の近い女性だと言っただけだ。それをエレオノーラ様だと勝手に勘違いしたのは君だよ」


 お前のようなドブネズミを認める訳がない、身の程をわきまえろと。


「……八百長のことを、公表してもいいのか」


 私は怒りに身を焼かれながら、たった一つの切り札を使う。だが、その男は涼しげな表情さえ浮かべていた。


「やれるものならやってみるがいい。証拠の一つもないだろうしそれに」


 

「『卑怯者』の言うことなど、誰も信じたりはしないだろうがね」


 

(私は、馬鹿だ)


 与えられた個室で、命令書をくしゃくしゃになるまで握りしめて、それでも何も浮かばれずに、ただひたすらに全てが嘘であって欲しいと願った。


(私は、馬鹿で、それで)


 なんてことは無い。

 ずっと言われてきたこと。

 ずっと否定したかったこと。

 それを、自らの手で証明してしまった。


(私には『卑怯者』の血が、流れてるということか)


 最後に、本当の意味でカークと並び立てる機会を私は放棄した。

 自ら、捨ててしまった。

 そんな私のことなど誰が。


「認めてくれると、いうのだろうか」


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