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俺は魔王になったりしない  作者: エル
最終章

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163/175

魂を前へ



 人と人との繋がりは、その一つ一つがかけがえのない奇跡だという。

 まして、ボクとアルは出会いは世界を隔てた邂逅で、それはきっとより大きな奇跡なんだって、そんな風に思う。



「……っく」



 歩を進めるのは、暗くて、不確かで、自己の在り方すら失いそうな心象の世界。

 頭上には、壊れて、消えて、沈む、粒子の尾を引いて飛び交う銀の流星。

 そして、ボクの存在そのものを拒むかのような、酷く暴力的な向かい風。

 顔を両手で庇いながら、それでも一点の光を目指して、歩み、進む。



 永遠のような一瞬を、瞬間を無限に積み重ねるようにして、一歩、また一歩と進んでいく。


「着いた」


 その認識が、分岐点にして、入り口。

 ボクがその場所に辿り着いたと思ったときには、暗闇のトンネルは切り替わり。


『ア、ァァ』

 

 今度は四角く区切られたとても広い空間に、ボクが居て、()()は、居た。


『憎イ』


 ()()は、もう、すでに人の形を保ってはいなかった。


 黒い炎に焼かれながら、それでも無理矢理人の形を繋ぎとめようと蠢く不定の影。

 四肢のような形と、泡立つように瞬きする目玉だけが、それが元人間だったことの残り香で。

 それはあくまで、人だったことへの未練のような何かでしかなかった。


 そして、その異形の向こう側に。


 刑死者のように、紅い鎖に縛られて。


(アル)


 彼の姿はあった。


『憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ!』


 怨嗟の声が耳朶を撃ち、言いようもない不協和音が脳を揺らす。

 空間に熱が、あり得ないはずの熱が零れる。

 影の内側から、抑えきれなくなった炎が噴出するように。


『生者ガ憎イ視蔑ガ憎イ幸福ガ憎イアイツガ俺デナイコトガ憎イ』


 呪詛が吐きだされて、瞳に炎が灯る。

 その異形の瞳が。


『オマエガ!』


 ボクの姿を、捉えた。


『憎イ!!』


 叫びは力へと変質し、力は暴風になってボクに襲い掛かる。

 まるで嵐だ。憎悪の力が質量を伴って、紅い稲妻を発生させながら、鋭い暴力になってボクの意志を切り裂こうとしてくる。


「―――――!!」


 身を暴風に裂かれて、ボクの身体から存在しない血が滴り落ちる。

 感じたことのない痛みがボクの魂を襲い、呼吸が止まる。


 それでも、歯を喰いしばって、一歩、前へ。


「うそ、つけよ」


 見据える。

 意志を、示す。


『憎イ!』


 暴力が、指向性を持ち始める。 

 過去に求められた理性的な暴力が、凶弾の形をとって空間に装填される。


「なにも」


 意志を持って形作られたそれらが、怪物の頭上から発射されて、雨のように降り注ぐ。

 錐のような鋭い凶弾が、ボクの身体を貫通していく。

 擦り減っていく自分を、振り絞って、立ち続ける。


 視界は霧のようにぼやけて、世界の色彩が徐々に薄くなっていく

 幻想の肺は、今や呼吸を通して苦痛を与えるだけの機関になってるみたいだ。


 けど、膝はつかない。 

 約束、したんだ。


「本当は、なんにも、憎くなんて無いくせに」


 奥底で軋みを上げたのは、心臓か、それとも、もっと別の大事な物か。

 

「手の中に転がってきた、世界すら、手に入るかも知れない力。そんな力を振るうのに」


 大丈夫。

 まだ足は、動くんだから。


「理由を、……言い訳を、過去に求めただけのくせに!」


 一歩、前へ。


『黙レ!』


「言ってやる」


『黙レ!!』

 

「お前がそれに固執するのは、ただ無価値に戻りたくなかったからだ」


『オ前ニ何ガ分カル!!』


「アルの存在を奪ったとしても」


 彼我の距離は、もういくらもない。


「お前の欲しい物なんて、一つも手に入らない。お前は絶対的に、無価値のままだ」


 今度は、異形の腕が振るわれる。

 それはより直接的に、より強い力を持つ拒絶の腕となって、頭上からボクを叩き潰そうと迫る。


「『コード:プロテクション』!」


 防御の、一番基礎的なコード。

 顕現したそれで、腕を受け止めようとするけれど、ボク程度の作った急造の盾はあっさりと粉々に砕かれて。

 強大な腕がボクを打ち据えて、無理矢理跪かせようとする。


 けど、折れない。

 折れてなんて、やらない。

 ボクは悪意を押しのけて。

 さらに一歩、前へ。


『黙レト、言っテ、いるんだ!!』


「うん、もう、いいよ」


 言いたいことは。


「全部、言った」


 もうすぐ手が届くほどの距離に、ボクと怪物は居る。


「本当は」


 そこからさらに一歩、前へと進んでいく。


「お前なんかって、思ってた」


『来ルナ!』


 ボクはもうボロボロで、怪物の正面、もう触れ合える距離まで行って。


『殺シテヤル!!』


「……………」

 

 ボクは正面から。


『ア』


 そいつを、無視して、進む。

 亡霊を、置き去りにする。


「言ったろ」


『オマ、エハ』


「これは」


『オマエハ!!』


「開くための鍵だって」


 手には約束。

 そこに、こいつをぶん殴ることは含まれてない。


「さあ、アル」


 ようやくここまで来たんだ。

 本当の意味で。


「起きて」

 

 掠れた声で、呼びかける。

 約束も誓いも、全部ひっくるめて。

 捕われたアルに手を伸ばして、その身を縛り付ける鎖を、握り、潰す。


 後背で夥しい影が蠢いているのが、見なくても、分かった。



「アル」


「…………」


「まったく、君は本当に」


 アルの言葉を真似て、ちょっと、笑って。 


「手のかかる奴だな」


 呪文を、口にする。


「『解放(リリース)』」






 終点は、小さな部屋だった。

 薄暗くてぼんやりとした、入口も出口もない小さな箱のような部屋。

 そこではアルが、ひじ掛けのある柔らかそうな椅子に頬杖をついて座っている。

 アルの正面には、小さな窓があった。

 その背中越しにボクが小窓を覗いても、そこには砂嵐のような景色しか映していないように見える。

 けど、アルの目にはきっともっと別のものがはっきりと見えているんだろう。

 見たくて。

 見たくなくて。

 けど目が離せない。

 忘れるはずの、なかったもの。


「アル」


「…………」


「やっぱり、忘れていたかった?」


「忘れたことなんて一度もねえよ」


 アルは正面の窓を見続けたまま。


「ずっと思い出せなかっただけだ」


 素直じゃない強がりを言った。


「……悪いな。わざわざ、こんな所にまで」


「本当だよ。大変だったんだから。ここまで来るの、けど」


「…………」


「色んな人が、君を助けるために、手を尽くしてくれたから」


 だからボクは、ここに居る。


「帰ろう、アル」


「……しょうがねえなぁ」


 アルの指が動くと小さな窓はプツンと音を立てて光を失う。


「思い出に、浸る時間もねえのか」


「あるよ、これから、いくらでも」


「……そうだな」


 アルは椅子から立ち上がって。


「帰ろう」


 ようやく、ボクを見た。




 アルを縛っていて鎖が砕けて、その目に光が戻って。


「ロッテ」


 その瞳が、驚愕に見開かれた。


「お前」


 まあ、仕方ない、かな。

 ボクの身体からは、無数の影の刃が生えていて。

 光に溶けだしたボクの半身は、今にも、消え入りそうな様相で。

 きっとアルの目には、ようやく思い出したエリーの最後の姿と重なって見えちゃったと思うから。 


「や、めろよ」


 アルは泣きそうになりながら、消え入りそうなボクの半身を掻き抱こうとして。

 その腕が、ボクの身体をすり抜ける。

 アルの触れた部分は粒子になって、この場所から、ボクから、零れ落ちていく。


「ふざけんな!お前まで……!」


「大丈夫」


 掠れた声で、意志を、伝える。

 ボクはもう、ボクの魂を形作っていられそうにない。

 けど。


「ボクは、消えたりしないから」 


 砕けて、消える寸前でも。


「向こうで、待ってる」


 エリー、君の強さを、思い出して。


「勝って、あいつを追い出して」


 ボクも、笑った。


「負けたら、しょう、ち、しない、からな」


「ああ、ああ」


 きっと初めて見る、アルの、アル自身の、強い意志を秘めた瞳は。


「約束だ」


「うん、約束」


 奇麗な、濁りのない、ダークブラウンの色をしていた。



 

「あ、ぐ」


 自分の身体に帰って、まず真っ先に思い出したのは、身体の重さ。

 地に縛られることのない自由な世界から弾き出されて、その上、大分無茶もしたから。


(ア、ル)


 ボクは自分のことすら支えられなくなって。


 未練がましくも、最後までアルに右手を伸ばしながら。


 ゆっくりと、重力に引かれて、意識を手放していく。



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