Last recode 幕間
ボクは、ギュッと自分の手を握りしめる。
『他には?』
……分かってる。
これは、もうあくまで起こってしまった悲劇の、その始まりでしかないって。
もう、この過去は変わらない。
変わったりしない。
『全て話すんだ。お前が持つ、死ぬまで口にしないと決めた秘密を』
『……私は、私は』
けど、けどさ。
(こんなの、あんまりだ)
『あの日、アルとの約束の日、あの子を、電子の海の中に、置き去りにしたのは』
『ふむ』
『……私だ。アルを、引き留めるために、私は、あんな』
目の前で繰り広げられている光景は、残酷何て言葉では、片づけられない。
淡々と、けれど仄暗い感情を覗かせながら。
『余興としては悪くないが、……存外、本人の意図、意識している秘密というものは、他人が聞いてもそれほど面白いものでも、重要でもないことの方が多いな』
人の魂を使って、こんな。
「こんなの、まとも人間のすることじゃない」
『実験』を、行うなんて。
「彼は」
ボクの怒りとは裏腹に。
「この世界の病理のそのものだ」
その映像を眺めるエリーの声は、やっぱりどこか無機質だ。
「電脳化処理を施すということは、人とは一線を画する生物になる、ということでもある」
「……アルは、ボクと同じ人間だったよ」
「いきなり知らない言語を完璧に話すような、そんな存在が?」
「それは、確かに、最初は驚いたけど、でも」
「君の言いたいことも、勿論理解できるとも。会話をすれば、歩み寄れば、理解すれば、そんなことはね。けれど、そう見ない者もいる。そちらの方が都合がよいうえに、楽だからね」
理想は、理想でしかない。
理解とは難しく、必要でなければ求められない。
「電脳化を施した人間は、通常のコミュニティから排除される傾向にある」
「仲間外れにされるってこと?」
「敵とみなされる。君の世界でも魔女はそうではなかったかな?」
思い出す。
ボクもまた、ずっと一人だった。
逃げて、蹲っていた先に、偶然師匠が居ただけだ。
「人は変わらないよ。世界を超えてもね」
アルも、そうだったんだろうか。
「異物は排除される。彼も例に漏れずにね。それどころか、酷いいじめさえ受けていたようだ」
よくある話さ、とも、エリーは言う。
「それもね、自分で選んでそうなったわけではなかった。子供なんて自分の所有物だという思想を持つ親から、本人の意志すら関係なく、便利そうだから、最先端の技術だからと、その技術そのものには十分な理解もなく押し付けられて」
昏い瞳の正体。
「他人のせいでまともにもなれなかった」
どこかに繋がった、電子の海にしか逃げ場のない身体と。
「そうして、世界から隔絶された環境は小さな怪物を生み出す」
積みあがっていく。
「彼は普通の人間だが」
憎悪。
「彼は世界が憎かった」
『まあ、いい。これの存在を知る人間が生きているのは、私としては好ましくない。そう思うだろ?』
『……そうだね』
『そういう訳だ。消えてくれ』
『……ああ』
『遺書の内容は……。そうだな、一番最後に聞いたのがいい。それなりに、説得力もあるだろう』
『……分かった』
『じゃあ、万事、そのように頼むよ』




