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俺は魔王になったりしない  作者: エル
第七章 エリー x アル

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帰るべき場所 ③


 結局私は、関わった人全てを不幸にしただけだった。

 両親だという人も、教授も、刑事さんも、関わってきた助手だという人たちも。


『さあ、あっちに』


 この声に従えば、私はもう一度あの場所に戻れるんだろうか?

 そうすれば、もう。

 苦しまずに、苦しませずに済むんだろうか?


『「ああ、そうだね」』


 声が重なる。

 

『「もう一度、あの場所へ」』


 溶け合うように、闇に身を任せようとして。

 

 聞いたことのある、音がした。


「あ」


 紅い燐光を纏い、波紋のような広がりを見せる。

 私に語り掛けるような音。

 

 知ってる、知りたい。

 初めて生まれた衝動だった。


(私は、知りたい)




 濃密な闇に、呑み込まれそうになる。


(マジできっついな、これ)


 ほんの少しでも気を抜けば、足場の感覚すら失って、エリーに巻き込まれるように落ちていくだろう。

 そうならないよう、必死で自分を保ち続ける。


(くそ!)


 脳が刺激を受けてぴりぴりとしびれる。

 勿論幻痛だ。

 それが現実並みの力を持っているだけの。


(あいつは)


 どこにいる?

 闇雲に探したって、だめだ。


(なんか、ないのかよ)


 準備不足を痛感する。

 過酷な環境が仮想体を削り続けている。


(とりあえず、呼びかけて)


 声を出そうとして、はたと気が付く。

 声が、出ない。


(なんだ、これ、どうすりゃ)


 思考を止めるな、なにか、なにか。

 声が出ないのなら、もっと、あるはずだ。

 メールでも、通信でも、なんでも。


(違う)


 そんな物、この闇の中では無意味だ。

 きっと、届かない。


(なにか)


 手持ちのコードを確認する。


(なにか、ないのか!)


 俺と、あいつを繋ぐ、なにか。


(ああ)


 足を止める。

 目の端に、それを見つけて。


(結局)


 俺とエリーの間にはこれしかない。

 俺が彼女の特別であれたのは。


(ただ、これだけだったな)


 キーボードを展開する。

 試しに、一音。

 音は、闇の中を広がって、また簡単に砕けていく。

 小さく、儚く、けれど。


(あいつが、一番好きだって言った)


 確かに。




 聞こえた。

 これは、彼の音だ。


『どうしたの?』


「あ、はは」


 私と声が、また分離していく。

 そっか。


「ごめん」


 辛いことばかりだったけど。

 今でもあそこに帰りたいと思うこともあるけど。

 けど、それ以上に。


「帰りたい場所が、出来たんだ」


 振り返る。

 儚い音は、けれど、キラキラと輝いて。

 彼が、どこにいるのかを教えてくれている。 


「彼のいる世界で、私も生きたいんだ」


 相変わらず、私は自分勝手だ。

 人を、不幸にしてばっかりの癖に。

 

「だから、そっちには行けない」


 声は、もう聞こえない。

 それを確かめて。

 彼のいる方へと、私は歩き出す。



 俺は馬鹿で、無意味なことをしてるんじゃないだろうか?

 或いは、そうなのかも知れない。

 音を選んで鳴らしても、あいつはもう届かない場所にいるのかもしれない。

 音だけが届いても、その心には届かないのかもしれない。


(けど、けどさ)


 あんな啖呵を切った手前、諦めるって選択肢はなかった。

 それだけは、出来なかった。


(なあ、エリー)


 関わって、抱え込めば込むだけ、きっとバカを見る。

 そんなこと、分かってるけど。


(俺も、俺も決めたよ)


 一度関わってしまえば、後はもう、無関係ではいられない。


(俺は、お前と)




「助手君」


 聞き覚えのあるものとは少し違う、普段よりもはっきりとした声。


「迎えに来て、くれたんだね」


(ああ)


 声は、出ない。

 けど、エリーは頷いた。


「ありがとう、それに、ごめん」


(全くだ)


 こんなに、面倒掛けさせて。


(その年で迷子かよ)


「そうだね。そうだった。ずっと、けど」



「もう、大丈夫だから」 



 俺は声が出せないから、無言で手を差し伸べる。

 エリーは、逡巡なくその手を取った。


『帰ろう』


「うん」


 始めてみる彼女の笑顔は、とても弱々しかったけれど。

 ただそれだけで、ここに飛び込んでよかったと、そう思えるだけの価値のある。

 そんな、まあ、可愛いらしいもんだったよ。



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