英雄 ③
――――剣は、親父に教わった。
――――弓も、他のことも、全部。
「――――――!!」
迫りくる影の腕を、時に避けて、時に切り伏せて、道なき道を進んでく。
途中、氷の矢が影を相殺し、砕けた氷の礫を浴びながら、それでもなお目は瞑らねえ。
「オラァァァァァ!!」
頭上から迫ってくる影の腕をかがんでやり過ごす。
俺たちの種族は力があるわけでも、異様に素早いわけでもないが、小柄で的を絞りにくい。
ただ近づくだけなら俺にだって分がある。
(あぁぁぁぁ、っぶね!)
だが、内心はヒヤヒヤもんだ。
こんな自ら死に近づくようなこと、今までずっと避けてきたんだからよう。
けど、もうそうはいかねえ。
『私たちの後ろには――――』
(ああ、そうだよ!)
俺のことを狙った影の腕を避けつつ、なで斬りにして進む。
あと、一歩。
(カレンがいんだろうが!)
影の腕が四方向から迫りくる。
だが、ダメだ。数が増えただけで、動きはてんでバラバラ。
まるで、ガムシャラに手を伸ばしたようにしか見えないそれらを。
「そんな雑な操作で!!」
自ら回転するように剣を振り回して、全て切り飛ばす。
影を抜けた先にでは、屍兵が拳を振り上げていた。
影はあくまで囮で、こっちが本命のつもりなんだろうが。
(甘えんだよ!!)
俺は足を止めずに屍兵の足元に潜り込み、そのまま、両足の間を転がるように抜ける。
大ぶりの拳が頭上を掠めたが、それは攻撃が空振って隙を晒してるってことに外ならねえ。
振り向きざまに、その隙だらけの背後から、影を削るように一太刀入れる。
(入っ、た!!)
千切れた影が零れ落ち、周囲に散っては霧散するように消えていく。
「ウォォォォォ!!」
俺はもう一太刀浴びせようと短剣を大きく振りかぶると同時に。
屍兵の背中から巨大で不格好な獣の顎が出現し、俺を噛み殺そうとその牙をのぞかせる。
(これは)
もう、短剣じゃどうにもならねえ。
直感でそう悟った俺は、一瞬でも命を長引かせようと防御の姿勢をとって。
「上出来だ、レイン」
俺の体が喰われちまう直前に、エリザの声が響いた。
「アイシクル・ランス!!」
エリザの剣先から、鋭利な氷の槍が飛翔する。
「もう一つの弱点ならば、最初から分かっていた」
エリザの放った氷の槍が、咄嗟に作られた、けれどそれまでと比べて圧倒的に薄い影の防壁を破壊して。
「忌々しい炎め」
揺れるように輝いていたその瞳を、そしてその奥にあった禍々しい色をした炎を。
貫き、消し飛ばす。
「―――――」
屍兵から何かが抜け落ちるような、そんな感覚の後に。
亜人の体を覆っていた影がすべて消え去り、後には首すら失った死体だけが残った。
「…………」
そんで、俺はと言えば。
「生きてるか、レイン」
「……ギリギリな」
俺はへたり込んで、エリザのことを見上げる。
「死ぬかと思った」
「今生きていればれば問題ない」
そう言って、エリザが俺に向かって手を伸ばした。
「……なんだよ?」
「そう警戒するな。手を貸してやろうというだけだ」
俺の懐疑的な目に、エリザは相変わらず何を考えてるのか分からない冷たい瞳を返したが。
「レイン、お前意外と強いじゃないか」
「っは」
なんのことはない、俺はエリザの手を取った。
「たりめぇだ。強くなきゃ亜人の頭目なんて務まらねえよ」
今回ばかりは素直に受け取っとこう。
「うむ。だが、油断するなよ」
「ああ」
引っ張り上げられるようにして立ち上がった俺は、改めて仲間の死体に目を向ける。
そいつは、もう動かねえが。
これで終わりとは、思えねえ。
「死体は、あと二つあるはずだ」
「まじかよ」
あれの相手を、下手すりゃあと二度もさせられるなんて。
「ぞっとしねえな」
「だが、避けては通れまい。それに、逆に言えばそれで向こうの駒は終わりのはずだ」
後、二体か。
「エリザ、お前の方はどうなんだよ?」
「……なにがだ」
「さっきので魔力、結構使ったろ」
「……あと二回なら、なんとかなる」
そうは言っても、エリザは少し自信がないように見えた。
余裕ってわけじゃないらしい。
「案ずるな。まだ戦闘になると決まった訳ではない。このまま、カレン様と合流して、すぐに森を抜ければ、或いは……」
エリザの言葉が耳を通り抜けていく。
途中から、俺は聞いてなんていなかった。
「……なあ、おい」
俺の視線は、ある一か所に釘付けにだったからだ。
「どうした?」
「……死体は、あと二つって言ってたよな」
「……?ああ、私自らの手で片づけたからな。間違いない」
「なら」
俺の視線の先に、いたのは。
「なんだよ、あれは」
四体の、屍兵だった。
「……考えが甘かったな」
「…………」
「死体は二体だが、駒はまだあったという訳だ。私としたことが失念していた」
「……なあ、あれは」
「決まっている」
「…………」
「生きている者にも影を被せたのだろう」
「……なんだよ、そりゃ」
ガタガタと、グズグズと、這い回るような緩慢な動作。
「ア、ァ」
「ガ、ゥ」
そのうち二体からは、声が、息遣いが、聞こえてくる。
「ざけんなよ」
「……落ち着け、レイン」
「落ち着いて、られるかよ」
なあ、魔王よ。
お前のやってることの、どこが正しい?
「骨が折れるな。だが、やるしか」
「なあ、エリザ」
俺は、あいつらを見る。
限界だった。
苦しんでる
「頼みがあるんだ」
「なんだ、こんな時に……」
「カレン連れて、逃げてくれ」
「……!!お前、それは」
「さっき言ったろ。同じ戦法でやれんのは、二体だって」
それ以上は、とどめのための魔力が、足りねえ。
「ならよう、答えは一つじゃねえか」
「早まるな、レイン。まだ、無理だと決まった訳では」
「俺たちの後ろには」
「カレンが、いんだろ」
エリザは、はっと息を呑んだ。
「守らせてくれよ。俺に」
それに。
「俺がやらなくちゃい、いけねえことでもあるんだ」
俺が、巻き込んじまった責任を。
「取らなきゃ、ならねえ」
もう、遅いかもしれねえけど。
俺の選択なんざ本当は関係なく、魔王は俺たちをこんな風に『使ってた』かも知れねえ。
けど、俺が自分で、やらなきゃならねえって思ったんだ。
「レイン」
「行けよ」
カレンは。
「希望なんだ」
カレンを逃がせば、俺たちの、勝ちだ。
エリザは一瞬だけ迷ったみたいだったが、すぐに踵を返した。
「死ぬなよ」
最後に、それだけ言った。
「はは。そんな心配すんな。俺の死体じゃ、あんな大した兵にはならねえって」
「そうじゃない!お前が」
エリザは、ぐっと、その先は堪えて。
「……意外と、長く一緒にいたな、私たちは」
「違いねえ」
「……帰ったら、酒でも一緒に飲もう」
「ああ、そうだな」
「必ずだぞ」
駆けだす。
俺はその背中は見ない。
「きっと、もうさ」
当然屍兵はエリザの後を追おうと動き出しやがった。
思ってた、ことがある。
(お前は、誰だ)
あれを操っているのは、アルフレッドじゃ、ねえ。
(俺が約束をしたやつは、そんな男じゃ、ねえ)
あいつは、やけに甘い奴だった。
(ならさ、今、俺が考えるべきことは)
『裏切るなよ』
大きく息を吸い込む。
四体の屍兵と、その向こうにいる、誰かに向かって、俺は。
(お前が、なんに、ブチ切れるかだ!!)
「来いよ!!出来損ないの紛いもんが!!」
そのやっすい挑発に。
屍兵四体、その全ての視線が集まるのを見て。
俺は、正解を確信した。




