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九ページ.合さる夜

青春大賞用の早期更新です。



「あっ……えっと……」

 部屋に戻ると、まだ夜々たちは入浴中らしく、浴室の換気扇口から湯気が見えた。戻るしかなく、部屋に戻ると、解けていた緊張がぶり返す。

「何突っ立てんだよ?」

「は、入って、良いのかな……」

 起きていても不思議はない。バッチり目が合う杠葉君は、置いていた夕食に箸を伸ばしていた。テーブルの上にはしっかりとカップ麺もある。もうテーブルは占領されていた。

「てめぇの部屋でもあんだろうが。勝手にしろ」

 そっぽを向かれる。無言の中、僕は部屋に入る。逃げるように、杠葉君と顔を合わせることのない、背中の方に背を向けて腰を下ろした。

「お前か?」

「え?」

 背中に掛かる声に振り返る。当然目が合うこともなく、お互いに背中越しの会話。仕方なくまた目を背ける。

「これだ」

「あ、あぁ。うん、まぁ。夜々が持って行けって……」

「まぁあいつか。お前、付き合ってんのか? んな口うるせぇ女と」

「いや、そうじゃないけど……」

 そう言う君は、そんな口うるさい女の用意した食事を普通に食べているじゃないかと、思ってしまう僕はおかしいのだろうか。

「付き合ってんだろ? やめとけ。ああいう奴はうぜぇだけだ」

 決め付けられると否定したい。でも、そうなるとまた睨まれそうで、言い出せない。

「いや、今日会ったばかりだから」

 僕としては信じられない驚きと、夜々の人懐っこさには、未だに戸惑いがある。それを付き合っていると言う風に見られるのも、少しばかり複雑だ。

「は?」

 威嚇ではないのかもしれないけれど、それは僕にとっては威嚇の声だった。そして、どう対応することが妥当なのか、沈黙になった。

「お前ら、この辺りの人間だろ?」

「いや、僕は少し離れてるから」

 それだけの会話の後は、沈黙。何を言えば良いのか検討はつかず、下手な言葉は刺激してしまいそうで言えない。何かを言ってもらえれば、対応は出来るけれど、こちらからと言うのは苦手だ。

「おい、入るぞ」

 そんな時、重い沈黙に対する救いの手なのか、男が入ってくる。

「お? 今頃食ってんのか、お前」

「っせぇ」

 杠葉君がそっぽを向いて、夕食に集中した。それを見て僕はその背中を見るように壁に背中を預け、男は僕らの二等辺の延長上に胡坐を書いた。

「お前ら、明日からは仕事してもらうわけだが、ちょっとそのことで話がある」

 僕らの視線は同じ場所を見ない。居心地の悪い空気は相変わらずで、僕は男に続きを促すように男を見る。

「んなら、明日で良いだろうがよ」

「明日は俺が出んだ。先にお前らに仕事を言っとく。俺がいねぇからって、サボんじゃねぇぞ」

 その言葉に、僕はさらに落胆の気持ちに囚われた。明日は朝から杠葉君と二人での作業か。夜々と木名瀬さんは確か店番を任されていたから、既に杞憂だ。いや、事実になるのかもしれない。

「とりあえず、明日はトランサムステップの取り付けだ。あのクルーザーは、お客が接岸失敗して破損させやがってよ。そいつの修理だ。それくらい出来んだろ?」

 分からない言葉の理解を賢明に考えてみる。何かを取り付けると言うことは理解できた。その理由から、おそらく船体の何かではあるのだろうかと。しかし、そのトランサムステップと言うものが皆目見当がつかない。杠葉君は聞いているのかいないのか、食べ終えた食器を持って部屋を出ようとした。

「片付けはてめぇでやれよ。もう片付けちまったからな」

「っせぇ」

 うっせぇとは言わない。省略している分、嫌悪を明確に感じる。しかしそれは束の間のこと。すぐに沈黙が再来する。

「んで、話を戻すぞ」

 戻された所で、その話を理解していない。

「まぁ二人もいりゃ出来んだろ。溶接くれぇやったことあんだろ?」

「え? よ、溶接、ですか?」

 そう言う仕事があることくらいは何となくわかる。けれど、それがどういう業種で内容なのかは分からない。

「まさか、やったことねぇのか?」

「はい……」

 工業系の高校に通っているわけではない。知るはずがないだろう。この人は僕をどういう人間だと見ているのか、理解に苦しむ。

「っかぁ、マジかよ」

 それはこちらの台詞だ。とは言えなかった。

「じゃあ、ジブファーラーの縮帆展帆の調節は?」

 首を振った。いや、首を傾げたかもしれない。正直どちらでも良い。とにかく意味がさっぱりと言うことだけが、この部屋の空気に溢れた。僕としては混乱。この人としては絶望。相反する沈黙は非常に重い。

「じゃあ、何が出来んだよ?」

「いや、何がと言われても……」

 出来ることはない。強いて言えば掃除くらいか? 

 男が頭を掻いて、盛大に息を吐いた。こちらが不快になるくらいに豪快に。

「ちょっと待ってろ」

 主そうにひざに手を当てながら立ち上がるのを、僕はただ見上げる。入れ違いに襖が開いて杠葉君が戻ってきた。一瞬お互いが流し目なのか、啖呵というものを切っていたのかは分からないけれど、表情を合わせて、襖が閉められた。

「何だ、あいつ?」

「さ、さぁ……?」

 とにかく僕に言える事情はそれしかなかった。はぁ? と睨まれるけれど、それしか分からないんだ。トランサムステップやらジブファーラーとか初耳だ。これからどうなるのか、あの人が結局何をしに来てどこへ行ったのか、僕には何も分からないことだらけで、今はとにかくこの場を一気に変えてくれそうな夜々が来てくれないだろうかと沈黙を守るしかなかった。


 部屋に戻って寝てた。その記憶はあった。

「……ん?」

 夢見が悪かったのか、目が覚めた時、寝汗に体が暑かった。夢を見ていたのかも覚えてないが、目覚めた所で現実も大して変わりねぇ光景しかなかった。

「何だ、これ?」

 小っさいテーブルの上に、盆に乗った飯があった。部屋には時計がない。携帯も持ってねぇ。払う金なんてないからな。

「あいつか?」

 それを見た瞬間、急激に腹が減っていたことを腹の虫が訴えやがった。へんな名前のビビリ野郎。見るからにお人好しみてぇな奴だったからな。持ってきたのもあいつだろうな。まぁ良い。減ったからには満たさせてもらうか。ぶっちゃければ、こうも飯、汁もん、惣菜のある飯なんて随分なことだ。普通に美味そうだった。

「…………」

 気ままだから良いけどよ、静か過ぎる。つーか、あいつはどこ行きやがったんだ? 姫柊んとこだろうな。あいつら付き合ってるみてぇだし。

「うめぇな」

 いないならそれで良い。ああいうナヨナヨしてる奴は見ててムカつく。うるせぇ女もこねぇだけましだ。一人飯には慣れている分、こう言うちゃんとした飯は普通にうめぇな。留置の飯に慣れてる俺には何でも良いんだがよ。

「あ……えっと……」

 半分くらいか、食い終わった時襖が開いた。ぶっちゃけ緊張した。この俺が。いきなり人の領域に踏み込まれるっつーのは、どうも警戒しちまう。

「何突っ立てんだよ?」

 そこにいたのはあいつだった。俺より緊張してるせいで気分は楽になった。それから中に入ってきてからは会話もねぇ。背中にいる気配はあるが、何してんのかは分からねぇ。話すこともねぇし、そのつもりもねぇ。さっさと飯を食っちまうことにして、箸を動かした。

 でも、一つだけ分かったこともあった。こいつと姫柊は付き合ってないらしい。どう見ても付き合ってんだろってしか見えねぇんだが、こいつは必死に否定した。どうでも良いんことだけどよ。

「おい、入るぞ」

 それからまた静かになった。その隙に飯は平らげたが、また男が入ってきやがった。どうもこいつはいけ好かねぇ。見透かされてる物言いがムカつく。何か話をしにきたっぽいが、シカトして部屋を出た。奴の話は聞きたくなんかねぇし。

「あっ……」

「ちっ」

 台所とやらを探していると、風呂上りだろうな。しかも二人で入ってたのか、姫柊と、あー……誰だ? 名前忘れちまった。もう一人女と出くわした。

「ちょっとぉ、いきなり舌打ちって何よ?」

「っせぇんだよ」

「や、やーちゃん、だ、ダメですよ」

 月見里もナヨっちいが、この女もナヨっちい。姫柊はうっせぇし、面倒くせぇ連中ばっかだな、ここは。

 いちいち相手にすんのも面倒くせぇ。窓の外を見ながら通り過ぎた。風呂上りの女子の匂いが興味を引いたが、すぐに打ち消した。

「台所、廊下曲がって左だからね」

 姫柊にも見透かされてるのか、俺は。

「あ、あの、杠葉さん」

「あん?」

 今度は、名前を忘れた女が声を掛けてくる。いちいち話しかけてくんじゃねぇよ。と顔に出したらびびられた。いつものことだったが、姫柊が間に立って俺を睨んできやがる。俺にビビらねぇ女は、マジこいつくらいか。

「しょ、食器は、流しにつけて、下さい。わ、私が洗いますから……」

「良いんだよ、せっちゃん。こいつだけ楽させるなんてダメ。調子乗るんだから」

 お前に言われたかねぇよ。舌打ちでそう表現したが、流された。

「い、いえ、私には、それくらいしか、出来ませんから……」

 ほんと、月見里に似てんな、こいつ。しかしまぁ、やってくれんなら、楽なこった。

「任せるわ」

「は、はい」

「せっちゃぁーん」

 渋る姫柊を放っておいて、台所の流しに食器を置いた。それなりに整頓された家の中を改めてみると、家ってこんな感じのか、疑問に思った。俺の記憶する家の中ってのは、物が散らかり、臭い、壁・障子は穴がある。掃除もしねぇし、大体誰もいねぇもんだ。

「落ち着かねぇな……」

 静けさは同等くらいか。つっても、俺にとって落ち着かねぇ家は、他の奴らにとっちゃ、居心地は悪くねぇんだろうな。月見里は俺といるからそうでもねぇだろうけど、姫柊ともう一人の女は随分と落ち着いてた。他人の家っつーんがそうも良いもんなんだかな。とにかく面倒。それしか俺は思えなかった。


次回も連載が滞っている作品がありますが、アルファポリス青春大賞開催中につき、少々遅れが出ます。


10日に「if」を更新し、15日くらいに「Full cast even」を更新します。


明日か明後日には、「ココクラ」も更新します。


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第二回アルファポリス恋愛大賞エントリー作品です。 宜しければ投票にご協力ください。
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