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七ページ.生活の始まり

お待たせしました! ともみつの更新再開です!


先を切るのは、この作品で、次いで9月3日にフルキャストイーブンを更新していきます! 


本作も徐々に本編へと入っていく予定となっております。


ご意見、ご感想、ご指摘、どしどし言って下さい。自分一人では独りよがりな作品になってしまうので、是非よろしくお願いします!

「それじゃあ、お前とお前はそっちだ。んで、お前とお前は向こう。良いな?」

 一通り倉庫の作業場と、お店を見せられると、今度はどこか古臭い佇まいの襖の前に立たされて、いきなり割り振られる。

「え、えっと……」

 僕は杠葉君と同じ部屋を指される。開いている襖からは、旅館のような綺麗さはない、生活感が残ったままの一室が見えてる。もしかして、僕はここで杠葉君と寝泊りをしろと言うのだろうか? 名前すらまともに聞いてもいないのに、ライオンの園に投げ出されたような恐さがある人と一緒に、か。早速僕を連れ込んだ夜々に救いを求める。

「うわぁ、きったなーい」

 夜々は、やっぱり似てるよ。自分本位の行動力。今は僕のことなんて頭にないんだろうな。

「てめぇら、掃除洗濯は自分でやれ。飯は作れる奴はいんのか?」

 男が聞いてくる。その前にあなたは誰なんだろうか? 僕らは名前も知らない男の家に寝泊りをすることに強制させられている。これは軽度の拉致ではないだろうか。

「いえ、僕は……」

 食事なんて家庭科の授業くらいだ。

「買い弁しか食ってねぇよ」

 杠葉君は、見ていて分かる。これで料理が出来るなら、僕は自らを恥じるだろう。

「あん? んだよ?」

「いや、何でもないよ……」

 恐い。ちょっと目が合っただけで睨まれる。この人と一緒だなんて、緊張が解けそうに無い。神がいるなら、この組み合わせは一体何の試練だというのか。いや、神なんていないに決まってる。

「すみません。私、家事などは……」

 木名瀬さんも出来ないのか。少し意外だった。夜々とは違う清楚さには、家事は容易くこなしてしまうように思えた。所詮は勝手な妄想なんだけど。

「はぁ。おめぇら、ほんと今時のガキだな。甘ったれが」

 男の口調は強く威嚇を含んでいる。恐い。あぁ、時間が戻るなら十分前で良いから戻れないだろうか。本気で思う。

「ご飯? 私出来るよ?」

 意外な一言が飛んできた。

「お? お前作れんのか?」

 嘘だと思ってしまった。違う。出来るはずがないんだ。でも、それこそ違った。ただ人を振り回すことが唯一のはずだから。

「うん。ほんとはあんまり好きじゃないんだけど、一応普通くらいは」

 今までの言動から、夜々のその発言を誰が信じたんだろう。僕らの目が驚いて少し開いていた。どう考えても僕らの中で最も相応しくないんだ。

「よし。ならお前は、今日から食事番だ。代わりに作業は免除してやる」

「え、いいの? ほんと?」

「この仕事は体力勝負だからな。おめぇらにゃバテられるとたまんねぇ。がっつり系のものを作れ。良いな?」

「オッケーオッケー。あ、じゃあ、せっちんも手伝ってもらって良い?」

 夜々が木名瀬さんを見る。木名瀬さんはちょっと驚いてる。自分で今料理は出来ないと公言したばかりだ。唐突過ぎるペースについていけてない。

「まぁ女同士の方が良いか。良いぞ。その代わり二人になったんなら、店番も任せるからな、良いな?」

「はーい。せっちん、一緒にかんばろね?」

「あ、は、はい。頑張ります」

 どうしてか木名瀬さんは、大して気合を見せる必要などないのに、その一つ一つに真剣な表情で肯く。緊張しているからだろうか。

「んじゃあ、お前ら。とりあえず暫くの生活用品を買って来い。領収書はもらっとけよ」

 僕と杠葉君に買出しを命じる。

「っ、めんどくせぇ」

 いきなりの舌打ちは、僕に向いているわけではないのに、心が痛い。

「いっちー、ちょっと待っててね。ウチらで必要なものメモってくるから」

「あ……うん」

 夜々だけは乗り乗りだ。

「無駄遣いすんなよ。てめぇらの労働が長引くだけだからな」

「っせよ。んなもんちゃっちゃと済ませりゃ良いんだろうがよ」

 杠葉君はふてくされているというか、怒ってる。まともに声をかける術を僕は知らない。救いを求めたい気分だ。でも、誰にだろうか。

「怒ってっと、脳の血管切れっぞ」

 だけど、男は明白な怒を見せる杠葉君にも余裕の笑みを見せていた。慣れているんだろうな。僕には到底無理な話だ。こんな世界は知らない。

「っせぇな。行くなら呼べ」

「あっ……」

 杠葉君が部屋に入って襖を閉めた。耳を劈く閉まる音に、もう帰りたいとしか思えない。

「ったく。てめぇが仕出かしたことを分かってんのか、あいつは」

 後頭部を掻きながら男がどこかへ歩いていった。夜々と木名瀬さんは買い物リストを作成しに奥の部屋に入った。取り残される僕は、ただ、どうしようもなく孤独を感じながら、うっすらと汚れに曇っている窓から夏の空を見た。昔は走っていた空が、暑く、高く、遠くに熱気を失わせていた。

「何でこんなことになるんだろう……」

 帰りたいと強く思った。誰かも知らない男に、いきなり働けといわれてここにいる。夏休みの宿題はどうすればいい? 親に承諾をもらってない。それに、もうすぐやってくるじゃないか、あの日が。こんな所でこんなことをしても良いのか、僕は。

「あ、いっちー」

「……夜々。決まったの?」

「うん。とりあえずこれかなって。下着とかはせっちんの借りられるし」

「あ、はい。私はいくつか持参してきていましたので……」

 木名瀬さんは、疑問を持たないんだろうか? と言うよりもさっきの旅行カバン。予定があったからじゃないのか? ここに寝泊りすることになって、どうしてほっとしてるような顔をするんだろう。

「で、これね」

「……ああ、うん」

でも、一人では帰れなかった。一人で帰る勇気すら僕は持てないんだ。彼女に聞いてみないと。彼女が答えてくれないと。僕はただ、メモ帳を持ってきた夜々の楽しそうな顔を見て、とうとう、帰ってもいい? その一言を聞くことが出来なかった。楽しそうな笑顔を壊したくなかったから。

「気をつけるんだよ? あいつ、警察沙汰とか起こしたことあるから。何かされそうになったら逃げてね、いっちー」

 誰のことかと思った。

「……うん」

 でもすぐに分かった。

「あぁ? 誰が気をつけるだ、こら?」

 だって部屋から出てきた。

「あんたよ、あんた。いっちーに何かしたらあたしが許さないんだからね」

 すごいな、夜々は。睨まれてるのに怖気づいてない。僕には会話すら成立させることは出来ない気がするのに。

「てめぇに言われる筋合いはねぇ。女は引っ込んでろ。で、行くのか?」

「え? ああ、うん」

 聞いてきた杠葉君が、それ以上は何も聞かずに背を向けて玄関のほうに行く。

「うっわ、感じ悪ぅ。自分のせいって自覚あんの、あいつ?」

 それはないと思う。夜々がこうなった原因を作ったんだ。反省する気持ちは無いだろうな。

「じゃ、じゃあ、とりあえず、行ってくるよ」

「うん。いってらっしゃーい」

「あ、その、お気をつけて」

 二人に見送られて、先に靴を履いて玄関を出た杠葉君の後を追った。気をつけてと木名瀬さんの言葉が、単純に車や事故に気をつけてと、言ったんだと思いながら。

 外は相変わらずの暑さだ。僕の前を歩く杠葉君。僕はついていく。この辺りの地図は詳しくは無い。改めてみると田舎町だった。

「あ、あの、ゆ、杠葉君」

 足が止まる。二メートル程あけて僕も立ち止まる。

「気色悪ぃ呼び方すんじゃねぇよ」

 開口一番に睨まれ、キレられる。ちょっと聞こうとしただけなのに。

「ご、ごめん……」

 下の名前は知らない。だからと言って、君の名前は何ですか? なんて気軽に聞ける空気でもない。間の悪い沈黙。嫌いなものだ。いつも騒がしかった。静かなことを望んだことは多い。でも、結局僕の周りは騒がしかったんだ。あの時望んだ静けさが今はあるのに、嫌いだった。

「お前、名前は?」

 教えてくれるわけじゃないんだ。聞くんだ、僕の名前を。

「……月見里乙樹」

 喧嘩の口上を垂れているわけでもないのに、空気が痛い。

「あ? お月?」

 声は怖い。低くて怒ってる。でも、内容はいつものことだった。

「違うよ。乙樹。いつきだよ」

 漢字で書けば聞こえなくも無い。でも僕は声に出した。これは彼なりのボケなのかと考える。でも止めた。違うはずだ。こんな道をそれて歩く人間が、僕みたいな人間に冗談は言わない。言うのは嘘だ。

「あぁ。変な名前だ」

 両手をポケットに突っ込んで、振り返ることも無く歩く。僕は距離を保って追従する。どこに店があるのか知らないから、先を歩いてくれてる以上、杠葉君は知ってるんだろう。

「ごめん。好きでつけた名前じゃ、ないから」

 自分に命名権があるわけじゃないんだ。気づいた時にはそうなっていて、そのまま生きて死んでいくんだ。死んでからじゃないと名前は変わらない。

「朔」

「え?」

 二文字。良く聞き取れなかった。

「朔だ」

「柵? 柵が、どうか、したの?」

 見渡す辺りに、柵らしい柵はない。ガードレールが途切れ途切れにあるくらいだ。

「喧嘩売ってんのか、おい」

「え? ううん。売ってない売ってない」

 振り返った彼の眼は、もう僕を貫通していた。解放的な夏空の下、僕は鎖に繋がれた哀れな小動物だ。

「朔。杠葉朔だ」

 そこでようやく理解した。杠葉朔と言うらしい。人の名前を聞いてから応える辺り、夜々や朝陽なんかにしてみれば怒る所だろう。でも、僕は気づいたことに肯くだけ。

「あ、うん。朔君」

「男が君付けすんじゃねぇよ」

「ご、ごめん」

 気難しい人だ。僕が相手した誰よりも。慎重に言葉を選ばないと、また睨まれる。喧嘩は嫌いだ。殴られたくも無い。だったら方法は一つ。

「あ、あのさ、店って、どの辺りにあるの、かな?」

 さっきから歩いてる。しおかぜが随分遠くにある。でも、スーパーとかコンビニとか見当たらない。

「あぁ? お前が知ってんだろ?」

「え?」

 どう考えても知ってるから案内してくれてるものだと。

「知らねぇのか?」

「この辺は、ちょっと……」

 沈黙が訪れる。蝉の音が煩い。僕らはどっちから言葉を掛ければいいのか、出方を見て、結局どっちも言葉を紡ごうとはしない。仲の良い友達なら、冗談で笑える所だ。でも、友達でもなんでもない、住む世界だって違う初対面。どんな性格で、どんな人間なのかも知らないのに、そんなことを言えばきっと殴られる。恐怖に苦笑することも出来ず、僕は視線を逸らせた。

「んだよ……無駄足かよ」

 それを言うのは僕なのではないだろうか。人間、先を行くものがいれば、自ずとついていくもの。特に僕はそうだ。今の僕は悪いのだろうか。誰かに答えを求めたかった。

「あ、でも、あの辺に店とかありそうじゃ、ない、かな……?」

 舌打ちは痛みを与える。思わず堪えきれずに、海岸沿いを逸れた所に立ち並ぶ住宅街らしい軒並みを見つけて、促してみる。

「……行くぞ」

 ため息をわざとなのか、盛大に吐いて歩いていく。僕はやっぱりついていくだけしか出来なかった。もしもの為に、いつでも逃げられるように二メートルの距離を保って。


 あのクソ女。姫柊のせいでとんだことに巻き込まれやがった。これなら警察行って適当に取り調べの方が早ぇじゃねぇかよ。結局喉の渇きも空腹も癒えてねぇ。いい加減何かに当たりそうだ。

「あ、あの、杠葉君」

 背中からついてくる野郎。姫柊の彼氏だか何だか知らねぇが、なよっちい男だ。勉強で理屈並べて正当ぶるタイプ。俺の嫌いな男だろうな。そう思った矢先だ。気色悪ぃ呼ばれ方に、背中に何か走った。

「気色悪ぃ呼び方すんじゃねぇよ」

 君付けなんざ、ガキの頃にもそう呼ばれたことはねぇってのに。男に呼ばれるとムカつく。

「ご、ごめん……」

 謝られても変わることはねぇ。終わっちまったもんを謝罪して取り戻せるとか思ってる奴は嫌いだ。ごめんで済むなら警察はいらねぇって奴か。古ぃな、俺。

 謝ったきり、背中から今度は何とも言えん沈黙が来た。別に黙ってることは嫌いじゃねぇ。むしろよく喋る方が苛立ってくる。姫柊だってそうだ。俺がまだ学校にいた頃、教室で煩い女があいつだ。他の奴は俺がいるだけで小声になるってのに、あいつだけは煩かった。……思い出したらまたムカついてきた。

「お前、名前は?」

 あの女のことは忘れる。その為に俺が口を利いていた。巻き込まれちまった以上、こいつとは部屋が同じらしいからな。名前くらいは聞いてて損はねぇだろ。

「……月見里乙樹」

 山梨お月?

「あ? お月?」

 変な名前だな。景色が浮かぶ名前だな、こいつ。

「違うよ。乙樹。いつきだよ」

 いつきか。山梨乙樹か。

「あぁ。変な名前だな」

 どっちでも良い。名前さえ分かればな。

 そっから歩く。こいつは俺の後ろからついてくる。ついてくるのは構わねぇ。けど、どこに行けば良いんだ? 適当に歩いてるだけだってのに、何もこいつは言わねぇ。

「あ、あのさ、店って、どの辺りにあるの、かな?」

 不意に聞いてきた言葉に、は? だ。

「あぁ? お前が知ってんだろ?」

「え?」 

 腑抜けた面があった。

「知らねぇのか」

「この辺は、ちょっと……」

 マジかよ。適当に歩いてりゃ、店の方に指示出すもんじゃねぇのか、ついてくる奴がよ。何も言わねぇから適当に歩いたってのによ。思いっきし無駄足じゃねぇか。こっちは空腹と乾きにムカついてるってのによ。

「んだよ……無駄足かよ」

 ふざけんなって殴ってやろうかとも思った。でもまぁ、今のは俺にもちったぁ非があんな。何も知らねぇのに信じてた俺が馬鹿だな。

「あ、でも、あの辺に店とかありそうじゃ、ない、かな……?」

 乙樹の指す方を見た。何軒か立ってる。どう見てもコンビニとかはないな。まぁ自販機の一つや二つはありそうだな。金は乙樹が持ってんだろうから、そっから買えば良いか。

「……行くぞ」

 とりあえず、先に喉を潤してぇ。買い物なんざ後でで良いだろ。どうせ早く戻った所であの口煩ぇ女と、観光客みてぇな女しかいねぇし。


拝読ありがとうございました。


次回本作の更新は未定ですが、他作品とのサイクルで行くので、大体前と同じ、月1〜2回の更新とお考えいただければ、ご覧頂く時には更新していると思います。



ここで、お知らせです。

現在、電脳浮遊都市アルファポリスにて、ファンタジー小説大賞が9月より投票が始まります。

ともみつも三作をエントリーしましたので、皆様のご協力のお力添えを頂けましたら投票をよろしくお願いします。


 また、投票された方の中から抽選で賞金が当たるとのことですから(登録が必要ですが、簡単です)、ぜひこの期にご参加くださいませ。



それからもう一つ連絡です。


現在連載中でした、「とっつきククリ」ですが、知り合いの薦めで、とある文学賞に作品を送りまして、その文学賞の規定に従って、一時的ですが、「とっつきククリ」をサイトより削除いたしました。


 結果が出るまでの数ヶ月間、更新をお楽しみに頂いていた方にはご迷惑をお掛けしますが、ご理解とご協力をよろしくお願いします。



それでは、今後更新するともみつの作品をお楽しみいただければ幸いです。

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第二回アルファポリス恋愛大賞エントリー作品です。 宜しければ投票にご協力ください。
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