表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/11

四ページ.俺と私とあたしと僕と

 今思えば、なんつーことを俺は約束しちまったんだと、恥ずい。つーか、だせぇ。妙なもんを見られちまったからって、あれがまさかきっかけの約束で、初めての約束になっちまうんだからな。正直やってらんねぇ的な後悔と羞恥がある。何か俺って情けねぇ。それを律儀に守ったあいつもあいつだけどよ。やっぱ俺の方が恥ずい奴だろ、ったく。


 まいった。いい加減イラつき以上に、暑さに喉の渇きと空腹がしんどくなってきやがった。

「あっちぃんだよ、くそが」

 アスファルトの先が反射で白く眩しい。目が痛ぇ。ったく、こんなことならバイトしてちっとは金持っとくべきだったな。終わっちまったもんはしょーがねぇけど、やっぱきついな。自販機蹴るか?

「誰もいねぇよな」

 適当に首振って人影を追ったところで、軽トラが随分先の角を曲がって行った程度。この暑ぃ時間帯で外をうろつく馬鹿はいねぇってことか。笑えもしねぇな。考えるのも億劫だな。やっちまった方が早そうだ。

 ガンッ。バリンッ。シャカラン。靴底に感じる衝撃と耳に大きく響く音。やっぱこんな田舎町の自販機には警報装置だかはついてないか。楽勝だな。

「もういっちょか?」

 ディスプレイの枠が蹴りで割れた。空の見本の包装されたペットボトルの丸缶が蹴り開いた穴から三個落ちた。こんなもんはいらねぇ。警報装置が付いてないとは言え、なかなか頑丈。マジ蹴りしたつもりなんだが、一個も落ちてこねぇ。なんかムカついた。適度に距離を取り、もう一度足に勢いと力を込めて自販機に向かって靴底で蹴りをかました。かまそうとした。

「あん?」

「あっ・・・・・・」

 ばっちり目が合った。思いっきり俺を見てやがる。しまった。やべぇと考えが出たと同時に、また柔らかいようであり、金属を蹴り上げた固い感触と同時にボディのプラスチックだかが砕けて、また俺の足元に散乱した。見られた瞬間にはもう振り出してた足をそこで止められるわけがねぇ。

 そのままの勢いのまま、俺の足は自販機に再びの蹴りをかました。今度はさっき以上に自販機が鈍い音と中で缶がぶつかる音が蝉の音の中に、比較的はっきりと響きやがった。と同時に襲われるたった一人の女の視線の意味することに、羞恥が強い割合で俺を見る目にムカつきで浮かんだ答えを実行するしかなかった。結局ジュースの一つも落ちてこねぇしよ。

「誰にも言うんじゃねぇぞ」

 足元に散乱する破片を適当に影に足蹴にして、来た道を戻る。ったく、喉の乾きも癒せねぇし、女には見られるしでついてねぇな、今日は。

「あ、あの・・・・・・」

「あぁ?」

 苛立ちが言葉で出た。別に怒っちゃいねぇってのに、声掛けてきながら萎縮された。

「・・・・・・ぁあ、分かった。言いたきゃ通報でも何でもしてくれ」

 鑑別所だろうが留置所だろうが、慣れた。繕う気はねぇし、したいならすればいい。女の顔見て、その引きっぷりと怯えっぷりに見てるだけで疲れる。ほんとにどうするか。金ってもんはやっぱないと食っていけねぇんだな。命よりも金の方が大事だな、やっぱ。

「あの、そうじゃ、ないんですけど・・・・・・」

 酷く怯えた声は聞いててなんかムカつく。俺はそこまで見るだけで恐ぇのか? とガン飛ばしながら聞きたくなる。・・・・・・そんなことをすればそうとしか思われねぇんだろうけどよ。

「なんで、そんなことを、したのです、か?」

「はぁ?」

 ご、ごめんなさいと女が俺の声にビビッて数歩下がる。いや、別に威嚇したつもりじゃねぇんだけど。つか、何て事を聞いてきやがるか、こいつ。意味が分かんねぇ。

「何でもねぇよ」

 関係ねぇし。何で俺がいちいち目撃者に理由話す必要があるんだよ。ったく変な女だな。この辺りじゃ見かけねぇ格好だし、観光客か? こんな何もねぇ田舎に、気楽なもんだな。こちとら空腹と渇きに飢えてるってのに。

「な、何でもないのに、その、こ、壊したんですか?」

 こめかみ辺りがひくついた。只でさえ苛々してるっつーのに、そこに拍車を掛けてくるか、普通。俺が恐ぇならさっさと失せりゃ良いだけのことだろうが。

「うっせぇよ。失せろ」

 口内がパサパサに乾いてやがる。しゃーねぇ。どっか公園でも探して水だけでも飲んどくか。

「……喧嘩売ってんのか?」

 すげぇ怯えた顔しながら女が俺のシャツの裾を掴んできやがった。何なんだ、こいつは。

「……あ、あの、悪いことですっ」

 沈黙が生まれた。ミンミンゼミだかクマゼミだかアブラゼミだかがやたら煩く俺の耳に響いた。今日はこんなに暑かったっけか? とか何か飲みてぇとか、んな考えがどっかいっちまった。

「あっ……ご、ごめんなさい」

 謝られたぞ、おい。何が起きたんだかさっぱり理解出来ねぇ。

 いきなり掴んできたかと思えば、今度はその手を離して俺から距離をとって、見てくる。何がしたいんだか苛立ちを思い出すよりも先に、意味不明なこの現状に俺は呆然とさせられた。

「意味分かんねぇ、奴だな」

 とにかくここにいれば、そのうちやばいのは変わりねぇ。こんな意味不明な女とじゃれあう趣味はねぇし、さっさと失せるか。

「あっ、だ、ダメですよっ」

 また服を掴まれる。

「離せ。うぜぇぞ」

 そしてまた泣きそうな顔して俯く。弱ぇ奴だな、ほんと。何か俺が悪いことしたはずだってのに、その認識を忘れるな、こいつの行動はいちいち。

「だ、だって離したら、逃げるんでしょう?」

 ちょっと何かが切れた気がした。それは間違いなく暑さのせいでも潮臭さのせいでもなく、この女の言葉。俺の癪にいちいち触ってくる弱弱しい言葉と語尾の強がり。それが俺に纏わりつく日差しの熱に相成ってくる。

「け、警察っ」

 不意に思いついたように言われる。いや、俺の方が先にそうしろって言ったぞ。もしかしてそれでも考え付かなかったのか、こいつ?

「呼びたきゃ呼べ」

 怯えてる奴をいたぶる趣味はねぇ。警察呼ぶんなら俺には逃げるだけだ。易々と掴る馬鹿はしねぇし、そんなんなら、初めからしねぇってこった。

「あ、でも、どうやって……?」

「は?」

 さっきから意味が分からん。今度は何だ? 

「あ、あのっ、携帯電話を、も、持ってますか?」

 唖然とする。つーか、この変な空気に何を考えれば良いのかすら分からん。携帯がどうした? 警察呼ぶにも今時携帯ももってないのか、こいつは。

「ほらよ」

 そして素直に渡す俺もどうかと思うんだが、女の目が好奇心と不安に泣きそうになっているのを見ると、珍妙な罪悪感のようなものを感じる。呼びたいんなら呼べばいい。どうせこの辺りを巡回する警察のことは顔も覚えてる。所詮は今更なことでしかねぇ。

「あ、あの……」

「……んだよ?」

 携帯を渡してから数十秒。俺の携帯は観賞用じゃねぇ。女は日差しの照りつける中で、俺の携帯を見続けた。状況の理解に苦しいぞ。

「こ、これ、どうやって、使うんですか?」

 また俺の思考はこいつによって停止させられる。

「はぁ? 何? お前、携帯の使い方も知らねぇの?」

 恥ずかしそう煮顔を赤くして、肯かれる。マジかよ。どう見ても高校だろ。それで携帯使ったことねぇってどんなだよ。見てくれは貧乏にも見えねぇし、どっちかっつーと俺よりも悠に金持ってるだろ、こいつ。どんだけ時代錯誤も甚だしい奴だ?

「ボタン押して左の受話器のボタン押せば繋がる」

「え? あ、え、あ、あの……?」

暑さに汗が額から垂れた。いい加減さっさとどっか行きたいんだけどよ。

「機械音痴かよ」

 妙な小声を洩らしながら携帯と格闘してやがる。110を押せば良いだけだってのに、そんなこともこいつは出来ねぇのかよ。むかつくより、脱力するばかりだっての。

「……おい?」

 携帯を返してもらうと女の手から携帯を取り上げようとした。けど、こいつは俺の携帯を話そうとしないで、自分のものを取られまいとしてるような目で俺を見てくる。

「だ、大丈夫ですっ。わ、私、で、出来ますっ」

 一人で勝手に興奮してるのか、粋がって言う。言うだけなら簡単だ。でもな、お前全然使えてねぇし、無駄っつーんだよ、そう言うのはよ。

「良いから返せ」

「い、嫌ですっ。私、ちゃんと出来ますから」

 俺の携帯だってのに、この女離そうとしねぇ。だんだんむかついてきた。喧嘩売ってんのか、こいつは。

「そんなに電話したけりゃ公衆の使え」

「ヘ、平気ですっ。やれば出来ないことはないんですっ」

 やっても出来てねぇから言ってんだよ、こっちは。あーくそ。忘れてた苛立ちまで再発してきやがった。

「こらっ! ちょっとっ、そこのあんたっ!」

「え? あ、ちょっと、夜々?」

 いきなり俺たちの間に女が割り込んできた。その後ろに男もいる。弱そうな男だな。

「人の物を白昼堂々と盗ろうなんて何考えて……あれ? (ゆずり)()?」

 いきなり怒声を浴びせてきたかと思えば、知ってる女だった。

「あん? 姫柊か? 何の用だ?」

 名前くらいは覚えてた。確か俺のクラスにいた。話したことは二、三だし、よく知らねぇ奴だ。つーか、俺のことを名前で呼ぶな。

「何の用って、それを見てどう言えってのよ。窃盗は立派な犯罪なんだからねっ」

 俺と女の手が奪い合ってる携帯を見て、見事に誤解された。やっぱこいつも俺のことをそう言う目で見てるってことか。

「違ぇ。これは俺んだ」

「は? え? あれ? そなの?」

 姫柊が俺じゃなく、女の方を見る。どいつもこいつも疑いばかり掛けやがるな。こっちにゃいい迷惑も良いところだ。

「え? あ、はい。これはこの方の携帯電話です。私のじゃありません」

 女がそう言った瞬間、力が緩んだから俺は携帯を引っ手繰ってポケットに仕舞った。

「夜々……」

 姫柊の後ろの男が頭を抑えた。あいつは俺のことを分かってたのかは知らねぇが、姫柊ほどは疑ってなかったってことか。

「じゃあ何で取っ組み合ってたのよ。誤解しちゃったじゃん」

「関係ねぇだろ。いちいち突っかかってくるなら、デートに戻れ。彼氏が呆れてんぞ」

「え?」

 姫柊と彼氏らしい男が同時に、俺の方に馬鹿みたいな顔して見る。気分悪ぃな、その顔。

「いっちー、彼氏だって。あたしたちってそう見えるんだって」

「えぇ? 違う違う。僕は違うって。何言ってるのさ、夜々」

 あ? こいつらカップルじゃねぇのか? 男は必死こいて否定してるけど、姫柊は満更でもなさそうにしか見えねぇんだけど。俺には関係ねぇか。誰がどこで何をしてようと知ったこっちゃねぇ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第二回アルファポリス恋愛大賞エントリー作品です。 宜しければ投票にご協力ください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ