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二ページ.ナマエ

 月見里乙樹。一度として名前を正確に呼ばれたことが無い、ことがある意味自慢だった。哀しいくらいに。つきみざとおつき、とかはよく間違われる。自分でも変な苗字だと思う。あだ名がお月様なんて呼ばれてたから、つきみざとおつきでも良かった。どうでも良かった。もう、慣れてたから。

 ―――やまなし、いつき、とか?

 そんな中で、初めて僕の名前を不思議そうにしながらも当てた人がいた。初めてで、衝撃的で、今日の晩御飯何かなとか宿題しないととか全部吹き飛んだ。やまなしいつきで良かったと思わせてくれた子だった。

汚い字で書いた僕の名前を、首を大きく曲げながら正確に捉えようと、これでもかと首を横に曲げて読んでくれた。それから足が速かった。僕なんか追いつけないくらいにかけっこをして、僕を置いていった。僕の名前を当てて、僕よりも前にいて、そして僕を――――――置いていった。

「遠いよ。僕はどうしたら・・・・・・」


 友達。大事な大事なつながり。家族。大事な大事な絆。恋人。大事な大事な温もり。

「いなく、なっちゃった・・・・・・」

 世界にあたしだけが残された。世界はあたしだけを残した。大事なものは全部無くなっちゃった。つながりも、絆も、温もりも全部。温もりなんてなかったけど、温かかった。今あるのは冷たくてつながりなんて無い。あたしは面倒ごとのもの扱い。欲しいのはあたしを守ってくれた温もりの残り物。あたしなんかどうでも良かったんだ。

「寂しいよ・・・・・・」

 膝を抱えるしか出来ない。あたし一人じゃ何にも出来ないよ。あたしにはあれがない世界なんか知らない。だから、あたしにはあれがないとこの世界じゃ生きられない。

 いっつも、あたしだけ仲間外れなんだ・・・・・・。

 

 不起訴の代わりの自主退学勧告とその提出と受理。殴った奴は全治三ヶ月の複雑骨折。いい気味だ。次に会った時は半殺しにしてやる。執行猶予に実刑が恐くて大人しくするか。親父に勘当された時点で迎えなんか来やしねぇ。お袋も当の昔に逃げた。つまんねぇ家族ごっこともこれで終わりだ。意味分かんねぇ学校にもけりがついた。晴れねぇ胸の気持ち悪さだけが腹立つ。

「金がねぇな」

 周り、何もねぇしな。ガキの一人や二人くらいいねぇのか、この辺りはよ。空腹のおかげで苛々すんな、くそっ。あぁ、どっかでがっつり食いてぇな。最後に腹いっぱい飯食ったのいつだったけな……?

「腹減ったな」

 波なんか見てもつまんねぇけど、動くのもだりぃ。やる気も起きねぇ。

「どうすっか、俺」

 行く場所もすることもねぇ。あるのは眠気と気だるさと空腹。以上。

「腹減ったな・・・・・・」


 息が、治まらない。足が痛い。胸が苦しい。体力ないんだ、私。

「はぁはぁ・・・・・・」

 どこなんだろう、ここは。何も考えなかった。初めて何も考えないで来た。背中に張り付いて来る恐怖から逃げた。初めて逃げた。背中の恐怖が目に見えることを想像するだけで動けなくなりそう。それなのに、今この胸の中にある高揚感はそれとは違う。初めて感じる、何か。

「足、震えてる……」

 それでも背徳感が、駆け逃げた高鳴りよりも私を支配してくるのは、やっぱり私にとってあまりにも大きな存在で、逃げられないと分かってるから。でも、私は嫌。私は私。私は誰のものでもない。一人の人間なの。もう誰のものでも私はない。初めから私は私でいられない。それはただの人形。違う。私は私。私には心も意志も決意もある。だから、力が欲しい。

私が私でいられる。私でいてもいいと言う力が。

 

 遠い。果てしなく遠い。近くにあったのに、もう遠い。

キラキラと輝く海を見てると、喉が乾いてくる。蝉がうるさかったんだと小波も聞こえない。潮風が意外と臭いんだと慣れてくると匂いさえしないんだ。どうでも良いことが一度に頭の中を巡ってくる。

 夏休み。それは今までは走ることで過ごしてきた短い夏。それももう終わったんだと、駆け抜けていた波間を見ていると過ごした短い夏の長さを思い知る。人は取り戻せない過去に夢を見る。胸の中にある不安に、先にある己の道をどうするべきか、決めるのは、誰なんだろう―――?


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