一ページ:僕、あたし、俺、私
これも連載物で、まだ完結してないので、悠々と執筆していきます。ぶっちゃけ結末まで考えてないので、半端にならないようにはしますが、時間かかると思いますので気長にご覧下さい。
笑って
泣いて
怒って
落ち込んで
手を取り合って
肩を寄せ合って
ぶつかりあって
抱き合って
僕らは
あたしたちは
俺たちは
私たちは
―――大人になっていく。
子供でいられる
たったの二十年も生きてない
子供だけど
それがあまりに大切で
かけがえがなくて
誇りで
壊れやすくて
触れるのが恐かった
大人には分かるはずなのに
大人には分からなくて
いつか忘れてしまうのかもしれないと
それでも忘れないと
誓い合ったあの夏の日
大人にも子供にも
成れない
半端で
弱くて
恐いもの知らずで
強くいられる
僕らの
あたしたちの
俺たちの
私たちの
最後の夏は、もう始まった。
彼女は言ったんだ。
―――いつも何かを失う不安がある、と。
始まりは、大切なものを失った瞬間から――――。
いつまで経っても空は晴れない冬の空。大会前のウォーミングアップにみんなが整えてる中で、僕は未だに現れない一人を待って連絡を待った。寒くて手が悴む、走るには十分に体を温めないといけないくらいの午前八時七分を回ったところだった。
そんな時に、全身に緊張が走った。不意じゃないのに不意な電子音。すっかり冷え切った手で通話ボタンを押した。
『・・・・・・』
『朝陽? 到着はまだ? もう時間ないよ?』
返事は、なかった。
『朝陽? 聞いてる? もうみんなウォーム入ってるよ。エントリー受付も後二十分くらいしかないし。監督も恐い顔して待ってるよ? あとどれくらい? ってか、今どこ?』
『・・・・・・いっちゃん』
『え? おばさん?』
聞こえてきた声は、今の僕には意外な声だった。
『あ、あの、夜々は?』
『・・・・・・』
『・・・・・・おばさん? 聞こえてる?』
『・・・・・・っ』
「おば、さん・・・・・・?」
いつもと何かが違った。普段は明るくて人の良い、ちょっとおしゃべりな人なのに、何度も呼びかけないと返事がなかった。
『・・・・・・いっちゃん』
おばさんの僕を呼ぶ声。震えてた。それだけなのに、それだけだから、背筋に雷が落ちたみたいに、嫌なものが瞬間的に流れた。
彼はあたしに言った。
―――もう走る理由はないから。
それはきっとあたしと同じ。
『それじゃあ、行ってくるわね。ちゃんとお留守番してたらおもちゃ買ってきてあげるからね』
そう言ってお母さんはあたしの頭を撫でた。
『あらあら。どうしたの? ほぉら、すぐに帰ってくるから、泣かないの』
ダメだよ、お母さん。もっとあたしを撫でて。抱きしめて。そうじゃないとお母さんはすごく悲しむんだよ。あたしがずっと泣いてたから心配して、痛くて辛くて苦しいのに、あたしのことをもっと抱きしめてあげれば、撫でてあげれば、ずっとその後悔と気がかりのまま壊れちゃうんだよ。
『お前が甘やかしすぎたんじゃないのか?』
お父さんも相好を崩して、あたしの頭を撫でた後にあたしを持ち上げる。大好きだったお父さんにたかいたかいをしてもらうのは。
『ほぉれ、たかいたかーい』
いつもなら嬉しくて笑えたのに、今はダメだよ、お父さん。もっとあたしのこと抱きしめて、じょりじょりするお髭であたしに頬ずりしないと。
『お? どうしたんだ? こんなに泣くなんて珍しいな』
違うよ、お父さん。そうじゃないよ。もっとあたしを見て。あたしのことを愛して。そうじゃないとお父さんはずっと後悔するんだよ。ごめんな、ごめんな、お前が泣いてたのに、何も気づけなかったんだって。最後の最後まであたしのことを心配して、心配して、心配して苦しみの中に朽ちていくんだよ。
だからあたしは懸命に泣くんだよ。お母さんにもお父さんにも言って欲しくないって伝えるために。あたしは子供だから、泣いて叫んでしか伝えられないんだよ。
『じゃ、じゃあ、この子のこと、よろしくお願いします。はい、ええ。なるべく早く戻りますから』
でも、大人には届かなかった。あたしはあたしに出来る最大限のことをしたのに、お母さんにもお父さんにも届かなかった。
―――どうか。どうか神様。
―――あの子にだけは、永遠の幸せを……―――。
あたしが望む幸せは、お母さんとお父さんの望む幸せじゃないのに、二人は最後まであたしのことを見ていてくれなかった。
俺は、何を思ったんだか今になって分からねぇ。あいつの言葉がずっと響いてる。
―――貴方は望まれないのではなく、望まれないように望んでいたのでは?
いつだって俺は一人だ。
『うるせぇんだよっ! てめぇにゃ関係ねぇだろうがよっ!』
『関係あるわよっ、あんた一人じゃないのよっ』
口論の絶えなかった家の中は、何時でも恐怖が支配していた。壁に開いた穴。破れたままの障子。切れたままの電球。散乱する食器に酒瓶。汚れたままの洗濯物。浮気に不倫。競馬にパチンコ。温もりの欠片も消えうせた、いや、初めからそんなもんはなかった。さっさとガキは寝ろだの、勉強しろだの、学校行けだの、言われることは怒の声ばかり。母さんにはお袋の味だとか言う料理を作ってもらった記憶すらない。いつも渡される五百円。金で繋がれた母子の絆。幼少の俺は家庭と言うものは常に恐怖で支配された家でしかないと思ってた。
『じゃあね』
『おかあ、さん?』
どこ行くの? そんなことを聞いて何になる? その疑問が続きを消す。
『あんたも嫌になったら逃げなさい。どうせこの家には何もないのよ』
俺は分かっていた。母さんは二度と帰ってこない。そして、俺は親父の所に捨てられた。
いつからだろうな。目が合う奴は全員敵。話しかける奴は見下す奴。どこにいても俺を見る奴の目だけは、あの頃の家庭にあった恐怖のものでしかない。それでも俺は力をつけた。俺の癪に障る奴はボコった。それだけがストレスの捌け口になった。一度たりとも望んだことも望まれたこともねぇ。けど、俺にはそれしか出来ねぇ。それしか見てきてねぇんだ。
俺が望んだもんなんか、何一つ叶いやしねぇ。
貴方は言ってくれました。
―――金持ちは馬鹿ばっかか? お前は贅沢な奴だ。ムカつくんだよ。覚えとけ、お前の世界は俺よりも小せぇんだよ。
私はいつでも望まれる姿であることに疑いを覚えたことがない。そうすることが当たり前であって、疑問を持つことを許されないと幼少の心に刻まれていたから。
『お父様、あのね、あのね、ほらっ』
ピアノコンクールで優勝したトロフィーを抱えても、作文コンクールで優秀賞を手にしても、硬筆コンクールで大賞を収めても、返ってくる答えは私の想像通り。
『そうか。なら次は……』
終わりのない振り出しに戻され続ける双六の上に立つ私。大人の中に囲まれていると、子供の世界を失ってしまう。子供が子供でいられる時間すらも、私は大人との時間に塗りつぶされた。習い事に勉強、身に付けるものは遊びではなく、教養と品格。お父様もお母様も忙しく、私は抱きしめてもらった記憶も、遊んだ記憶も数えるほどしかない。残された私に刻まれたものは、大人への挨拶と可愛がられる処世術に、ピアノやお花、嫌いではないけれど、それはあくまでもお稽古事にすぎない。私が望むべきものは、一体いつから歯車が狂いだしたのか、私には分からないのです。嫌いと思うことでも、私には切り離すことが出来ない、私がたとえ人形であろうと、私がいた場所なのだから。
それでも私は貴方に巡り合ったのです。何一つ私自身のものがない中で、私は初めて誰かに貶されました。それは衝撃。その一言に尽きるもの。だって、私には知らない世界を貴方は知っていたのだから。
そして、こいつらは見つけるのさ。子供なんてもんは大したことじゃねぇ。失ったものは大きくとも、先の長さで見つける新たは桁違いに大きいもんだ。羨ましいもんだ。近頃のガキはどうも洒落臭ぇ風体の器なしに市か思ってなかったが、どうやらそんな奴らばかりじゃないってことらしいな。受け継がれてくもんは受け継がれていくんだな、何も知らずとも。
あの頃の足が立ち止ったままの僕。
―――君が教えてくれたんだ。君の元へ行く為にこの足があるんだって。
途切れた絆の糸の先を探すあたし。
―――引張ってあげられないけど、待っていられるよ。ずっと、ずっと。
どこかにある本当の自分を探す俺。
―――やばい。好きになりすぎた。今なら何でも出来る気がしてくるな。
偽りのない空白の世界を求める私。
―――貴方が望むことが、私の幸せになるんです。それが私の望みです。
誰か、こいつらに教えてやれ。人生はそう短いもんじゃないってな。
―――子供には子供の人生があるんだ。大人は子供が頼るまで見てれば良い。忘れたのか? あんたがガキの頃の大人の介入の鬱陶しさと子供の感じる恥ずかしさを。
たった一度きりで、何よりも大事だった最後の夏がやってきた。
ここに綴るは、最初で最後の夏に訪れた子供たちだけの最後のやんちゃの物語。馬鹿をするわけでもなく、羽目をはずすわけでもなく、ただ子供たちだけで答えを見つけるために足掻き続けた、二度と繰り返されることのない夏の思い出の積み重ね。忘れはしない。大切なものを失い、大切なものを探し、大切なものを見つけた子供たちだ。それを見てやれたことを誇りに思うだろう。次がやってくることは望まない。子供でもなく大人でもない、半端で過敏で多感な時期。大人にとってはそんなこと。子供にとっては何よりのこと。ごちゃごちゃに入り混じる感情に左右され、一喜一憂が全てだった最後の時。思い起こせばその程度だ。だが、その程度でも、その頃だけは色褪せない。思春期と言う青春の暴走も、歓喜も悲哀も、全てが青臭いで片付き、甘酸っぱいでは片付かない日々。
繰り返さなくていい。そこにあった記憶と思いと形が、新しい人生の旅立ちになる。大人はそれを見守り、足りない部分を陰で支えてやればいい。
子供でいられる時期はたったの二十年もない、ほんの僅かな時期だけだ。大人の長い時間の少しくらい割いてやっても良いだろう? 子に語れる思い出のない親に何の価値がある? 語れる過去を作ってやれるのは子であり、親でしかない。旅の恥はかき捨てじゃない。恥はいつでもかき捨てだ。世界は狭い。狭いが集り広くなる。その狭さで足掻け。破裂するほどに膨らんだ風船のように。そして解け合え。この広い大気を吸い込むように。
そうすれば世界は著しく大きくなる。後悔はする前に味わうものだ。残るものは下らない欠片だけでいい。
形に残した子供たちの形を守ってやる。それがしてやれる子供たちとの最後の夏であり、繰り返される時の一季。
忘れはしない。解けた思いを繋ぎ合わせた、子供だった夏を―――。