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 「それでね、ハルシラズはものすごくものしりでね、女王さまもわたしも知らないことをたくさん知っていてね。ふゆのあそびのゆきうまって知ってる?わたし、はじめてきいたんだけど――」


 王都の空は晴れわたっていました。チサトは、馬をひいてあるくパパの横にならんであるきながら、話つづけています。


 ふゆの女王さまがぶじに塔を出たので、いまはもう王都からかえる帰り道なのでした。


 「でね、来年もパパが王都に来るときに、チサトも一緒にいっていい?またきせつの塔に遊びにいって、ふゆの女王さまと、ハルシラズと、ゆき合戦やそりすべりをしてあそぶんだ」


 「ああ、もちろんだよ」


やった!と、よろこぶチサトを見ながら、パパはすこしためらったあと、


「ただね、チサト、きみがであったハルシラズと来年のふゆもいっしょにあそぶのは、すこしむずかしいかもしれないね」


 思いがけないことばをきいてかたまるチサトに、パパはさびしそうな表情でほほえみかけました。


「ハルシラズが春を知ることがない、というのは、彼らが春になると死んでしまうからなんだ。あたたかい気温のもとでは、孵化したあとのハルシラズは生きることができない。ふゆの女王が必死ではるを来させまいとしていたのは、きっとそれを知っていたからなんだよ」


「でも、ふゆの女王も、ハルシラズも、死ぬなんて一言も言ってなかったよ。死ぬんじゃなくて、春になれば眠ることになるって言って……」


「ねむるということばは、一つには『死ぬこと』をやわらかい表現にしたものの意味をもつんだ。したしい人の死をいうとき、わたしたちはたびたびそのことばをつかうものなんだよ。――女王さまも、ハルシラズも、きっと、死ということばを直接的にいうことが、たえられなかったんだろうね」


 それでどうする、来年もここに来るの、チサトがつらいならやめにしてもいいと思うよ――パパのたずねることばをききながら、ぼうぜんとチサトは思いかえしていました。


 かならずもどってくるよ、約束するよと、力づよい声で言った、ハルシラズのきらめく黒いひとみを。あなたがそういうのならと、しぼりだすようにそう言った女王のこえを。ねむりが死であることを知りながら、それをいうとき、かれらはなにをおもっていたのだろう――。


 「それでも」チサトはこぶしをぎゅっとにぎりしめて、決然とパパをみあげて言いました。「わたしは、来年ももういちどここに来るよ」



   ***



 はるが来て、なつが過ぎ、あきが過ぎて、もう一度ふゆがめぐってきたら、わたしはきっと、このばしょにもう一度もどってくる。


 チサトはそっと後ろを振り返りました。


 肩越しに見える季節の塔は、あたたかな光につつまれて、そこかしこに生き生きと草木が芽吹いています。萌えいづる若草色のいのちの鼓動に、家々の屋根や街並みも、空気さえもがやわらかく色づいてみえるようでした。


 王都はもう、一面の春です。

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