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ミスリィの事情①

タイトル通りの話です。

 旅に出ていたミスリィは、二年ぶりに母国エステランに帰ってきた。

 城の自室でくつろいでいると、女官が母主催の茶会への出席を促してきたので、帰国の挨拶がてら顔を出しにゆく。


 すると、そこには見知らぬ令嬢がおり、茶会は見合いの場へと早変わり。「あとはお若いお二人で」と言いのこし、出席者は令嬢とミスリィを置いて立ち去っていった。

 芸術を愛するミスリィの気を引こうとしたのだろう。令嬢はあきらかに付け焼刃の知識を披露してくる。

 試しにだれもが知っている画家の絵について、令嬢に感想を聞いてみた。

 これまた、だれもが口にするうすぺらい賛辞をならべるだけ。


 べつに結婚相手にまで芸術家になることを求めはしない。感想をのべるさいの表現や言葉が不足しているのだとしても、本気なら目がそれを補って語るものだ。

 令嬢の碧眼は死んでいる。「興味ないわ」と語らずも知れる。

 母がセッティングした見合いなので、四番目の弟(現在十二歳)のように、癇癪を起こしてテーブルをひっくり返すという暴挙に出るわけにもいかない。

 まあ、彼女が何を求めているかは分かっている。

 欲しているのはミスリィ本人ではない。


「わたしは堅苦しい宮中が苦手でね。兄上の戴冠を無事、見届けたら、王位継承権を返上して、ふたたび自由気ままな流浪の旅に出ようと思っているんだ。それでも、わたしについて来る覚悟はあるかい?」





「ミスリィ! また王妃様のご好意を無駄にして!」


 城の廊下を歩いていると、近衛騎士団長ハロが追いかけてきた。

 ひさしぶりに見た幼馴染みは、相変わらず熱血臭ただよう男で暑苦しい。

 大方、母の言いつけで、報告のために覗き見していたのだろう。

 二年前に帰ってきたときも、母にはかってに〈嫁探し舞踏会〉を開催されたことがある。


 そのときは始まる前に逃げだし、そのまま隣国へと向かったのだが──そうか先の茶会はあのときのリベンジか。


「いい加減、妃ぐらい決めろよ! このままじゃ、弟君の方が先に結婚しちまうぞ!」

「別にかまわない」


 芸術に理解のない女など、こちらから願い下げだ。


「かまえって! おまえはこの大国エステランの第二王子なんだぞ!」


「兄上はご健勝だし殺しても死にそうにないほど頑丈な方だ。次席で王位継承権を持ってはいても、わたしにその出番が回ってくることなどない。仮にあったとしても快く弟に譲る。わたしは権力をふりかざすのが苦手なんだ」


「いやいやいや、もうこのさい王位継承権のこと横に置いとくとしてだな──体裁の話なんだよ! すでに二十二歳にもなって、恋人も婚約者もなく縁談を蹴りまくっているおまえが、城下でなんと噂されているか知っているのか!?」


 芸術に傾倒しすぎて自らも筆をとり、土をこねて陶器を作るミスリィ。

 趣味が高じて他国の芸術にふれるべく年がら年中、手荷物ひとつという超軽装で飛びまわっている。十六歳の頃からだから、すでに六年。まだ大陸の四分の一である南方諸国しか巡っていないし、自由を満喫したというには短いと思うが。

 たまにしか国にもどらない次男坊が、いったい何の噂になるというのか。

「何と?」

「男色家だ!」

「それはまた」

「二年前、おまえがすっぽかした妃選びの舞踏会で、王妃様一押しだった最有力候補の令嬢が腹いせに流したんだよ!」

「へぇ~」

「気づいたときには噂に尾ひれ背びれ胸びれまでついていたからな。もう、もみ消しようがない。ミスリィ殿下は筋肉ムキムキの男がお好きだとか、××じゃないと勃たないとか、男娼を買ってるとか」

 しかし、のほほんとミスリィは答える。

「ま、考えようによってはいいんじゃないか?」

「よくないだろ! おまえ王族の、いや、男としてのプライドどこにやった!?」

「どうせまたすぐ国を出るし、その方が面倒な縁談も来なくて自由気ま」

 背後にどす黒い殺気を感じた。

 目の前のハロの口が、ヒイッと引きつって固まっている。


「ミスリィ」


 おそるおそる振り返ると、齢経てなお美貌自慢の母が、侍女たちを引き連れてそこにいた。

「……なんでしょう、母上」

 かしこまって言葉遣いをていねいなものに変える。

「レイドルド公爵令嬢はお気に召さなかったようね?」

「……彼女はわたしを見ておりませんので」

「政略結婚とはそのようなものですよ。少なくとも彼女は、そなたについて、細身だけれど決して脆弱でない引き締まった体と、その華のあるお顔は大変好ましいとおっしゃっていたわ」

 自他とも認める芸術家であるミスリィだが、幼少期から剣や弓に秀でていたし、道なき山野を旅するので自然と体は鍛えられている。

 絶世の美女と名高かった祖母の面影があるので、よく賊や下衆になめられ挑まれることもあり、道中トラブルに事欠かず。つまり、わりと荒事も得意なのだ。

「それも、王位継承権を返上すると言ったら、あっさり諦めましたよ?」

「……まあ、意外と根性のないお嬢さんね」

「そうですね」


 いや、おまえ、流浪の旅についてくるか言っただろ!


 蝶よ花よと温室育ちのご令嬢が、ほこりっぽい町中や、ましてや山野で野宿などできるわけがない。

 身分の高い王妃を前に、口をはさめないハロは心でつっこむ。


「母は、そなたがぷらぷらしているのを好ましく思っていません。せめて王家の一員として妃を迎え、一人でよいから子を作りなさい。そのあとであるならば、いくらでも旅をするがよいでしょう。これは王と決めたことです。今回ばかりはあのときのように、逃げは許されませんよ?」


 王妃の目力は恐ろしい。ミスリィもハロも背筋が凍りついたように固まる。

 彼女は前回、舞踏会をすっぽかしたことを、かなり根に持っているようだ。


「そなたの妃候補の釣書と絵姿を持ってまいりました。国内と近隣諸国ではそなたが男色家であるなどと、聞くにたえぬ噂がはびこっておるゆえ、そちらの姫君たちからは見合いすることもままなりません。よって中央諸国と北方諸国の王家の姫にかけあっています。そなたの大好きな芸術に理解ある姫だけを選んでおきました。年頃の姫たちばかりゆえ、急ぎ決めなさい。他国の王子に獲られぬうちに」


 王妃のうしろに控えていた侍女たちが、両手にかかえた書類の束と肖像画の山をもって、しずしずとミスリィの前に進みでる。

 ミスリィはため息をひとつこぼした。さすがにここまでしてもらったなら、目を通さないわけにもいかない。選ぶかどうかは別としても。

 今夜にでも城を抜け出そうとしていた彼は、しぶしぶ頷いた。





「う~~ん…」

 自室の床に散らばるのは、先日、母からもらった他国の王家に縁ある姫君たちの肖像画の山。その中からいくつか条件に合いそうな姫を抜きだしてみたものの──

「ピンとくるものがない」


「直感は大事だと思うが、いいかげん決めろよ。おまえの望み通り、絵を描くのが趣味の姫や、歌のうまい姫、彫金の意匠家として有名な姫もいるじゃないか。しかも、皆、なかなか容姿も整っている。何が不満なんだ」


「……別に、わたしは芸術家を求めてるわけではないんだ」

「何言ってるんだ、おまえが求めてるのは芸術を理解し、愛する心なんだろ! 同じ芸術家同士なら、間違いなくうまくやっていけるじゃないか」

「う~~~~ん……そうは言ってもな、何かがちがう」

 肩上でゆれる榛色の髪をかいてうなる。

「じゃあ、もっとよく探せよ。見過ごしたものもあるかもしれないし」

「いや、全部、目は通した」

「これだけあるのに何で決まらないんだ!?」

 そう、母は頑張ってくれた。

 流浪癖のある息子に、王族とはなんたるかの義務を果たさせるために。

 芸術を心底好きな姫を二百人も。脱帽ものである。

 だから、実はミスリィもすこしだけ期待してしまった。これだけあるなら一人ぐらい、自分に自然な形で寄りそってくれる姫がいるのではないかと。

 断じて男色家ではないのだ。ただ、女よりも絵を描くことが好きだっただけ。

「しかし、王妃様はターナ帝国は外されていたな。あそこは後宮があるから皇女も三十人近くいたはずなんだが……」

 クレセントスピア大陸は、大まかに五つのエリアに分けられている。

 北方諸国、中央諸国、南方諸国、砂漠三国、ターナ帝国。

 砂漠の国の王家は血を重んじるために、その王女が国外に嫁ぐことはない。


「だからだろう。皇帝は女狂いと評判だ。遠征中にあちこちで種をばらまいている。市井で産み落とされた皇帝の子が見つかると、後宮に母子ともども引きとられると聞く。第四、第五皇子の出自は疑問視されていた。公にはなっていないが、皇女でもそのパターンがあるかも知れない。どの皇女が真に皇帝の血筋なのか、疑わしい」


「確実なのは正妻である皇妃の子だろうが……いや、皇子三人のみで姫はいなかったな」

 それで帝国からの妃候補はいないのか、とハロは納得する。

「あんまり迷うようなら、いっそ容姿で決めたらどうだ?」

 ミスリィはあきれたような視線を向けた。

「いきなり大雑把だな。わたしの一昼夜の苦労が水の泡じゃないか」

「まあまあ、釣書なんて向こうが用意したものだし、盛ってる可能性が高いだろ。その点、絵姿ならさすがに詐欺するわけにいかないもんな! どうせ会うんだし」

 そう言いながら、さっきミスリィが抜きだした十枚の肖像画を並べてゆく。

「これだ! と思った姫を、今度はこっちから調査すればいい」

「なるほど、それなら確実だな」

「どうだ? あ、この姫いい感じじゃないか? おまえの隣にいても霞まない美人だ……ちょっと胸は淋しいが」

「う~~~ん」

 ミスリィの目線は何度か十枚の肖像画の上を往復するが、やはりピンと来ない。

 それで、まだ室内に無造作に散乱している肖像画に目を向けた。

 パッと見で、先に好みでない容姿としてふるい落としたものだ。

 人間ツラの皮ではないというが、見ため嫌悪感のある女性を伴侶として迎えるのは、やはり難しい。また〈美〉に敏感なため、まあまあ美人とか雰囲気美人といった曖昧なものもミスリィは好まない。はっきり言えば、インパクトのある美が好きなのだ。


 そういえば……ひときわ目を引くものがあったような……


 美人だったわけではないはずだが──一度思い出すとそれが妙に気になって、肖像画の山をかきわけて探しだす。

「あぁ、あった。これだ」

「決めたのか!? って……えぇ!?」

 ハロがおどろくのも無理はない。

 これでもかと舞台女優のように塗りこめた厚化粧。思わず三秒でさっとふるい落としてしまったものだが、よくよく見れば整った顔立ちをしている。

 結い上げたつやのある白金髪、儚さを感じる淡い紫の瞳、なめらかな頬のカーブ、ほっそりとした首や美しい鎖骨のラインに魅惑的な胸の谷間。

 芸術家は想像力がたくましい。彼の頭の中で、この姫の顔に乗せられていた不自然な色が次々と剥ぎ落とされ、素顔が展開される。合格ラインをかるく越えた。

 姫の名を確認し、今度はその釣書を探してもう一度目をとおす。


 趣味…各方面における芸術家支援。


「北方諸国がひとつエッジランド、第二王女マリエッタ・グラン・エッジランド。歳は二十……」

 女は化粧で化けるというが、この酷さを見たら、逆に素顔が醜いということはありえないと思った。ほかのパーツが完璧なら、なおさらだ。

 さっそく間者を使って、こまかい調査をさせることにする。

 しかし、彼はここで王妃の助言を無視したことを、後々、後悔するはめになるのだった。





 11月1日


 十日後、エッジランド国から、待望の調査書が届いた。

 北方諸国では、悪質な噂のとりまくマリエッタ王女だが、それは、賭場で彼女に負けた男どもの嫌がらせだった。

 マリエッタ王女は芸術家への支援金を国庫にたよらず、みずからの強運をもって高級賭場で荒稼ぎしていたという。なんという破天荒ぶり。

 支援するのは建築家、彫刻家、画家、彫金師、硝子細工師、料理人、菓子職人、針子、織物師、布染め師、音楽家、研究者、錬金術師、庭園造形師など。まさに各方面における芸術家たち。

 しかも、ここ数年で王都の文化は飛躍的に向上し、他国からは〈北の華都〉と絶賛されているらしい。華都とは、美しく洗練された都を表現するときに使われる言葉だ。


 この時点で、ミスリィの心は浮き立った。もう、惚れたといっても過言ではなかった。

 恋愛の、ではない。芸術に対する愛の大きさに、だ。


 今すぐお近づきになって、話をしてみたい。

 きっと有意義で楽しい時間を過ごせるだろう。


 心の声がだだ漏れていたらしい。

「おまえ……嫁探してんだよな? ちがう方向に行くなよ?」


 わかっているとも。同志を探しているわけではない。

 だが、このマリエッタ姫となら、見合いしてもいい。

 いや、すぐに結婚の準備に取りかかってもいいかも知れない。


 そこで、自分にもやっと人並みの春が来たことを実感。

 運命の人を見つけた。そう思った。

「待て、早まるな、早く決めろとは言ったが、事前情報だけで乗り気でいると、あとで何かしっぺ返しが来そうで怖い。落ちつけ。とりあえず、見合いの場でちゃんと相手をたしかめろ」

 ハロが何か言っていたが、ミスリィの妄想はすでに新婚生活を飛び越えて、マリエッタ王女と一緒に旅に出るところにまで差しかかっていた。

 うきうきと調査書をめくりながら、最後の一枚で手を止める。思わず凝視した。

「なん、だと……?」



 マリエッタ王女、本日より輿入れのため、ターナ帝国へ向かう。



 そこには無慈悲な一文があった。

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