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13 氷熊な王女、人探しを手伝う

 これから遠出することを、ケプトに伝えにいった。

 ケプトはマリエッタを孫のように見ている節がある。案の定、あまり言い顔をしなかった。白金氷熊が賢者殺しの咎で賞金首になっているからだ。

 しかし、ミスリィの話をすると彼に同情したらしく、強く止めることはしなかった。


「トトに上空から見張ってもらうわ。賊が接近する前に逃げるから」


 魔力も攻撃力も上がっているので、来ても潰すことはできる。

 だが、そうなると向こうも躍起になるのは察しがつく。

 なにせ、ガスパの王は略奪推奨の悪の権化なのだから。


「うむ、気をつけて行くんじゃぞ」


 その日は陽暮れ前だったので、出かけてもすぐに帰ることになった。

 夜に出かけるのもいいが、月が雲隠れすることもあるし、太陽の下と比べるとやはり遠くまでは視界が利きにくい。





 2月5日


 朝日がのぼる前にケプトの森を出た。

 森で摘んだ果実や、ケプトからもらった携帯食料をお弁当に、水を詰めた水筒を持って。

 そして、日暮れまでミスリィの想い人を探して駆ける。

 毎日、方角を変えて駆けた。けれど、ガスパ民が襲ったあとの残骸に遭遇することはあっても、若い女性を見ることはない。

 賊の隠れ家になりそうな岩場地帯も念入りに見て回ったが、見つけることはできなかった。





 2月11日


 ガスパ民もずっと砂漠にいるわけではないのよね。

 となると、国に連れて行ったと見るべきではないかしら。


 マリエッタはそう考える。

 悄然としたミスリィは座りこみ、茫漠たる砂漠に沈む大きな夕陽をながめていた。

 彼の想い人は素顔がとても美しいと聞く。行方不明になって、もう一月以上過ぎているというから、すでにガスパ国で王族か貴族の奴隷にされている可能性が高い。


 一月以上……そういえば、わたくしも砂漠に放り出されてそのぐらい経ちますわ。

 わたくしもただ人の身であったなら、こんなふうに自由ではなかったでしょう。

 レシェリール様、お体はもう大丈夫でしょうか?

 今ごろ、ミスリィ様のように、この広い砂漠を懸命に探してくださっているのかしら?


 しんみりしていると、ミスリィの手がとなりに座る氷熊の背中をなでてきた。

「君が傍にいてくれたよかった。挫けずにすむ」


 もふもふで傷心が癒されるのですね。分かります。

 お好きなだけ、なでてよくってよ。


「これだけ探しているのに見つからないなんて……やはり、ガスパ国に潜入するべきかな……」

 彼も、マリエッタと同じ考えにたどり着いたらしい。

「それは……危険だと思いますわ。そもそもミスリィ様のお顔立ちは、砂漠の民の濃くて暑苦しい顔とはかけ離れています。紛れこむのは無理です」

「あぁ~……その通りだ。……はっ、そうだ、女性が使う日差し避けのベールで全身を覆うなら大丈夫では!?」

「砂漠の民の女性はわりと小柄です。ミスリィ様は背が高いので、それだけで悪目立ちすると思いますわ。肩幅も女性にしては広いですし」

 なりふり構わずなミスリィに、マリエッタは苦笑しながらダメ出しをする。

 彼はため息をつきながら肩を落とした。

 それを、ぽむぽむと熊手でやさしくなだめながら、彼女は提案する。

「では、こうしません? トトたちにお願いして、ガスパ国の王都を中心に探ってもらいますわ。どのような女性ですの?」

 ミスリィは、ばっと顔を上げた。

「艶のある長い白金髪が特徴的な、たおやかで美しい女性だ。そう、君の毛色と同じ」

「それならトトたちも見つけやすいわね。大陸南部では珍しい色だもの」

「そうだな、頼む!」

 マリエッタは頷いた。

 ケプトの森に帰って、トトと仲間の鳥たちに協力をあおぐと、彼らは快く引き受けてくれた。





 2月13日


 それから、しばらく後。時間は穏やかに流れた。

 果実を集めたり、湖で水浴びしたり、森を巡回したり、お昼寝したり。

 砂漠も定期的に巡回する。

 ミスリィは、マリエッタのあとをついて回る。

 ふり返るといつもにこにこしている。


 なんだか、懐かれてるみたい……


「貴方はもしや、魔獣がお好きですの?」

 冗談で言ってみた。

「そうだね、白金の姫が好きだ」

「まあ、おほほ。照れますわー」

「君は果実ばかり食べてるけど……肉は食べないんだね?」

 ここにある肉といえば、森の動物たち。


 民をむさぼる趣味はありませんわ。


 ミスリィには悪いが、ここでの狩猟は禁じている。

 ただでさえ凶暴な苔人被害のせいで動物は最低限しかいない。

 とはいえ、成人男性に果実ばかりは辛いだろうと、ケプトから米や乾し肉、豆などを譲ってもらい、それを彼に食べてもらっている。もっぱらその調理はケプトの家だ。

 ミスリィはその穏やかな気質のせいか、ケプトには話し相手としても歓迎されている。

「わたくしは高位魔獣ですから、もとより食は必要ないのですわ。でも、果実は好きなので」

「そうなのか、わたしは氷熊を見るのも触れたのも、白金の姫が始めてなのだが……本来、北に棲むものではないのか?」

「そうですわね。熱に弱いですから」

「だけど、君は平気そうだ」

「規格外なのですわ」

「──冥剣ヴァルドリッド」

「はい?」


「規格外で思い出したよ。〈魔獣王〉の魂が宿る魔獣剣があると耳にしたことがある。魔獣はふつう、黒に近いほど魔力が高く、白に近いほど弱い。それが常識だけど……それを覆した魔獣がいたんだ。白銀の毛並みが美しい巨大な有翼の虎だという」


「あぁ、それなら、わたくしも聞いたことはありますわ。一騎当千の力をふるう剣で、持ち主をことごとく廃人にするのでしたわね」

「魔境の剣とはそうゆうものだよ」

「まぁ、不吉なことをおっしゃらないでくださいな」

 レシェリールは聖獣剣の使い手だ。聖獣剣は魔獣剣と同じく人外の力を有する。

 千とまではいかないが、一度に百の敵を屠る力があるらしいので──旦那様が廃人になってもらっては困る。

「何も白金の姫が剣になるとは………え、なるのかい?」

「いえ、なりませんわ」

 むしろ剣化できるのなら、それよりも人化したい。


 …………人化……ねぇ。魔力でできないものかしら?


 人語を話せるようになったのだから、人化もイケるのではないか。という発想にいたる。

 いや、人化してもそれは紛い物の姿なのか。でも人の姿ならターナ帝国内に堂々と入れるし、レシェリールにも会える。試す価値はありそうだ。





 夜、マリエッタは魔力で人化しようと挑戦をはじめた。

 しかし、思った以上に成果が出ない。

「呪いの深さを感じるわ……」

 それでも毎晩、彼女は魔力を練りながら、ああでもないこうでもないと試す。

 ヒートアップしながら、身振り手振りはげしく魔力を形にしようと奮闘していたら、ミスリィに目撃され、あげく。

「白金の姫……それは、砂漠の民が伝統儀式で行うという……雨乞いの踊りか?」


 違います!


 没頭すると周りが見えなくなる彼女は、自分でもたまにおかしなことをやっている自覚があった。だから、ミスリィがケプトの家に泊まっている夜間にやっていたのだ。

 正直、見ないでほしかった。

 そのあと、自分の魔獣レベルが下がってるのではないかと不安になって、夜更けにケプトを訪ねた。

 書物をめくっていた彼は、快く〈魔力測定器〉を起動してくれた。


「おぉ、すごい! 高位の〈中級〉になっとるぞ!」


「……そぅですか」


 魔力が増えてるのに人化はダメなのね……


 祝いだと騒いで、彼女の好きなキノコとチーズのリゾットを作りはじめるケプト。

 テーブルを片付けお皿を用意するミスリィ。

 そんな彼らとは逆に、肩を落すマリエッタだった。





 2月17日


「わたしは芸術家でね、絵を描いたり、像を彫ったり、土をこねて陶器を作るのが好きなんだ。いつか、君を題材にした作品を作りたいな」


 ミスリィ様が最近、森の空気に馴染みすぎて、とても大事な目的を忘れてらっしゃるように思えるのだけど。……大丈夫ですの?


「最初に作るなら何がいいかな?」

「わたくしを描いたカップが欲しいですわ」

「じゃあ、そうしよう」

「生地は厚めにしてくださいね。うすいと手の中で壊してしまいますから」

 そして、マリエッタも自身が人間の女性に戻ることを、日々、失念しかけていた。

 熊手で使えるものを素で求めている。

 まったり森ライフ。濃い緑と豊かな実り。

 聞こえるのは森を渡るすずやかな風と動物たちのひそかな足音。

 世のしがらみから解き放たれて魂は浄化される。ここは現世の桃源郷。


「ほんとに大丈夫か、アンタら」


 ぬっと、青年と氷熊の間に顔を出す、苔生した緑のジジイ。


「若い時分に俗離れしたワシが言うのもなんじゃがな。いくらこの森が心地良うとも、アンタらが永住するには、ちぃと早いと思うぞ。人世に心残りはたっくさんあるじゃろ」


「「はっ」」


 マリエッタはミスリィと目を合わせる。

「トトたちは帰ってないかしら? 砂漠に巡回に出てるコたちも」

「さっきからそこにおるんじゃが……」

 トトはたくさん飛んで疲れていたので、マリエッタの頭上で羽休めしていた。

〈トト? 寝てるところ悪いけど……報告できる?〉

〈あ、うん、ただいま姫。結論から言うとね、見ることが出来ない場所が一箇所だけあったよ。ガスパ王の城にね〉

〈見ることが出来ない?〉


〈庭にいる小鳥たちに聞いたよ。若くてきれいな人間を集めてる大きな建物があるらしいんだけどね……ほら、姫の言ってたドレイっていうのが、そこにいるらしいんだ。よその国から集めてきたみたい。窓がしめきってて、中がまったく見えないんだ。ただ、人のざわめきがするし、雄はガスパ王しか入ることができない〉


「それは……後宮なんじゃ……」

 思わずつぶやいた言葉に、ミスリィが食いついてきた。

「後宮だって!? そこに彼女が!?」

 トトの言葉が分からないミスリィがあせる。

「いえ、きれいな女性の奴隷がいるのに確認できなかった場所が、後宮なのですわ。そこにいるとは限りません」

「ガスパ王め……! よもや、わたしの愛しい人に手を出したのでは!」

 いまにもガスパ国に向かって走りだしそうな彼を引きとめる。

「落ち着いてくださいな。わたくしが確認してきます」

「っ、だが、どうやって……!?」

「わたくしは〈森の最恐女帝〉なのですわ。空がダメなら、地の諜報員たちを使うまで。彼らを連れてひとっ走り行って来ます」

「待ってくれ! わたしも行く!」

「いいですけど……わたくしと貴方は王都に入らず、外で待機になりますわよ? 目立ちますから」

「それでいい! 頼むよ!」

「もしも暴走したら、申し訳ありませんが、腹パンチで止めさせてもらいますわよ?」

「そ、……それでも!」


 あら、きれいなお顔が引きつってますわよ? わたくしは有言実行ですからね。

 ちゃんと約束は守ってくださいませね。

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