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12 氷熊な王女、芸術家を拾う

物語の中盤に入ります。

新キャラ登場です。

 2月3日


〈姫、砂漠に人間が倒れてるよ!〉


 その知らせを受けたのは、太陽が真上からじりじりと砂を焼く午後。

 ケプトの森の木陰で涼をとりつつ、仲良くなった小動物たちといっしょに、お昼寝タイムを過ごしているときだった。

 日に三度、鷲に近くの砂漠を巡回してもらっていたことを、寝ぼけながらも思いだす。

 もちろん、目的はレシェリールの迎えを見逃さないためだ。

 まるで従者のごとく気を利かせてくれる可愛い鷲には、自身が人間の王女だということは話してある。彼的には中身が同じだからと無問題らしい。

 あっさり森の王から、姫呼びに変えてくれた。

 いつまでも鷲君では何なので、彼にも名をつけてある。昔、飼っていた猫の名だ。瞳が同じ黄緑色だったので、つい、そうつけてしまった。


〈トト、どんな人だった?〉


〈姫の大事な皇子じゃないよ。半分くらい砂に埋もれてたけど……あんまり怖くなさそうな顔してた〉


 トトは、欲望むき出しで賊化したガスパ民を見ると〈怖いヒト〉と言う。

 それが怖くなさそうということは、遭難した旅人かも知れない。

〈とりあえず、行ってみましょう。案内してくれる?〉

 マリエッタは森でだらだらと迎えを待っていたわけではない。

 魔力の使い道を探して頑張ったのだ。結果、人間の言葉を紡ぐことに成功している。

 まわりの空気を振動させて人間の声を作っている感じなので、本来のマリエッタの声とは少々ちがうのだが。

 ケプトには合格だと言われたが、他の人間で通じるのか試したいというのもあった。


 ……だって、ほら。ケプトは苔人ですしね。





 三時間後。

 ケプトの森に連れ帰った行き倒れの旅人は、とても順応力が高かった。

 マリエッタ以上かも知れない。魔獣である氷熊を見ても、ただ目を瞠るだけだった。

 そして──。


「君に出逢えたことは幸運だった。おかげで砂漠でミイラにならずに済んだよ、感謝する」


 目の前でにこにこと礼を言いながら微笑むのは、肩にかかるぐらいの榛色の髪に、深い森のごとく純度の高いエメラルドの瞳をもつ白皙の美丈夫。

 マリエッタは彼のことを知っていた。知り合いていどにだが。

 それ以前にも、彼に関する情報を集めたことがある。己の縁談相手として。

 条件を絞りに絞りこんだ、最後の有力候補三人の中の一人として。


 エステラン国の第二王子、ミスリィ・ハル・エステラン。現在二十三歳。

 絵画や陶芸、彫刻などの芸術分野に秀でた才あり。

 色白で絶世の美女と云われた祖母譲りの華やかな美貌。性格は物静かで知的。

 線が細くてたおやかだが、剣と弓に秀でる。芸術に閃くと他国を流浪するとても自由な人。男色の噂があるが、フラレた令嬢による腹いせによるもの。

 女に興味がないため、母である王妃が息子のために婚約者を随時募集している。


 彼はその女好きする華やかな顔で、惜しげもなく魅惑的な笑みを披露する。

「さっき話しかけてくれただろう? もう一度、声を聞かせてくれないか。何せ、もう何日も誰とも会ってなくて……淋しかったんだ」

 砂漠で見つけたときに「大丈夫ですの? 生きてます?」と声をかけたからだろう。

 ミスリィだと気づいてからは、むっつり口を閉ざしていた。

 いや、だって……なんでこんな所に、元・見合い候補がいるのだと。


 ジルヴァ大砂漠からエステラン国まで、距離的にはそう遠くはない。

 輿入れ道中でかの国を通ったとき、王都で供とはぐれ迷子になっているところを、たまたま、彼に助けられたことがある。そして今回も、たまたま遭難したところに行き会った……ただ、それだけ。深く考えるのもなんだ。


「そうですわね。その気持ち、よく分かりますわ」

 マリエッタはお腹が空いているだろう彼のために、高い枝から果実をもいで集める。彼は疲れているだろうに、背後からついてくる。

「足元がふらついてますわよ。無理をなさらず、木陰で休んでらしたら?」

「いや、大丈夫、だ……」

 木にすがりついてる時点で、大丈夫ではなさそうに見える。

 ずっと抱いていた疑問をぶつけた。

「……わたくしが怖くありませんの? 魔獣ですわよ?」

「怖い魔獣は倒れた人間を大丈夫かと背に乗せて森に運んだり、労わったりしないからね」

「……その……わたくし、わりと凶暴な力を持っているんですのよ?」


 武器となる爪のお手入れは欠かさないし、魔力による攻撃力も磨いてますからね。

 凶暴な苔人を全滅させて以来、ケプトの森の住民からも、〈森の最恐女帝〉の称号を頂いていますのよ。


「そうか、自己防衛ができるのはけっこうなことだ。砂漠は危険なガスパの民や魔獣もいるだろう。女性ならなおさらだ」

「え、えぇ……まぁ、そう……ですわね……?」

 理解がありすぎて、逆に困惑してしまう。


 あの、ふつうここは雌と言いませんか? レディ扱いなんですのね?


 王女のときなら何ら違和感ない台詞だが、三メートル巨体の氷熊にそれはどうなのか。

 女に興味はないが、上面フェミニストではあると調査書にあった。そうか、上面フェミニストは氷熊にも有効か、と納得する。

「と、とにかく、あまり動き回ると本当に体力がなくなってしまいますから、近くの湖に案内しますわ。とても涼しくてよ。そこで、これでも食べてしっかり休んで下さいな」

「ありがとう」

 ミスリィは目をほそめて頷いた。





 それから丸々一昼夜、ミスリィは眠った。

 マリエッタのあとをついて回っていたが、体のほうは限界だったのだろう。

 砂漠の夜は、昼とは逆にものすごく冷える。氷熊のマリエッタには快適だが、人間にはけっこう厳しい。寝ながら身震いしているミスリィの傍に、そっと寄りそってあげた。

 他意はない。彼にはエステラン国の王都でよくしてもらったし、遭難者でもある。だから、親切にするのは当然のことだ。


 ──それにしても、魔獣に助けられたのがそんなに感激だったのかしら? 

 レシェリール様はわたくしだと見抜いたからともかく……ふつう、怖がるものだと思うのだけど。いくら世間一般の常識で弱いと位置づけられる白金色の魔獣であっても。

 牙とか爪をみただけで引くと思うわ。


 剣と弓を持っていたのに、初対面でミスリィはそれに手をかける素振りもしなかった。


 芸術家はふつうとはちょっと感性がズレてるから、なのかしら……?





 2月4日


 夕方、ミスリィは目を覚ました。

 そして、体調が回復できたことに礼を言う。

「君のおかげだ」


 ……あの、もふもふの熊手の甲にキスするのはやめてもらえませんか? 

 客観的に見てとてもシュールなのですわ、美丈夫様。


「毛触りも良いな」


 混ざり物なしの天然純毛ですからね! わたくしのお昼寝タイムには、森の小動物たちがこぞって毛づくろいしてくれますわ。


「ありがとうございます。ところで、どちらへ行かれるご予定だったのでしょう? よろしければ、これも何かの縁。近くまで送ってさしあげますわ」

 すると、彼はすこしだけ眉間にしわを寄せた。何かとても苦悩している様子。

「──東の砂漠には人探しに来たんだ」

「人探し……ですか?」

「想い人が……行方不明なんだ。誘拐されたらしくて……足取りがまったくつかめない。おそらく東砂漠の中立地帯であることぐらいしか……」


 ガスパ民が旅人を襲う東砂漠。それはまた、絶望的と申しますか……。


 がっくりと肩を落としてうなだれている。ずいぶん探し回ったのだろう。

 水と食料は底をついたと聞くし、衣装やマントも砂まみれであちこちほつれ破れている。刃物で切られたような跡もあり、賊とやりあったのであろうことも知れた。

 あの集団からよく逃げ切れたものだ。

「この森近辺の砂漠でよければ……探すのをお手伝いできますけど」

「それは願ってもない! わたしのことは、ミスリィと呼んでくれ」

「ミスリィ様ですね」

 知ってはいるが、白々しく今知りました感で答える。

 ミスリィは、うれしそうに両手でぎゅうと熊手をにぎってくる。肉球が気に入ったのか、ぷにぷに押してくる。

 ここで、マリエッタと名乗るべきか、考える。

 だが、ちょっとした顔見知りであるとはいえ、以前会ったときは互いに最後まで名乗らなかったことを思いだした。


 ……あら? 今なにか、とても不自然な気がしましたわ。

 まあ、いいですわ、ご自分のことでいっぱいいっぱいの方に、こちらの複雑な事情を語るのは気が引けますもの。


「では、わたくしのことは熊k」

「白金の姫はどうだろう?」

 彼はすかさず言葉を重ねてきた。にこにこと微笑む。


 え、わたくしの正体知ってるんですの!?


 姫と言われて、ぎょっとしたが、続く台詞でそうではないと知る。

「その美しい白金の毛並み! たおやかな動作に、心優しい気配り! 美しい言葉使いにイントネーション! 君は姫を名乗るにふさわしい!」


 ……えぇ、生まれたときから姫ですから。

 何でしょう……改めて言われると照れますわね。

 だけど、魔獣をここまで誉め倒す人もめずらしいのではないかしら。

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