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レシェリールと聖獣剣④

 ブレア・クレアは戦場において、本領発揮すれば、向かうところ敵なしの強大な力を発する聖獣剣ではある。

 ────だが、初陣以外では、ただの剣としてレシェリールに扱われていた。


「それって、あたしの存在イミなくない!?」


 かってに魔力を発動して、いっきに敵を灰燼にしようとした。

 そのときレシェリールは、聖獣剣をその場で投げ捨てた。

 そして、近くの兵から受けとった予備の剣で戦い続けたのである。

 剣術に自信があるゆえの矜持。

 自己中なブレア・クレアも、戦場で投げ捨てられたショックから、「今後、レシェリールが窮地に陥らないかぎりは、決して戦場で魔力を解放しない」という約束を受け入れた。

 そして、そんな日は、四年過ぎてもまったく来なかった。

 彼は生粋の戦の天才だったのだ。





 レシェリールにとって、彼女は小うるさい姉のような存在であった。

 この剣捨ててしまおうか──と本気で思うことも、度々あった。

 彼女の過保護ぶりが度を越すようになったのは、特にここ二、三年。

 自分に近づく若い女性に対して容赦がない。

 時にしんらつな言葉を投げつけては相手の心をへし折り、時に過激な手段で物理的に排除する。戦場じゃないから、魔力を使ってもいいと解釈しているらしい。

 そのころはまだ、戦功を上げることに夢中で、恋人や結婚相手を欲しいとも思ってなかったから──正直、虫除けをしてくれるていどにしか思わず、そう強く諌めることもしなかった。まだそう、殺してはいけない者を殺したわけでもなかったので。

 だが、これはと思う女性を見つけ、婚約者として呼びよせた矢先──あのバカ鳥はやらかした。


「レシェはぁ、女に免疫がないから、騙されてるだけだしぃ~。あのアバズレなら、あたしが始末してあげたからね!」


 あろうことか一国の王女を魔獣・氷熊に変え、砂漠に放りだしたのだ。

 ブレア・クレアは、限定一名に対し強力なまじないをかけることが出来る。

 レシェリールにしつこく絡む女性によく使っていた手だ。

 本人はまじないだと言っていたが、そんな可愛いものではない。悪質な呪いだ。

 救いだったのは思った以上に、かの姫のメンタルが強く、運も強かったことだ。

 灼熱の砂漠という氷熊にとっての悪環境をものともせず、魔力で順応し、なおかつ砂漠にある数すくない森にたどり着いていた。

 もともとは魔力のないはずの彼女に、それが顕現したのはふしぎなことではあるが──魔獣化したことと関係があるのかも知れない。


 彼女は砂嵐で遭難していたレシェリールを助けてくれた。

 「砂漠に放り出した」としか、ブレア・クレアは言わなかったが、目が醒めて視界にはいった魔獣を見て、見事な白金の毛と、砂漠にいるはずのない氷熊であることで、すぐ姫に結びついた。

 彼女はこちらの動揺を見て恐怖しているのだと勘違いし、距離をおこうとした。

 気遣いをみせる姿が居たたまれなかった。

 自分こそが彼女をそんな目に遭わせた元凶だというのに。

 ブレア・クレアの執着が自分にさえ向いていなければ──


 砂漠に出る前にバカ鳥には絶縁を言い渡した。主従の解消の宣言。

 一方的なそれだけで、ブレア・クレアとの契約が切れるわけではないけれど。


 昔、乳母であるナシャが話してくれた、リン帝の最後を思いだしていた。

 聖獣剣を手に華々しい戦果を上げるも、たった三年で狂死した若き皇帝。

 今ならその理由が分かる。おそらく恋人か妻をブレア・クレアによって奪われたのだろう。

 マリエッタにはブレア・クレアが聖獣剣だとは言わず、ただの迷惑な身内であるかのような説明をした。

 今回のことがなくとも、いずれ聖獣剣を手放すつもりではいた。


 人は強力なものに惹かれる。この四年間、レシェリールの価値はいつも聖獣剣とともにあった。〈聖獣剣の使い手〉、あるいは〈炎獄双剣の英雄〉と呼ばれて。

 だれも、それを手放した彼を想像しない。

 だが、エッジランド国王都で出会ったマリエッタは違った。


 ──彼女は流言に惑わされず、私と聖獣剣を切り離して見てくれていた。

 だからこそ、あんなもの(馬鹿で執着に病んだ自己中ケモノ)が、ずっと傍にいたなどと知られたくない。……万年少女に化けるのだ、誤解されたくない。


 ブレア・クレアの放つ人外の力には及ばずとも、人世での剣術ならばだれにも負けない自信はあった。だが、その驕りが一瞬のすきを生み、毒矢を射かけられた。

 姿の見えなくなった姫に動揺していたとはいえ────そんなことは言いわけにはならない。

 あのとき、朦朧とする意識の中、崖上から聞こえた声。


「イヴァン! まだ、奴は生きてるぞ!」


「レシェリールに止めを刺せ!」


 謀られたのだと知った。

 軍部であらゆる武器の扱いに長け、魔法士でもある第四皇子イヴァン。

 彼は皇帝の若きころのように、軍部を掌握し英雄になりたかったらしいが──

 英雄視されるレシェリールのせいで、どれだけ頑張っても陽の目を見ない。もとより上に立つ人間としては粗が多く、軍内において彼を支持する者はほんの一握りしかいない。

 しかし、ガスパに加担するほどまで憎まれていたとは思わなかった。


 毒で視界が不自由になり、駆けよってきた姫の顔をさわって、怪我を負っていることに気づいた。毛と肉の焦げついた臭い。

 火炎魔法を得意とするイヴァンにやられたのだと察しがついた。

 自分が崖下の賊を始末している間、崖上にいた連中とやりあったのだろう。

 あたりが静かになったので、彼女によってイヴァンたちが戦闘不能にされたのだと知った。


 それから情けなくも意識を手放し、気づけば軍の天幕の中。そして、手当てをすべくターナ帝国に強制送還されたのだ。

 白金の氷熊がマリエッタ姫であることを告げ、無傷で保護せよと、信頼できる騎士隊長に命じたものの──いまだ吉報は届かない。





 皇宮にもどって半月近くが経つ。

 寝台で上半身を起こし、しばらくぼんやりしていたレシェリール。

 その紅茶色の髪を、窓から吹きこむ風がゆらした。

 視界のはしに、あざやかな緋と黄の布がちらりと映る。

 主従を一方的に切ると宣言したのは、レシェリールの方で。

 それに納得せずにストーキングしている聖獣剣の乙女が、窓からちらちらと窺っている。気づけとばかりに顔を半分出していたが、それでも無視していると室内に侵入してくる。

 目が醒めてから毎日だ。おそらくは、毒抜き後の体力落ちで昏睡している間も来ていたと思われる。


 寝台脇の小卓に用意された薬を飲もうと手をのばすと、真紅の結い髪をゆらしてひょこひょこと近づいたブレア・クレアが、すばやく薬包を手にする。

 包みをひらいて「ハイ、あーんして」とか言っている。

 ベルを鳴らすと廊下にひかえていた従者が飛んできて状況を察し、新たに薬と水を盆にのせて運んでくる。それを飲み終わると、ブレア・クレアに睨まれながら、従者は盆を下げて部屋を出ていった。


 すぐにあわただしい足音がして警備兵たちが現れる。

 ブレア・クレアを見て「またか」というような顔をすると、騒ぐ彼女の両腕を二人でつかんで外に引きずり出していった。彼女とはこうして、ずっと口を利いていない。

 毒の後遺症のせいで、しばらくはしゃべれないから、肝心の解呪方法を聞きだせない……というのもあるが、あんなのが傍にいたら回復が遠のく。


 ブレア・クレアは今、マリエッタに呪いをかけることで、自身の魔力に大きな制限をかけられた状態にある。

 聖獣剣にも、聖獣にも変化できない。乙女姿のままで空を飛んだり、皇宮内の音を拾うぐらいしか魔力を使えない。つまり、ほぼ全力投球で呪いがけを行っている。

 不便さゆえ、これまで最長で三日しか続かなかった。理由はブレア・クレアの方が耐え切れず、みずから解呪するからだ。


 だが、裏を返せば、三日以内に彼女の満足のいく結果が出たということだ。

 呪った相手の心が、修復不能なまでにポッキリ折られたということ。

 マリエッタの心は折れない。

 だからこそ、主人に背かれたブレア・クレアは意地でも解呪しない。どれだけ自身に不便を感じようとも。

 レシェリールは寝台をぬけだし、ふらつく足を叱咤しながら歩く練習をする。

 一刻もはやく回復して彼女を迎えに行くために。





 ケプトの森にて。

 その頃のマリエッタ。


「ガゥワオオオオオオォ──!〈大漁ですわぁ──っ!〉」


 大量の旨キノコを狩り、レシェリールの心配をよそに、意外と森ライフを満喫していた。

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 当作品「氷熊な王女の輿入れ」は、現在、2chRead対策を実施中です。

 部分的に〈前書き〉と〈本文〉を入れ替えて、無断転載の阻止をしています。

 読者の方々には大変ご迷惑をおかけしますが、ご理解の程よろしくお願い致します。 

 (C) 2016 百七花亭 All Rights Reserved. 

 掲載URL: http://ncode.syosetu.com/n2228dq/


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次回から物語は中盤に入ります。

新キャラが登場です。

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