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レシェリールと聖獣剣③

 三ヶ月後。

「レシェ、だいぶ剣の腕を上げたね~。もう、あたしじゃ教えられないかなぁ」

 始めのうちはご主人様呼びしていたが、ブレア・クレアはだんだん遠慮がなくなってきた。元々なれなれしかったが、主従という概念を正しく理解してないように思う。

 そして、はたから聞けば、すごいところまで剣術が上達したように聞こえるが、何のことはない。ブレア・クレアは剣であって剣士ではない。

 剣術に関しては素人に毛が生えたていどで、基礎中の基礎を教えてくれただけだった。


「けっこうです、体力もついてきましたから。これからは軍部で指南してもらいます」

「じゃあ、あたしもお弁当持ってついていくね!」

「いりません。食堂に行きます」

「え~、レシェの好物の肉料理いっぱい作ってあげるのに~」


 肉料理はいまだ苦手だ。だけど、剣をふるうには体力が必要で。

 またアンナのようなエゴに生きる人間に出会わないとも限らないので、強くなるためにも食べざるをえなかった。

 食べるときには無心を心がけている。だから、味なんてわからない。


 ブレア・クレアはレシェリールに興味を向けてはいるが、基本的に自分本位なので、そういった他人の心の機微に鈍い。

 ついて来たがる彼女に「来たら主やめますよ」と、クギを刺してから軍の鍛錬場に向かった。レィルと名乗り、剣稽古をする子供の集団に混じる。

 そのせいか、だれも第三皇子だとは思っていないようだ。

 一応、男児の衣装を着てはいたのだが、妙に先輩たちが優しかった。

 のちのち、本気で女児とまちがわれていたことを知る。





 あの事件以来、三日に一度の割合で、皇妃は小離宮を訪れるようになった。

 どうやら、ナシャの死が皇妃まで伝わっておらず、信頼できる彼女がいることですっかり任せきりにしていたらしい。

 外交嫌いの皇帝に代わり、外国の式典などに赴くことも度々で、公務に忙殺されていたのだと、構えずにいたことを侘びてくれた。


 ……謝罪は受けとりましたから、来るたびに皇宮料理人がつくった肉料理を手土産に持ってくるのやめてください。食べきれません。吐きそうです。


 ということを、真綿にくるんで柔らかく言っておいた。

 おそらく自己中な女中が得意げに進言したのだろう。余計なことを。

 その次からは、めずらしい異国のお菓子や、高級な紅茶葉が手土産になった。


 おいしい紅茶やお菓子は好きですが……息子の機嫌とりなんかせず、公務に励んだほうがよくないですか? あぁ、外交官を増やしたんですか。そうですか。

 父上がナマケモノだと大変ですね。後宮を増築させて昼間から色欲の宴にふけっていると、軍の幹部たちがあきれているのを見ました。もう嘆く段階じゃないんですね。

 昔は軍を先導する英雄だったらしいけど、もうダメでしょう、あのヒト。

 元帥の肩書きを返上して、さっさと長兄殿に帝座をゆずればいいのに。


 長兄は十九歳、まじめで文武両道だと聞いている。

 二番目の兄は十六歳、不まじめな遊び人で、言動が女っぽい変人らしい。

 兄弟はほかに異腹の第四皇子と第五皇子がいる。ふたりとも同い年だ。

 第四皇子は鍛錬場でよく会うが、気性が荒くだれにでもつっかかる。すでに七歳で問題児扱いされている。第五皇子は勉強が好きらしく図書室に向かうのをよく見かける。

 小離宮の外に出ると、いろいろなものを見たり聞いたりすることができるようになった。

 自分の世界がここだけではなかったのだと実感できる。


「ほら、レシェリール。これもお食べなさい。北国の使者から頂いたお菓子よ」


 自分と同じ顔の母が、にこにこしながら可愛らしいオレンジ色の紙につつまれた菓子をくれる。ドライフルーツに金糸の飴細工を格子状にかけたものだ。

 会ったときは何の感慨も湧かなかったが、決して悪い人ではないのだと知った。

 母親としてみずからの失態を挽回しようとしている。

 燃えた小離宮は急ピッチで建て直され、新しく配属された者たちは、レシェリールを蔑んだ目で見ないし親切だ。それに一流の教師もつけてくれた。


 ナシャが乳母となった時期に、四人ほど皇妃自らが選んだ女官と侍女をつけてくれていたらしいが、いつのまにか四人とも不慮の事故で亡くなっていたという。

 そして、ナシャ同様、その連絡も皇妃に届かなかった。

 事故処理に当たった者の人事異動や伝達忘れ、報告書類の紛失、皇妃の使いに立った者の怠慢など──信じられない頻度での〈偶然のミスの重なり〉だった。

 不審に思い調査させても、それ以上のことはつかめず。

「美味しいでしょう?」

「はい、あの……」

 物陰から自己中女中のけわしい視線に、物騒なものを感じる。

 それは無視して彼は続けた。


「体調も良くなってきたので、そろそろ男の格好をしたいのですが……」


 そう、まだレシェリールは女の子の装いをしていた。

 鍛錬場に行くときだけ男の衣装を着ている。それに関して、皇妃や小離宮で働く者たちは知らない。マントをはおってこっそり行くから。

 母は慈愛の笑みを浮かべ、まっ向否定した。


「いけませんよ。そんなに細い体では、いつ病魔が戻ってくるかわからないでしょう? もっと太く、逞しく、男らしくなるまで、決して女装を解いてはなりませんよ」


 すぐには無理と知りがっかりしたものの、毎日、剣稽古をしているのだから、太く逞しくなるのもそう遠くはないだろう……と、このとき彼は思っていた。

 まさか、十二歳まで女装を続けることになるとは思いもよらず。





 レシェリール十三歳。

 皇家の男子は十三で戦場に立つことが決まっている。

 同年で妾腹の第四皇子イヴァン、第五皇子カイエとともに、好戦的な砂漠の国ガスパからの軍侵攻を抑えなくてはならない。

 初陣で真紅の双剣を手に、他の追随を許さず活躍したレシェリール。

 それは、伝説の聖獣剣たる〈炎獄双剣〉であると噂が広まった。

 まばたく間に、新たな時代の英雄として彼はターナ帝国の民に歓迎された。





「お見合い……ですか? 私にはまだ早いと思いますが……」


 レシェリールは困惑を隠さず、目の前の男に返答する。

 見た目の幼さで侮られることが多いため、自分のことは〈ぼく〉ではなく〈私〉と言うようになった。

「いえいえ、そんなことは断じてありません! 聖獣剣の使い手たるレシェリール殿のところに、来ないほうがおかしいのですよ!」

 たしか文官だったとは思うが、名が思いだせない。たぶん、それほど重要なポストの人間ではないのだろう。その男は自分の娘の絵姿を手に、必死に猛アピールしてくる。

 レシェリールは断りながらも足早に廊下を歩いているのだが、それでも彼はうしろを追ってくる。

「うちの娘、美人でしょう! 気立てはいいし、教養もあるし、男を立てるし文句のつけようがない!」

 ここで「そうですね」なんてお世辞を言おうものなら、一気にたたみかけて見合いの場をセッティングされそうだ。

「お断りします」

 スパッと断るに限る。

「何故です!?」

「今、結婚する気はありませんから」

「いやいや、うちの娘に一目会えば、そんな考え吹っ飛びますよ!」


 こいつ、どっかへ吹っ飛んでくれないかな。


 そう思っていると、廊下のつき当たりで待ち伏せしている集団がいた。

「あ! 何抜け駆けしてるんですか! 下っぱ文官の分際で!」

「ちょっと待て、伯爵たるわしが先だ! どかんか!」

「レシェリール様! あたくしのお茶会においでませ! 可愛い娘がよりどりみどりですわっ」

「うちの孫娘がどおしても英雄殿と夫婦になりたいゆうてなぁ!」

「レシェリール! 俺と付き合ってくれ!」

 とりあえず、彼は踵を返して来た道を全力で逃げた。





「レシェってばぁ、モッテモテね☆」

 揶揄しているようで、冷めた目の真紅髪の女が目の前にいる。

 小離宮の私室にもどってきたレシェリールは、窓辺に腰かけ、手の中の紙を鳥の形に折りたたんでいる彼女を怪訝に見た。

「そこで何をしているんです」

「ん~? らぶれたぁがね、そこのテーブルにあったから」

 折った紙の鳥を、窓の外にヒョイと飛ばす。

 庭の上空に舞い上がったところで、ボッと真紅の火に包まれて灰になる。

「ラブレター?」

「なぁんか、レシェのこと、いつも見てるとか書いてるんだけど~」

「待って、どうやってこの部屋に?」

 手紙類はいつも決まった女官がまとめて持ってきてくれる。

 レシェリールが部屋にいるときに。それ以外で手紙が室内にはいることはない。

「レシェが昨日、食堂で食べたメニューとか、着てた下着の色とか、背中にあるホクロの位置とか、書いてんだぁ──」

 彼はおののいた。

「……差出人は?」

「名前なーし」

「……魔法での、監視ですか」


「この部屋も小離宮も探したけど、かすかな魔力痕跡はあっても魔道具のたぐいは見つからなかったから……使い魔だと思う。それもかなり優秀なの使ってる。となると限られるからね! 明日中には片付けておくから、レシェは安心して!」


 ブレア・クレアはイイ笑顔で、不穏ただようことを言った。

「生かしたまま捕まえて下さい」

「えー……まぁ、いいよ」





 翌日、ブレア・クレアが犯人をスマキにして捕まえてきた。

 皇宮内の魔法研究所にいる副所長だ。

 娘可愛さに使い魔に覗きをさせ、レシェリールのプライベートを教えていたらしい。

 まさか彼も、娘がラブレターに「覗きやってま~す」なんてことを書くとは、夢にも思ってなかったのだろう。

 ブレア・クレアを前にガタガタふるえていた小太り中年の副所長だが、レシェリールが現れると天の助けとばかりにまくしたてた。

 以下内容→謝罪一割、娘自慢九割。

 とりあえず猿ぐつわを噛ませた。


「どうするかな、これ……」

「レシェが悩む必要ないよ。口に石でも詰めて下町のドブ川にでも沈めておくから。使い魔のほうは二度と悪さしないように、お仕置きしたし~」

「心情的にはそうしたいけど、彼、けっこう重要な職についてますからね。実行すると父上がうるさそうです」

「じゃあ、こいつの代わりにそそのかした娘を罰すればいいよね!」

「んんんんん~~~~~ッ(それだけはやめてくれぇ~~~ッ)」

 副所長は抗議するかのようにもがいている。

 面倒だというのが、レシェリールの心境だった。

「私に恥ずかしい思いをさせたのだから、彼にも同じような目に遭わせるのが妥当でしょう」

「……分かった」

 かなり不満そうな顔でブレア・クレアはうなずいた。





 その夜、後宮の屋根をぶち抜いて、大浴場に裸で落ちてきた副所長の姿があった。

 権勢と陰謀渦巻く後宮。そこで苛烈な生きのこり競争を強いられる女たちが、この不届き者を許すわけもなく。日ごろの鬱憤晴らしもあったのだろう。

 文字通り袋叩きにされ、現在、彼は牢の中で虫の息となっている。


 その後も、レシェリールにすり寄る輩はあとを絶えず。

 やり過ぎだと思ったその一件も忘れてしまうほどに、貴族からのお見合い作戦ごり押しと、若い娘たちの追いかけに辟易とする日々が始まった。

 ブレア・クレアが毎日のようにイライラするようになったのは、のちに思い返せばその頃からだったように思う。

 ある日、彼女が唐突に言った。


「ねぇねぇ、レシェ! あたしがレシェのお嫁さんになればいいと思わない? そうすれば、あの身のほど知らずな小娘たちも諦めると思うの~! ねっ、煩わしさも消えて一石二鳥でしょ!」


「何言ってるんですか、ケモノと結婚なんて出来ませんよ」


 訓練用の剣で素振りをしながら、そっけなく返した。

 ふいに静かになったのでふり向くと、ガビンと擬音がつきそうなほどに、彼女は顔をこわばらせていた。


「レシェリールのバカあああ! 大キライ──ッ!」

 泣きながら飛び去っていった。


 そのまま帰って来なくていいのに。


 翌日、けろっとした顔で現れたので、トリ頭だから仕方ないかとためいきをついた。

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