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レシェリールと聖獣剣②

 レシェリールは天井に浮かぶ女を見つめる。

 うしろの壁の模様が透けていることから、実体ではなさそうだ。

 ブレア・クレアと名乗る女の前を「そうですか、さようなら」と言って、素通りしてゆく。

《ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 今の聞いてなかったの!? あんた、もうじき死ぬんだって!!》

「知ってます」

 十中八九、このまま小離宮に留まればアンナたちに弄り殺されるだろう。

《だから、待って! そっちに女がいるし!》

 ぴた、と彼は足を止めた。


 夜も更けたので、昼間ずっと探し回っていたアンナたちは疲れて眠っただろうと思ったのだが、裏庭で見はっていたのか。


《あんたが五日も隠れてるから、あせってるんでしょうね~。昨日、皇妃の使いが怪しんで踏みこもうとしたの。「寝こんでるから遠慮しろ」ってぇ、必死の形相で追い返してたしぃ……って、ちょっと! 教えたのに礼もナシ!?》


 窓によじのぼり、そこから外に出ようとしていたレシェリールは、ちらと、ふり向いて無表情に言った。

「ドウモアリガトウ」

《すごい棒読み!》

 庭にそっと降り立ち、あたりの闇をうかがう。

 裏口の方を目をこらして注視すれば、なるほど三つほど人影がある。

 警備兵は表口にいるのを確認しているから、たぶんあれはアンナと元・料理人、それからアンナにベタボレしている皇宮薬師だろう。

《ほぅらね、あたしの言ったとおりでしょ》


 ……一人足りない。


 警備兵は昼夜交替なので二人いる。

 彼らもアンナと仲がいいため、捕り物にはかならず参加すると思っていたのだが。

 身をかがめ足音を立てないように移動をはじめる。小離宮をかこむ五メートルもの高い塀の前、一箇所にだけそれを越える大きな木がある。

 木に登り、塀を越えて外に出るつもりだ。降りるときのための縄も用意している。

 しかし、腕に力がはいらなくて、なかなか登れない。虚弱な体が恨めしい。

 背後で《んふふ、手伝いましょうか~?》と言う声を無視し、四苦八苦して、息を切らせながらも何とか半分まで上がる。塀の向こうからクシャミが聞こえた。

《あらら~、見張りがもう一人いたのねぇ》

 楽しそうにブレア・クレアが目をほそめて笑う。


 ほかに逃げ道は、ない。──なら、作るしかない。


《ねえ、あたしならあんたを助……って、ちょっと!? どこ行くの!? ヒトの話は最後まで聞きなさいよ!》

 レシェリールは木を降り、ふたたび窓から小離宮の中にもどった。

 厨房に人がいないのを確かめ、すべりこむ。火種ののこった竃から蝋燭に火を移した。

 それを見たブレア・クレアが顔色を変えた。

《まさか、逃げられないからって自殺する気!? 冗談でしょ! やめてよ! せっかく見つけたのに!》

「……うるさいのでだまってください。自殺はしません。彼らが火事でおどろいてる間に逃げます」

《あんたね! こんな塀にかこまれた場所で、火放って逃げきれると思ってるの!? 木もろくに登れないノロマのくせに!》

 レシェリールは、ムッとして彼女を見た。

「ぼくはノロマじゃないです。仕事をしない尻軽女による虐待での傷が治っていないので、体が思うように動かないだけです」

《……何このコ、辛らつ……って待って、やめて! 火をつけないで! あたしの本体もここにあるんだからあっ!》

「代々の皇帝を死なせた凶事まつわる武器なんていらないと思います」

《え、いや、あれはちゃんと理由あるから! 封じられてる身で逃げられないから! マジでやめて!》

「属性炎だと知ってます。死ぬわけないでしょ」

《熔けちゃう! 自慢の国宝級ガーネットのついた金の柄と鞘がダメになっちゃうから!》


 やはり刃は残るのか。


「これしかもう方法が思いつかないので」

 壺に入った食用油をまいて火を放ち、蝋燭をもったまま厨房を出て、そこからすこし離れたリネン室にも火を放つ。


《いやああああ!》


 ごうごう燃える音を背に、レシェリールは廊下を表口に向かう。

 窓から外を見れば、庭であわてふためいている五人の姿が見える。

 ふと背後をふり向けば、泣いてる真紅髪の女。

 その姿にちょっとだけ、アンナに持ち物を奪われたときの気持ちを思いだした。

「ところでお姉さん、なんでぼくの前に現れたのですか?」

《か、可哀相なコだから助けてあげようと思ってたのにぃ──》

「そのわりに、ニヤニヤしながら見てましたよね」

《た、頼ってくれるのを待ってたのよっっ》

 外から金きり声で叫ぶ女の声。

「ふうん」

 耳障りな声が近づいてくる。どうやら建物の中に入ってきたようだ。

 あまりいい予感はしない。あの女ならきっとこの状況に便乗してくるだろう。

 だから、レシェリールは決断した。

「じゃあ、助けてくれますか」


《あ、あたしの名を呼んで、ブレア・クレアと……そして、ご主人様になるって誓ってくれるなら!》


「わかりました。ブレア・クレア、あなたの主人となることを誓います」


 彼女は目を瞠り──それから、喜色の笑みをこぼした。

 年頃の、かわいらしい乙女の笑みとも表現できるその裏に、鳥肌立つような邪気を感じたのは、一瞬。


《これより、あたしはレシェリール・ブラン・ターナの剣となり楯となることを誓います! いついかなる時もその命を守り、敵となる者を天涯の聖なる炎で焼き払ってみせます!》


 ブレア・クレアは誓いの言葉を返した。

 このとき、彼女との間で、目に見えない何かが結びついた気がした。

 例えるなら、魂に光沢のある真紅の鉤爪がかけられて、彼女に引きよせられたような───そんな嫌な感じが。

「……なんで、フルネーム知ってるんですか」

《生まれたときから見てたから~~》

「気持ち悪いです」

 主を得た聖獣剣は、封印をたやすく破った。

 それは、もともとそうゆう封印であったのだと、後に知る。

 いつの日にか、皇家に聖獣剣を御せる真の使い手が現れることを願って──

 それだけの覚悟ある者による名の呼びかけで、解けるものだと。

 聖獣剣は歴史の中では、〈炎獄双剣〉の異名で通ってきた。

 聖獣ブレア・クレアは炎の属性。炎を自在に操ることができる。

 目の前にいる透けた彼女は、見る間に実体をもつ。


 レシェリールは彼女に対し、まず、炎の被害を発火場所のみにとどめるよう指示した。

 ちょうどそのとき、廊下の角から憤怒にまみれた形相のアンナが現れた。

 その手に短剣をにぎりしめている。レシェリールを見たとたんに、奇声を発して猛然と駆けだした。


「今のご主人様の体力じゃ、聖獣剣を使うのはムリだからね。ここはあたしに任せて!」


 一瞬で、ブレア・クレアは巨大な真紅の鳥となった。その頭はふたつある。

 アンナに突撃し、太い鳥脚でその胴をがしっと掴むと、そのまま壁を破壊して飛び出していった。

 庭から「ヒギャアッ」とか「ゲエッ」とか「グボオッ」とか、およそ女性とは思えない悲鳴が聞こえてきたが、しばらくすると静かになった。

 見に行くと、口から泡を噴き白目で地面にころがっているアンナがいた。



「聖獣剣の主になったことは、まだ黙っておいたほうがいいよ~」

 ブレア・クレアがそう助言する。

「周囲が知れば、皇帝でも理由なく取り上げることはできないだろうけどぉ……きっと、期待に答えろとか言いながら、過剰な鍛錬で潰しにくると思うから」

「……父上は下種ですか?」

「下種なのよ」

 ブレア・クレアは封印されていても、皇宮内で起こっている事ぐらいは知っていた。

 皇帝のワンマンぶりも当然、知っている。

「息子が国宝に選ばれたのを喜ぶどころか、妬みに走る。そーゆー小物だからね~」

 ナシャが話す皇帝にもあまりいい印象を受けなかった。

 だから、レシェリールも黙っておくことにした。





 それから一夜が明け、小離宮が燃えたことで軍からの調査が入った。

 いつのまにか、放火は賊のしわざで、聖獣剣は盗まれたことになっていた。

 新しく派遣されてきた使用人たちの中に、真紅髪の女中がいたのだが、だれもそれを不審には思わないようだ。

 盗品を売りさばいていたのはアンナだけでなく、ほかの四名もだった。一度は解雇したはずの元・料理人が居座っていたことで、彼が賊の主犯とみなされた。

 単に警備のすきの甘さをついて、居座っていただけだとは思うのだが。

 封印され長年放置されていたとはいえ、大軍をも壊滅できると云われる聖獣剣。

 その行方を躍起になって探す軍は、無関係だとわめく四名の男たちを拷問室へと引きたてて行った。


 一方、アンナは何かに取りつかれたかのように、罪を自白しはじめた。

 後宮の主人である皇妃への羨望と妬み。

 乳母ナシャを皇宮薬師の手で殺させたことも。レシェリールを虐め抜くには、世話役の空きが必要だからという、身勝手な理由からだった。

 話し終えると「早く、早く牢に入れて! あいつがやってくるうう!」と叫んでいたとか。彼女を送りこんだ大臣もまた、その役職を解かれ地方へ飛ばされた。


 はじめて皇妃自らがやってきて、痩せてアザだらけの息子を抱きしめた。

 レシェリールとしては、やっと身内に会えたという感慨もなく、実に乾ききった何かを感じながら、はりつけた笑顔で見舞いの礼を述べるだけ。

 おそらく、彼の中での身内は乳母のナシャだけだったのだろう。

 黒髪黒瞳ではあるが、自分そっくりの母の顔を見て、「あぁ、だからアンナの標的にされたのか」と思うぐらいだった。

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