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11 氷熊な王女、森主の智に頼る

 マリエッタは自分の身の上を明かした。

 北国エッジランドの第二王女であり、輿入れ途中にブレア・クレアと名乗る女に呪いを受け、魔獣となったことを。

 ケプトは黙って聞いてくれた。そのあとに「呪いを解く力にはなれんが、できる限りの協力は惜しまぬから何かあれば相談してくれ」と、言われた。


〈自然学者って魔獣のことには詳しいのかしら?〉

「森に入る前には雑食でな。生物ならば何でも調べたがる癖があった。魔獣もしかり。何が知りたい?」

〈わたくし、大気中や、人間から魔力を吸収できますの。これって、よくあることなのかしら?〉

 自分だけの能力なのか知りたかった。

「ふむ、それは──かなり珍しいことじゃな」

 彼の説明によれば、魔獣の中には〈魔力吸収型〉というのが存在するらしい。

 個体数が非常に少なく、氷熊もこれにあたる。


「例えば、一万種の魔獣がおったとしてな、その中のわずか二、三種しかおらんのじゃ。悪魔や精霊ですら、他者の魔力をまるっとわが身に吸収できる者は少ない」


 大気中には芥子粒サイズの最下位精霊、α霊〈アルファ・スピリット〉がいる。

 これまで、マリエッタが無意識に吸収していたのが、その魔力だという。

 魔力をもつものは、それを使いすぎると倒れることがある。だが、休息をとることで体力の回復とともに、魔力は一定量までもどる。

 すぐに魔力補給できるのが、〈魔力吸収型〉の利点といえるだろう。


〈わたくし、最初から高位魔獣なのだと思っていたけれど……白金色だし……もしや、下位魔獣から段階を踏んで高位魔獣になっていたのかしら?〉


 だとしても、ずいぶんと短期間で──ということになるが。


「砂漠にもα霊はおるからな。長距離を移動したなら、けっこうな量の魔力を吸いとったじゃろ。〈森の暴君〉を倒した時点で、すでに上位魔獣の〈上級〉じゃと思うが……」


〈え、でも、高位魔獣って魔力だけで生きていけるのでは? わたくし、〈森の暴君〉に遭う前、三日ほど絶食状態で空腹を感じなかったのですけど〉


「そりゃ、アンタ。その分厚い皮下脂肪のおかげじゃろう。だての蓄えじゃないぞ」

〈皮下脂肪……〉

 思わず、自分のぽってりしたお腹をマリエッタは見つめる。

「魔力量が気になるなら、調べてみるかの?」

 例の、ガスパ調査団が落としていった荷の中に、〈魔力測定器〉があるという。

 それは精霊言語で起動させるタイプの魔道具。


 王族や貴族は高価で便利な魔道具を起動させたり、国や各家に伝わる古書などを読むためにも、あるていどは精霊言語(=古代言語でもある)を身につける慣習がある。

 もちろんマリエッタも習った。だが、発音が難しくて苦手だ。魔道具は正しく発音しないと起動しない。

 悲しいことに、マリエッタは魔道具の起動に成功した試しがない。

 父王や妹たちも苦手だと言っていたので、おそらくこれは素質のある者でないと無理ではないかと思う。古書を目読する分には問題ないのだが──


 ケプトは正しく精霊言語を発し、〈魔力測定器〉を起動させた。

 ただの金属の箱にしか見えないが、それに熊手を乗せると、金属の側面に光の数字が現れる。


「魔獣のレベルで言うなら、高位の〈下級〉じゃな」


〈高位魔獣でも一番下ということ?〉


「いや、もう一段下に〈最下級〉がある。高位魔獣は上から〈未知級〉〈上級〉〈中級〉〈下級〉〈最下級〉に分化されとってな。この一段階ごとの魔力値には大きな隔たりがある。まぁ、アンタならすぐ〈中級〉まで増えるじゃろう。森は砂漠よりずっとα霊が多いし……じゃが、それ以上はα霊だけで増やすのは難しいと思うぞ」





 1月31日


 ケプトの森には大きな湖がある。

 氷熊になってから泳ぐのが得意だと気づいた。

 マリエッタは、人間の時には犬掻きで五メートルしか泳げない。ほぼ金鎚だ。


 泳げるってステキ!


 早朝から、ざぶざぶ水に潜って遊んでいると、声をかけられた。

 肩に小鳥を乗せたケプトが岸にいる。

「ちょっと不穏な噂を小耳にはさんだんじゃが……」

 彼は鳥たちから外の情報を得ている。

 何かあったのだろうかと、急いで岸に上がる。

〈何でしょう?〉

 ぶるるっと水を払ってから彼に近づく。

「ソヘイラーの砂岩壁に住む賢者が、魔獣に襲われて亡くなったらしゅうてな」

〈知ってますわ、以前、庵に訪ねた折にはすでに事切れてましたから〉

「その魔獣が熊型らしいと──」


〈わ、わたくしではありませんわよ! 犯人は〈森の暴君〉ですわ! あいつ、口に血糊をべったりつけてましたから! その臭いが、白賢者様の血痕と同じでしたから!〉


「ワシはアンタが殺ったなんぞ思うとらんぞ? だがな……人間どもの間で、賢者殺しがアンタの仕業になっとる」

〈はあ?〉

「賢者の体に熊の爪あとがあったのと──近辺の砂漠をうろついていた白金氷熊が目撃されとるせいじゃろう」


 わたくしの存在を知っているのは──

 あの岩山地帯に潜伏していた魔法士三人と、弓士ぐらいだと思うけど。


「そうゆうわけでな、アンタ賞金首になっとるから。ほとぼりが冷めるまで砂漠に出ん方がええぞ」

〈分かりましたわ、ご忠告ありがとうございます〉

 レシェリールと別れてから、すでに十八日が経つ。とっくに彼はターナ帝国にもどっている。

 彼を探す目印として、氷熊を探してるわけではないはず。


〈わたくしに冤罪をかける理由……〉


 ふいに、火球の魔法士を思いだす。

 マリエッタの顔を火で焼き、「レシェリールに止めを刺せ!」と叫んだ忌々しい男を。


〈……魔力を使っても、休息をとれば定量までもどるのでしたわね。では、わたくしのような魔獣に吸いとられた場合はどうなります? 条件がちがうように思うのですけど〉


 ケプトは頷いた。

「どういう原理か知らんがな、定量の位置が変わる」

〈それは、つまり……〉

「枯渇まで吸いとったら魔力なしになるということじゃ。二度と魔法は使えんな」


 なるほど、冤罪をかけてでも報復したくなるわけね。


 魔法士二人は枯渇寸前まで魔力を奪ってやったし、火球の魔法士もそうとうな量を吸いあげた。残っていてもカスカスだろう。

 婚約者を罠にはめた悪党に一矢報いていたことを知り、マリエッタは溜飲を下げるのだった。


 ざまあみろ、ですわ!

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