序幕 砂漠をさまよう北の姫の独り言
こんにちは、皆様。わたくし、マリエッタ・グラン・エッジランドと申します。
北の小国エッジランドの由緒正しき王家の二の姫でございますわ。歳は二十一です。
本日はよいお天気ですわね。空ははるか彼方まで青く澄み、さらさらに乾いた砂丘が延々とどこまでも続き、地平線には蜃気楼が立ちのぼって見えます。
そう、蜃気楼ですわ。そこに、あたかも森や町があると見せかける泡沫の幻。
もう幾度となく見ておりますのよ。そのたびに心躍らせて全力疾走しては、夢破れてのくり返し。──すでに丸三日。
これまでに人っ子ひとり、アリ一匹すら出会っておりません。
何故なら、ここが、砂漠のど真ん中だから────────なのですわ!
ジルヴァ大砂漠。クレセントスピア大陸の最南端にあるターナ帝国と諸外国を隔てる、とてつもなく広大な砂漠です。新年明けたばかりだというのに、暑いですわ。
冬は砂漠も、快適な気温になると聞いていましたのに。
砂漠にはいくつかの国が在るはずなのですが、影も形も見えませんわね。
食べ物も水も持たず、我ながらよく頑張っていると思います。
とはいえ、刻々と、のぼる太陽がその苛烈さを増してくると、暑くて暑くて暑くて暑くて……この身をまとう天然ゴージャスな美しい白金毛も、この時ばかりは憎くてたまりませんわ。汗をぬぐいたくとも邪魔な毛が……くっ!
こうして、心の中で喋っていないと、自分が人間だと言うことを忘れてしまいそうなのですわ。
何故って……口をこう開いて、ごきげんようと言っても。
「グガアァアゥ…」
よいお天気ですわね、と言っても。
「ググゥガオウゥ…」
と、このようにおかしな声が出てしまうのですわ。
病気ではありませんのよ。これは、おそらく呪いというものなのです。
わたくしはクレセントスピア大陸の、ほぼ北端にあるエッジランド国から、最南端のターナ帝国へ輿入れする最中でした。
お相手は第三皇子レシェリール・ブラン・ターナ様。
帝国でも、小さなレディから御歳を召したレディにまで、大変人気の高い将軍様です。
希少な聖獣剣の使い手で帝国の英雄でもあります。
わたくしより四歳年下のカッコカワイイ美少年です。
彼に嫁ぐべく、花嫁道具を積みこんだ二十台の魔獣車とともに、屈強な護衛たちに守られて、二ヶ月もの日々をかけて遠路はるばるやってきましたの。
そして、ようやく、ジルヴァ大砂漠に入る手前の町ファストにまで到着しました。
そこでお迎えに来られるはずのレシェリール様を待っておりましたのよ。
予定よりも少し、こちらの到着が早かったのです。
砂漠に沈む夕陽を眺めていましたら、真紅の髪の少女に声をかけられました。歳のころなら十六、七でしょうか。彼女は翼もないのに宙に浮かんで、こちらを見下ろしていましたわ。
そして───
「この厚化粧の年増女! あんたみたいなアバズレ、絶対認めないわ! その醜い性根のまま獣となって、人間どもに迫害されるがいい!!」
彼女の手からまばゆい赤光が放たれ、目がくらんでいるうちに、いつのまにか、砂漠のど真ん中に身ひとつで放り出されていましたわ。
あれは何でしょう。悪魔? 魔女というべきかしら? 胸と腰にあざやかな緋と黄色の布を重ねまいただけの、扇情的な衣装でしたわ。
おへそと太腿丸出しの方に、アバズレだなんて言われたくありませんわね。
もちろん初対面です。
とにかくそれ以来、わたくしの顔から手のひら足の先までくまなく全身、美しい白金の毛で覆われておりますのよ。爪も見えないほど、もふもふのふっかふか。
目線が高くなっているし、お腹の面積も増えているので、ずいぶん体格がよくなったような気もします。
我がエッジランド国でなら、高級毛皮として高値で取り引きされそうな毛艶のよさですわ……ところで、レシェリール様にお見せするために身に着けていた、美麗な刺繍満載のドレスはいったいどこへ消えてしまったのかしら?
わたくしの優秀な針子たちが、寝る間も惜しんで作ってくれたドレスなのに……!
それから、レシェリール様が婚約の証に買ってくださった、髪飾りの〈黄金にゃんこ〉もありませんわ! あれは、とても大事なものですのに……!
わたくしの存在が気に入らない的なことを言っていたので、この毛で蒸し殺すつもりかも知れません。見た目は猿人な感じでしょうか? ……地味にイヤですわ。
もしや、彼女はレシェリール様に恋する魔女ですか。──そうですか。
砂漠というのは夜は気温が下がって涼しいのですが、昼間はとても辛いのですわ。
岩も見当たらないので、陰で一休みということもできません。
──だからと言って、恋敵をこそこそ始末する、あんな卑怯な魔女などに負けませんわ! 戦うならば真正面からかかって来なさい! わたくしはいつでも受けて差し上げてよ!
きっと今頃、いなくなったわたくしを、レシェリール様や従者たちが探していることでしょう。だから、わたくしは例えこの身が干上がろうとも、ターナ帝国目指して南へと進むのですわ。夜のうちに星座で確認していますから、方向は分かりますからね!
そうして、マリエッタはひとり広大な砂漠を歩きつづけ──バタリと倒れるのだった。
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突っこまれる前に言っておきます。
百七花亭の作品に「呪い」が多いのは、この世界の仕様です。
状況がつかみにくいと思うので、しばらく続けて出せるよう努力します。