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地獄の沙汰も僕次第  作者: 古泉ささみ
8/10

友達ぜろにん

 「――とまぁ、こんな感じですかねぇ」


 三十分以上にも及んだ、瀬名杏奈の現世の男子高校生マスター講座。途中、何回か脱線しかけたものの、内容はまずまず習得できたと自己評価したい。

 先生曰く、「応用が重要なのです!」らしい。眼鏡を掛けていないのに、眉間を中指でくいっと上げる仕草をしながら講座の最後をそう締め括った運転席の現役女子高校生、略してじぇいけー。たぶん、エアー眼鏡というやつ。やはり、人間と鬼では笑いの方向性がズレているようだ。その行動に面白さの欠片も感じない。人間として、特にお年頃で色々と血気盛んな高校生として化けて生活するのに、お笑いは必須と講義内容にあったが、なんだか根本的に問題があるような気がする。

 講義が終わってからは、お喋り好きらしい瀬名杏奈も、流石に連続で喋り疲れたようで、時折、助手席からペットボトルを手に取って水分を口に含んだりしながら、今は黙って運転に集中している。

 車の窓から見える風景が、少しずつ変わってきた。二車線あった道路が、一車線になり、狭い路地を走っている。背の高い建物、装飾されたお洒落な店、色とりどりの看板達は身を潜めてしまい、視界にあるのは少し寂れた雰囲気のある住宅。所々ヒビの入ったアスファルト舗装を走っていくと、次第に住宅の数は減っていき、井戸のあった山と同じような、緑の景色が増えてくる。

 途中、黄緑色の葉っぱが球体状に固まった物を抱えている人間が視界に入ってきた。曲がった腰でそれをケースに運んでいる。白菜かキャベツかレタスという名前だったはずだが、よく似た三兄弟の内の何なのかはわからなかった。そんな何かしらの農作物を育てているのであろう畑の横を通り過ぎ、視界から黄緑色の球体が消える。

 暫く道なりに進むと、丘のような場所へと登っていく細い一本道に入る。雰囲気が鬱蒼としたものに変わり、緩やかな傾斜の道が続き、それらを抜けると、砂利の敷かれた拓けたスペースへ出た。そこで車は減速し停止した。

 瀬名杏奈はサイドブレーキを引き、エンジンを切った。ドアを開けて、さっさと降りていく。彼女に倣い、僕も車から降りて砂利の上に立った。


「一時間以上も運転した長い道のりでしたが、無事に着きましたね~」


 両腕を空に向け、背筋をぐいーっと伸ばしながら喉から変な唸り声を上げている。


「ここが、勇儀さんの住むとこになります。広くてー静かでー風情があってーすっごい良いとこでしょ~? あの門を入ると家ですよ」


 同意を求める瀬名杏奈の視線を追うと、高い門と柵に囲まれた、大きな日本家屋が静かに佇んでいた。周辺は竹薮が生い茂っており、まだ昼前だというのに全体的に薄暗い。風に吹かれて笹同士の擦れるさざめきが鼓膜を震わせる。静寂さを印象付ける住居。その外観に少し懐かしさを感じた。といってもたった十数年、日本の田舎で暮らした事があるだけだが。

 市内は賑やかで人通りも多く、現代的な人工物もリアルで見られて時代の進歩に感嘆していたが、市内の外れとなるとこんなにも様子が違うらしい。田舎中の田舎。良く言えば、都会の忙しさが微塵も感じられない、時の流れから切り離されたような、のんびりとした広大な土地だ。


「なんかもう、ザ・日本のお屋敷って感じですよねぇ。こういうのどうです?」


「僕は好きかな。落ち着けると思う」


「そう言ってもらえると用意した甲斐があるってもんですっ。現世の技術を見てもらうなら最新の一軒家くらい用意すればよかったんですけど、新しく建てるには日数が足りなくて……それに、この辺りで新築ってけっこー注目されて噂になっちゃうんですよね。あっ、もちろん中はリフォームして綺麗にしてるんで安心してくださいね!」


「いいさ。真新しい物や現代の技術ってやつに興味はあるけど、遊びに来た訳じゃないからね」


「おおぅ勇儀さん真面目。さ、行きましょ行きましょ」


 歩き出した瀬名杏奈の背中を追う。

 開け放たれっぱなしの観音開きの門をくぐり敷地内に入ると、石の通路、庭木や植物達、和が演出された空間が出迎えた。庭園のようなものまである。年季を感じる部分はあるが、ちゃんと整備されているようで小綺麗だ。これなら住居に不具合はなさそうだ。

 玄関で革靴を脱ぎ、気張りの床を踏みしめる。瀬名杏奈による間取りの説明を聞きながら、縁側を歩いていてふと思う。やけに生活感のある屋敷だなと。屋敷の中も、各部屋に一通りの家具はもちろん、花瓶や掛け軸まで揃っている。今は無人だが、昨日まで人が大勢住んでいましたと言われても疑わないだろう。


「なぁ」


「はい?」


「ここに住むのは僕独りでしょ? 各部屋に家具や装飾品が置いてあるけど、それも全部、あんた達の会が用意したのか? どの部屋でも暮らせる。まるで旅館だ」


 そもそも、僕独りが暮らせる住居があれば充分なのに、なぜこんなにも大きな、十人以上も生活できそうな屋敷を用意したのか理解できない。立地的には、なぜこんな入り組んだ奥地なのか納得できる。人間に化けているとは言え、万が一の時、本来の鬼の姿を人間に目撃されないようにだ。一番のご近所さんでもかなり離れているようだし。そもそも来訪なんて皆無に等しいだろうけど。


「そうですねー。まぁ、生活感は大事ですからね。ないと逆に怪しまれますよ。それに、この家は元から茨木会が持ってる資産なんで、買収したとかそんな事はしてないんで特に気にしなくておっけーですよ?」


 そういうものだろうか。必要なければ必要ないでいいと思うが。


「あ、じゃあ、日替わりで寝る部屋変えるとかどうですか? なんか楽しそうじゃないですかー! てか楽しいわ!」


「楽しそうじゃない。洗い物が増えて面倒なだけだ」


 わざわざそんな手間のかかる事するか。


「あー。じゃあじゃあ、友達いっぱい呼んでパーティーするとか! 引越し祝いパーティー! んーこれはひゃくぱー楽しいですよ!」


「あのさぁ、友達なんているわけないでしょ」


「堂々のボッチ宣言うける~。んじゃあ、いないなら、友達作ればいいじゃないですか」


「鬼の僕が? 人間の友達を作る? そんな自分の首を締めるようなリスクのある事できるわけない」


「そうですか? 今のご時世、ボッチっていうのもそれはそれで目立っちゃうんですよ~?」


「人と関わらず、下手をやらかさない限り、目立つわけない。メリットデメリットどちらももたらさない他人には無関心なのが人間だろう」


「田舎の学校っていうのは、編入生には興味津々なんですよ。それだけで目立つ事間違いなしだから、人との関わりを持たないより、人間らしく友達と遊んだりバカやったりの方がぜーったいいいですって!」


 そ、れ、に! と、強く強調して瀬名杏奈は続けて言う。


「なるべくわたしもサポートに回りますけど、補佐できない時だってあるかもしれいないんですよ? ここで問題です! ででん! 問一、勇儀さんは観察対象を見失ってしまいました、さぁどうするっ」


「前提として、僕は見失わないけどね」


「ほんとですかぁ? じゃあ、例えば、授業の一つに体育があります。うちの場合、室内と室外に別れて運動するんですけど、勇儀さんと観察対象は別々になってしまいました。授業が終わり、教室に戻ると観察対象の姿が見えません。さぁどうするっ」


「次の授業が始まる前に帰ってくるでしょ。あと言っておくけど、観察対象を二十四時間見る必要はないよ」


 ……本音を晒すと、なるべく長い時間観察したい。なぜなら、現時点での観察対象の閻魔帳だと、地獄行き確定だからだ。善行を少しでも多く記録し、悪行を打ち消さなければ。僕達の管理が杜撰で起きたミスを隠蔽しようとした工作によって悪化した事態。本人達にとってこんな不条理な事、看過できるわけがない。観察対象が善行を積む比率が高ければいいのだが……。


「すとーかーっていう不審者になるわけにもいかないからね」


「むっ。なら、次の授業が始まっても観察対象は帰ってきませんでした。さぁどうするっ」


「……教師に尋ねる、とか」


「いやーそれは怪しいですねぇ! なんで編入したてほやほやの勇儀さんが? ってなっちゃいますよ。そんな時、友達がいれば『凛ちゃんおらんけどどこ行ったか知らん?』『ああ、体育で怪我して救急車で運ばれてったらしいよ?』『まじか!!』なーんて情報のやり取りも自然にできるんでるんです!」


 ふんふん、と鼻息荒く語る少女。


「わかった。前向きに検討しておくよ」


「それ! 絶対に友達作りしないやつ~!」


 あとは適当に聞き流す。

 人間の友達なんて、作るだけ仕事の邪魔になるに決まっている。親交を深めた事で、自分が鬼だとバレた日には目も当てられない。そんなリスクを伴うような人付き合いする時間があれば、僕はそれを閻魔帳の修正に回す。だが、まぁ、ぶっきらぼうな態度をとって編入早々嫌われ者になるより、社交辞令で塗り固めた対応で、必要な情報を得る手段として人間と接しておいても悪くないかもしれない。

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