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ちょっと迂闊だったのかもしれない

 協会から帰って数週間後の事。


 そう言えば明日は自分の誕生日だ、なんて思いながら、私は掃除をしていた。因みに今日オスカーさんは外出しているので、私一人なのである。


 別にわざわざ誕生日を知らせてはいないから、オスカーさんは私の誕生日なんて知らない。テオもイェルクさんと数日都を出ているので、まず祝って貰える可能性もないだろう。

 祝って貰いたくない訳じゃなかったんだけど、自分から言い出して祝って貰うなんて図々しい真似が出来る筈がない。オスカーさんに「今度誕生日なんです!」と伝えて用意させるなんてあざとすぎる。


 それに、私は今年は大きな幸せを貰ってるので、これ以上に贅沢ってないんだよね。

 オスカーさんと二人で暮らして、ゆったりと……いやかなりハイペースで学んでいく。これ以上に幸せな事はない、ケーキが美味しいお店も見付けたし。


 だから良いのだ、とうんうん満足げに頷きながら拭き掃除を終える。

 手を洗いつつ、明日で十三歳かあ、なんて不思議な気分で満たされていたら……玄関から、呼び鈴が鳴った。


「あれ、今日誰か来た?」


 今日来客の予定はなかったんだけどなあ、と首を捻りつつ玄関に向かい、扉を開ける。

 扉の向こうには、肩口まで伸びた淡い茶髪が特徴的な、控えめそうな印象を抱かせる少女が立っていた。


「テレーゼ?」

「……こんにちは、ソフィさん」


 今日はいつもより心なしか気弱げな気がする。というか、うちに用事ってどうしたんだろう。


「あれ、私おうち教えたっけ」

「オスカー様の弟子ですから、オスカー様の家に居るでしょうと思い」

「そっか、それもそうよね。個人情報駄々漏れだけど」


 まあ師弟は基本一緒に住むものだから、居場所が知れても仕方ない。オスカーさんが有名なのが悪すぎる。

 まあ知ってて当然か、と納得した私は、改めてテレーゼを見る。今日はやっぱり、ほんのり顔色が悪い。そんな中で私を訪ねてくるなんて、余程の用事なんだろう。


 きちっと立ちながら手を前で組み、小指を押さえているテレーゼ。

 暫く躊躇いがちに私を見ていたものの、やがて意を決したように、口を開く。


「その、お買い物に付き合って下さいませんか」

「お買い物?」

「……私、あまり友人が居ないので。その、明後日誕生日の兄弟子にプレゼントを送りたくて、でも迷ってて。それで、一緒に選んで頂ければ……と」

「おお、凄い奇遇な感じ! 私は明日誕生日なんだー」


 その兄弟子さんにちょっと親近感湧いた。

 明日誕生日という事は、テレーゼなら言っても良いだろう。というかこっちの誰にも知られないのは悲しいので、お友達くらいには許されるだろう。……友達だよね?


 テレーゼは明日という事にびっくりしてたけど、直ぐに柔らかな笑みで「少し早くなりますが、おめでとうございます」と祝ってくれた。

 ……せがんでしまったみたいだけど、言葉が嬉しい。


「ありがとね。じゃあ一緒にお買い物行こうか。私、お友達とお買い物するの初めてなんだ!」


 師匠は師匠だし、テオはなんというか最早家族だし、イェルクさんは友人というか師匠の友人枠だし。……そもそも地元でも殆ど友達居なかったけど! 悲しい事に!

 だから結構知り合ったばかりとはいえお友達と買い物に行くって、凄く嬉しい。


 ふふ、と笑った私にテレーゼは何だか泣きそうに笑って、それから小さく「ごめんなさい」と謝って小指を握る。そんな謝らなくても良いのに。


「あ、師匠に書き置きしなくても良いかな。うちの師匠、何だかんだで心配性だからなあ」

「……じゃあ書き置きしてドアに貼り付けておきましょうか。これなら絶対に見逃さないですし」

「それもそうだね」


 一度家に入ってメモを……と思ったら、テレーゼは懐からメモを取り出してさらさらとペンを走らせる。何て準備が良いんだろうか。


「友達と買い物に行ってきます、で良いですか?」

「うん。あ、追加で晩御飯はグラタンだとも」

「……分かりました」


 さらさら、と私の注文を受け付けてくれるテレーゼは、書き終わったらしくそのメモをに裏返しにしてドアに貼り付ける。

 ……あれ、どうやってくっ付けたんだろう、とは思ったものの、まあくっついたならそれでいいか。


 家の鍵を閉めて、じゃあ行こうか、と手を差し出すと、おずおずと握り返してきて。

 また小さく唇が動いたけれど、何を言ったまでは聞こえない。首を傾げても、テレーゼは答えてくれなかった。


 雑貨を買いたいそうで道はテレーゼが案内してくれる。

 私はうきうきとしたままテレーゼに手を引いて貰って、歩く。路地に入ったのを覚えながら雑貨屋さんってあんまり入らないけど、良いものあるかな。ちょっとくらいご褒美買っても良いよね、なんて考えて。


 路地から抜けた瞬間、横から口許を押さえられた。


「んむっ!?」


 何事、と一瞬混乱した時にはテレーズの手が離れていて、私の体は誰かに小脇に担がれるようにして浮いていた。

 むむー! と抗議の声を上げてじたばた手足を暴れさせるものの、ガッチリ掴まれていて逃げられる気配がない。ま、まさか誘拐に遭遇するとか! 人買い!?


 せめてテレーズだけでも、と視線を横に移すと、泣きそうな顔で佇むテレーズ。小指を、ぎゅっと押さえて。


 ……ああ、そういう事か。だから「ごめんなさい」って言ったのか。申し訳なさそうな顔をしていたのか。

 ……なんだ、折角お出掛けだと思ったんだけどなあ。


「テレーズ、行くぞ」

「……はい」


 誘拐犯の呼び掛けに蚊の鳴くような小さな声で返事をしたテレーズ。私を悲しげに、気遣わしげに見てはまた「ごめんなさい」と囁く。

 や、多分テレーズなんら悪くないと思うの。……だって、命令権使われてたんだろうし。


 最後の反抗に然り気無くさっき踏んだ泥をご自慢の赤いローブに数回蹴るように押し付けてやった。気付いた時に顰めっ面をすれば良いのだ。


 誘拐犯は、待機させていたらしい馬車に私ごと乗り込み、テレーゼも続く。

 私を乗せた馬車は、抵抗の意味もなく無情に走り出した。


 師匠、ごめんなさい。普通に誘拐されました。

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