いざ王都へ
「定期的に帰ってくるんだぞ! くれぐれもライナルトのように連絡を寄越さないとかなしだからな!」
余程お兄ちゃんの事が尾を引いているのか、そこはかなり押してくるお父さんに、分かってるよと頷いて返す。
お父さん、お兄ちゃんが書き置きを残して行方を眩ませた時は恐ろしく凹んでたからね。今でも音信不通で気にしてるし。
大丈夫だよ、と笑うとお父さんは情けない顔で抱き締めてくる。……本当は手元から離したくないんだろうな、とは思うけれど、私の意思を優先してくれた。
ありがとう、と囁くと、お父さんはただ静かに抱き締める力を込める。
暫く抱き締めて漸く落ち着いたらしいお父さんが離すと、待っていたようにオスカーさんが一歩前に出る。
「責任持って、一人前に育てますので」
「オスカーさん……!」
「あほ! くっつくな!」
オスカーさんにも感謝の気持ちとこれから宜しくお願いしますという気持ちを込めて抱き付くと、何故かいつもより焦りだす。
照れた、じゃなくて、慌てた、という感じ?
どうして、と思ったけど背後から敵意が突き刺さったので、ああお父さんのせいか、と妙に納得してしまった。
……別に師匠と弟子なんだからスキンシップくらいしても言いと思うのに。
「お父さん、オスカーさん睨まないの」
「しかし」
「お父さん」
じ、と見詰めると、萎むように悄気るお父さん。
その様子にオスカーさんは少し安堵しつつ、然り気無く私を剥がした。肩を掴まれて剥がされたので手を伸ばすと、駄目だ、と首を振られる。
真面目な顔で「頼むから親の前でそういう事はするな」と言われて、じゃあ居なくなったら良いんだという解釈にしておく。……オスカーさんの背中にくっつくの、好きだもん。
「いやぁ、良かった良かった。無事解決したね」
「お前のせいで要らん恥を掻いたがな」
「素直に受けとるオスカーもオスカーだよ。ま、何にせよ、弟子入りおめでとう、ソフィちゃん」
「はい!」
笑顔で頷くと手を広げられたので、私も笑顔で首を振る。抱き付くのはオスカーさんだけだもの。あとテオ。
ショックを受けたようなイェルクさんにオスカーさんは「ざまあみろ」と笑っている。……根に持ってるね、オスカーさん。
「良かったな、ソフィ」
「うん!」
テオも自分の事のように喜んでくれるので、笑顔を返す。
これで、オスカーさんの弟子になったんだ。……弟子、かあ。私だけだよね、弟子って。オスカーさんの、一人弟子。
何だかとっても良い響きで、つい頬が緩んでしまって、それを見たオスカーさんは呆れた顔で出迎える。
「ま、嬉しそうで何よりだ。……言っておくが、手心は加えないぞ」
「はいししょー!」
元気に返事をしてみせると、オスカーさんは何故か脱力した。
「その間抜けな返事は何とかならんのか」
「はい師匠!」
「宜しい」
わしゃわしゃ、と頭を撫でられて、擽ったさと心地好さに瞳を細めてされるがままになってると、ふと感じる視線。
気付けば、にやにやしてるイェルクさんが私達を見ていた。
「おやぁ? 最初乗り気じゃなかった癖に。弟子になった途端に可愛がるんだね?」
「……イェルク、一回尻を燃やしてみるか」
「すみません」
即座に謝ったイェルクさんは、変わり身が早すぎる。
……オスカーさんは、多分私には飴が効果的だと分かってるからこうして優しくしてくれてるだけだと思うんだけどな。
オスカーさんとイェルクさんが漫才をしているのを眺めながら、私は二人にばれないように笑いを噛み殺しては瞳を閉じた。
これから、私はオスカーさんの弟子になるんだと思うと、凄く、どきどきする。オスカーさんと王都で生活、かあ。
……何だか想像するだけで気恥ずかしくて、それを誤魔化すように私は隣のテオに笑ってみせた。
「ちゃんと連絡するんだぞ! お願いだからしてくれな!」
旅立ちは、直ぐだった。
元々帰る予定を伸ばして此処に居たのであって、弟子入りが決まったならさっさと帰るという事らしい。
本当は挨拶回りをしたかったけど、そう暇もないのでお父さんお母さんとテオのご両親だけの見送りとなった。
慌てて荷物を纏めたのだけど、オスカーさんは「別に向こうで全部買えば良いだろ」と何とも太っ腹な事を言い出してちょっと金銭感覚を疑った。
……子供一人くらい軽く養える、と言ってるけど、余計な資金を使うのは勿体ないし、必要なものはなるべく持参する事にしている。
「分かってるよ、心配性だなー」
「襲われたら逃げてくるんだぞ!」
「師匠をなんだと思ってるの……ないからね。ね、師匠」
「有り得んな」
鼻で笑った師匠。……それはそれで複雑なものの、良いもん、大人になったらぎゃふんと言わせてみせるから。
イェルクさんがオスカーさんに「分かんないよー、幼女に手を出すかもしれないし」と声をかけて殴られるのもいつもの事なのでまあ良いとして、私は穏やかに見守っているお母さんに笑いかけた。
「お母さん、行ってきます」
「ええ、行ってらっしゃい。偶には顔を見せて頂戴ね」
「うん!」
お母さんはあまり喋る人ではないけれど、優しくて、いつも私の事を考えてくれる。お父さんみたいに騒がないのは、私の自主性を重んじてくれるからだし、信頼してくれてるから。
……お父さんも私と師匠を信用して欲しいんだけどな。
今にも泣きそうなお父さんには苦笑を一つ。
そんなに心配しなくても、また会えるのに。……そうだ、向こうに行ったらお兄ちゃんを探そう。王都に行くって言ってたもの。
「じゃあ、行ってきます」
向こうでやる事一つ出来た、と笑って、私はお父さんとお母さんに手を振った。
行ってきます、お父さん、お母さん。
家を後にした私達だったけど、気になる事が一つ。
「……それで師匠、どうやって王都まで? 馬車ですか?」
「ん? ああそれはだな、こうする」
言ってなかったな、と笑ったオスカーさん。何気無く指を弾くように鳴らすと、ぐにゃりと視界が歪んだ。
うわ、と思わず声が漏れる、奇妙な浮遊感。高いところから落とされたようで、それでいて頭を揺さぶられたような、何とも言えない眩暈のような感覚が、襲う。
気持ち悪い、と口にした瞬間には、周囲の風景は変わっていた。
「はい、到着」
気付けば、如何にも儀式で使われていそうな、地下室の真ん中に立っていて。
テオも、呆然としている。
「……あの、これは?」
「ん? 転移。まあ一方通行だけどな、うちの地下に固定してるから、此処にしか戻れないんだが。行きはちゃんと馬車だったぞ」
所要時間、三秒。
事も無げにさらっととんでもない事を言うオスカーさんに、私は別の意味で目眩を感じた。
……空間転移って、すっごく難しいものだって、素人でも分かるんだけど。
お父さん、お母さん、私はどうやらとても凄い人に弟子入りしたようです。
イェルクさんは慣れた様子で部屋を出ていき、テオもそれに付いていって。私とオスカーさんが地下室に取り残された状態に。
何だか色々とありすぎて正直頭が追い付かないのだけど、これだけは言っておかなくては、とオスカーさんに向き直る。
「オスカーさん。弟子にしてくれてありがとうございます」
「別に。放っておいても危なっかしかったしな」
「それでもありがとうございます。……私に返せるものはないから私のこれからしかあげられないけど、私、オスカーさんの役に立てるように頑張りますね!」
そう宣言すると、オスカーさんは何故か少したじろぎながら「まあ精々頑張ってくれ」とどもりながら返した。
そんなオスカーさんに、私はただ笑顔を送る。
「師匠、不束者ですが、宜しくお願いします!」
「お前は言葉の選び方を考えてくれ」
埃っぽいせいか咳き込んだオスカーさんに首を傾げると、オスカーさんは何でもないの一点張り。
変なの、と呟きながら、私は早足で部屋を出ていくオスカーさんに置いていかれないように、小走りで大きな背中を追いかけた。
これで一章が終了となります。
二章から弟子生活が始まるので、引き続き応援して頂ければ幸いです。




