8・エピローグ
完結です。4/1だけどホントです。
短い内容でしたが、お付き合い頂いた方々にお礼を。
今現在、風に流されているムツノカミは、高機能全自動介護おむつの試作品だった。
ICチップは蹴り砕かれ、四本のアームもすでに動く気配はない。一人の少女を大いに悩ませた存在は終焉を迎え、紅葉の海へ墜ちていく。
今回の事件は様々な要因が重なって起こった不幸な事故だったと推測される。
原因は明らかに益戸栄治郎にあることはわかる。だが、栄治郎はこのような事故は今まで起こしたことがなかった。そんな頻繁に迷惑をかけようものなら、綾は両親の離婚の際に栄治郎の元に残るという判断をしなかったであろう。
多少の常識の無さに目をつむれる程度には、父親として認めていたはずだ。
そしてムツノカミについても、本来の用途は介護補助の為のものなのだ。いたいけな少女を追いかけ回すものでは断じてない。
たまたま誤作動が起き、たまたま近くにいた綾が巻き込まれ、たまたま綾が楽しみにしていた休日に起こった事故で――まるで小説のように取って付けたかのような、ご都合主義とも思える不幸が重なったことが、この事件の最大の要因なのではないだろうか?
「…………フゥー…………」
「す、凄い…………」
開かれたドアを正面にして、残心の構えを取る綾。
油断は、しない。
「衝動に身を任せて思いっきり蹴っちゃった……よくよく考えたら震脚で踏み潰したほうが良かったんじゃ……ドアも壊しちゃったし、まだまだ精進が足りないわ……」
「全然、見えませんでした。気が付いたら綾さんの脚が伸びていて……はは、これは繰り出された瞬間に勝負がつくはずです……」
「誉めすぎだよ。それに、当てられるときにしか出さないから、そう見えるだけ。そこに持っていくまでの過程が大切なんだから」
「いつか、僕にも追い付けるかな」
「追い付くじゃなくて、追い抜いてもらわないと困るよ? 彼氏さん」
「……精進します」
そんなやり取りの中、綾は身を屈め、薫の顔に、自分の顔を重ねた。
「……! あ、綾さ……」
「油断大敵、だよ。……でも、これはお礼とかじゃなくて、私がしたいからしたの。さっき助けに入ってくれたとき、男らしかったよ」
「こんな攻撃なら、いつも油断してしまいそうです……」
「もう……またそんなこと言う。あーあ、下に降りたらスタッフさんに怒られるかな」
外側に開いたままのドアを見つつため息をはく。
「僕も一緒に怒られますよ」
「ふふ、ごめんね。あとでちゃんと説明す――――」
――――ヒュオッ
開いたままの入り口から、一陣の風が吹いた。
綾は立ったままであったし、薫は座ったままだった。
そう、薫の顔の高さは綾の腰くらいの位置で――――綾のスカートがふわりと――――
「お客様! 大丈夫ですか!?」
ドアが開いたままゴンドラが降りてきた為、慌ててスタッフが観覧車を緊急停止させて中を確認する。
そこには畳でできた席に横たわる少年と、反対側の席に俯いて座る少女。
「お、お客様……?」
「……ああ、すみません、もう、下に、着いた、んですね……」
少女がそのスタッフに顔を向けると、表情は無く、目に光も無く、しかしなんとも言えない威圧感が発せられていた。
横になっている少年をよく見てみれば、鼻血をだしているものの、なぜかとても安らかな顔をしている。
「色々、お聞きしたいことも、あるでしょうけど、後程この名刺の連絡先に掛けて頂けますでしょうか。責任は全てこちらで持ちますので」
少女はそう言ってスタッフに財布から取り出した名刺を渡すと、軽やかな手付きで少年を背負い、そのまま呆然とするスタッフを置いて去っていった。
名刺に書かれていた名前は『益戸栄治郎』。これから地獄に堕ちる男の名である。
*
益戸綾は空手が得意であり、一途な想いを向ける沢谷薫の彼女であり、益戸栄治郎という発明家の娘であり、高機能全自動介護おむつ・ムツノカミに苦しめられた薄幸の少女である。
「つまりだ、まるで小説のように取って付けたかのような、ご都合主義とも思える不幸が重なったことが、この事件の最大の要因なのではないだろうか?」
その少女の前で正座をさせられ……いや、自ら進んでしつつ、必死に考えた持論を展開する男が、父親である発明家だ。
開発室で寝ていた栄治郎を『笑顔で優しく』起こした綾は、気絶した薫を一緒に乗せてきたタクシーの料金を払わさせ、客間に薫を運んで寝かせた後、リビングで『家族の談話』を楽しんでいる最中だ。
「……へー、やっぱりおとーさんは凄いねー。私には1ミクロンも理解できないお話ができるんだねー」
「そ、それ、それほどでも、ない」
綾は笑顔のまま会話を進める。
「あ、でもちょっとだけ理解できたかもー。つまりは、今回のことはおとーさんにとっても不幸なことだったんだよねー?」
「!! そ、そう! その通りだ綾!」
「そっかー。ふたりの不幸が重なった結果、相乗効果でサイアクの事故がおこったんだー」
「さすが俺の娘だ! その解を導きだすとは!!」
栄治郎も綾に続き笑顔を取り戻す。
「ということは今日は二人とも厄日で天中殺だったのかなー。ありえない不幸が重なるくらいだもんねー」
「そうだな。うむ、きっとそうだったに違いない」
笑顔のまま適当に相槌をうつ栄治郎。
「じゃあ、私と同じくらい不幸が重ならなくちゃ――お か し い よ ね ?」
笑顔、が消えた綾が栄治郎を見下ろしていた。
「お、おか、おかしく、なくなくなくはないような、あるようなななな」
「あとねー、開発室のモニタに映ってたアレ……な に か な ?」
綾の笑顔が消えた後も栄治郎は笑顔のままだった。まるで表情が固まってしまったかのような笑顔だったが。
「そうだ! 実はな綾、ヤマト四季園地の永年優待フリーパスを貰ってたんだ! これをあげ」
「二度と行けるかこのボケェーーーーーー!」
「あびゃああああああああ!!!」
その後、無事に起きた薫が満身創痍の栄治郎に『責任をとるためにも、娘さんを僕に下さい!』と言い始めたり、『責任とはなんだ!』と憤慨した栄治郎に『お前のせいで出来たセキニンだよクソ親父……』と綾が脅したり、観覧車の慰謝料でカツカツになりつつも数年後に完全版の「絶対介護ムツノカミ」ができたおかげで無事に特許を取得することができ、貯えにも大幅な余裕が生まれつつ行われた二人の結婚式でようやく綾が栄治郎を許したりもしたのだが、それを長々と語るのは蛇足であろう。
~~蛇足~~
さらに少し後、孫が産まれることを知った栄治郎が赤ちゃん用に『育てるおむつ・ムツキちゃん』をわずか三ヶ月で作り上げ、ついにおむつ業界に目をつけられてしまったり、様々な陰謀に巻き込まれていく。
まあ退屈しない後世を過ごしたことにより、ついぞボケることもなくムツノカミを自分に使う機会もないままに孫たちに囲まれて幸せに暮らしましたとさ。ちゃんちゃん(´・ω・`)
~~蛇足の蛇足~~
後の薫は語る。
「そういえば綾。初デートの時に僕が気絶したこと覚えてるかい?
あのとき見てた夢がヘンテコなやつでさ、草一本生えてない不毛の大地で、ハゲ頭の坊さん達と白牌しかないマージャンで遊んでいたんだ。
あまりにも訳がわからない夢だったから忘れられなかったんだけど、なんでそんな夢を見たのかわかったよ。あのときは一瞬だったから」
「薫? 初めての後でテンションが高いのかもしれないけど……調 子 に 乗 っ た ら 駄 目 よ ?」
「ha、hai!!」