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5/8

5・リミットオーバー

3/29投下分です。

予定通り8話で収まりそう。

 益戸綾は限界間近である。


 Q.何が?

 A.ダムが。


 まだギリギリ耐えられているが、何かがあれば確実に決壊する。そんな状態だ。

 空になった紙コップを捨てにいっていた薫が戻ってくる。そんな彼を笑顔で迎える綾。無理をしてでも無理のない笑顔をつくる。これだけが、綾の最後の砦だった。



「綾さん、このあとなんですけど、行ってみたいところがあるんです」



 薫が行ってみたいところ。綾は精神的疲労が激しい脳で考える。

 今の状態で行ったら確実にまずいところはジェットコースターなどのGが激しい乗り物、もしくは観覧車などの時間がかかる乗り物だ。普段なら絶叫マシーン系は大好きな綾だが、今はまずい。観覧車もいざというときに逃げ場が無くなる。

 彼は絶叫マシーンは苦手だと以前に聞いたことがある。行きたいところ、ということならば可能性は低いだろう。……観覧車はあり得そうだ。いや、むしろ本命かもしれない。



「……観覧車とか時間がかかりそうなところ以外だったら、どこでもいいよ」


「え? 綾さんって観覧車が苦手でした?」


「そ、そうじゃなくて……」



 少しもじもじしつつ言い訳を考える綾。



「ほら、その、観覧車とか、まったりする乗り物は……デートの最後のほうがいいな、って……」



 俯き気味に頬を染めた彼女がそんな仕草で言おうものなら、彼の妄想は加速せざるを得ない。



(デートの最後に……観覧車で二人きり……恥ずかしそうに俯いてる綾さん……)



 夕日が照らす観覧車のカゴの中、二人の影は重なって――

 顔は幼いくせに、頭の中は結構ませている。まあ成り立てとはいえ高校生である。お年頃というやつだ、仕方がない。



「わかりました! 観覧車は最後に必ず行きましょう!」



 心でガッツポーズをとる綾。結局はその場しのぎでしかないが、ひとまず今を乗りきれればいい。もうなりふりを構っていられない。


 たがしかし、運命はそんな彼女をあざ笑う。



「それで僕が行ってみたかったところなんですが、あそこにある――」



 え? と思いつつ、彼の指差した方向を見ると。



「お化け屋敷なんです」



 ……


 …………


 ……………………



 例えば綾は、台所にゴキブリが出ようものならスリッパで叩き潰すし、ときには踏み潰す。


 例えば綾は、蜘蛛を家の中で見つけたなら手で捕まえて外に逃がす。


 例えば綾は、電車で痴漢にあおうものなら確実に触ってきていると確証を得てからその手や指を捻り上げる。


 例えば綾は、お化けや幽霊に遭遇したなら――何も出来ないだろう。


 何もしない、ではなく、硬直して行動が出来ない。もちろん実際に遭遇したことがあるわけではないが、要はただ単純にお化けが怖いのだ。

 理由としては物理攻撃が(おそらく)効かないから。


 そんな彼女は今、薫に手を引かれてお化け屋敷に入ったところである。「観覧車以外だったらどこでもいい」と言った手前、断ることはできなかったし、そもそもお化けが怖いなどという弱点を知られたくもなかった。



(お化け屋敷は偽物、お化け屋敷は現実、お化けの正体はただのスタッフ、ここのお化けは蹴れば倒れる――!)



 確実に乙女とは言いがたいことを頭に巡らせながら、気丈にも足を進ませる。



「実は僕、お化け屋敷って初めてで。ほら、男友達とか一人でとかだと入る機会がなかったんですよね」


「うん、そうね」


「綾さんはオカルトとかそういうもの、全く信じてないって言ってましたし、興味無いかなとは思ったんですけど――」


「うん、そうね」


「……あ、綾さん? なんか、手の、その、握力が段々凄いことになってきてるんですが……」


「うん、そうね」



 同じ言葉を繰り返すだけの綾。そして薫と繋いでいる手は無意識の内にぎりぎりと強く握りしめてしまっていた。


 綾の様子がおかしいことに気付き、ふと綾へと振り向く薫。そこには能面のように無表情のまま、ただただ真正面を見つめている綾がいた。

 お化け屋敷特有の下から照らされるライトと合わさって、その顔はそこらにいるお化けとは比べるまでもない怖さがあった。



(綾さん、もしかして怒ってる? あ、そうか、ここのお化け屋敷が余りにも不甲斐なくて落胆してるんだ。やっぱり凄いな綾さんは。僕なんてちょっとこの雰囲気に飲まれそうになってるのに)



 しかし、あばたもえくぼな状態の薫にとっては、些細なことであったようだ。

 そんな綾は極力視界の中に見たくないものが入らないように必死だった。



(幽霊なんていないさ、幽霊なんて嘘さ、幽霊の正体なんて枯れ尾花さ……ああ、なんで私こんな目にあってるんだろう。そもそもこのおむつのせいだし、元凶はお父さんだし、私は何も悪いことしてないのに……)



 その思考は段々と方向を変えてゆく。



(よく考えたら我慢なんてしなくてもよかったんじゃ……そ、そうよ、むしろスッキリしてから思う存分デートを楽しんだほうがいいじゃない! おむつなんかに負けたくないとか、無機物相手に何を信念だとか意地張ってたのよ……! 私のバカ! くっ……これも若気の至りというやつよね……)



 今さら気付いたのか、とか今もまだ若気だろう、など色々と突っ込みたいところだが、思考回路が直流直結即断即決な綾だからこそ仕方がないとも言える。むしろ取り返しがつかなくなる前に気付いたのは行幸だろう。



(よし、そうと決めたらさっさとここを出てトイレに行かせてもらおう! ばれなかったとしても薫くんの目の前でなんてするわけにはいかないし!)



 そう。取り返しのつかなくなる前に気が付いた。だが、それは「まだ」なだけだ。



「あ、そろそろ出口みたいですね」



 綾の目に光が戻った。出口にある暗幕からは外の光が漏れ出ていた。それは綾にとって希望の光。



「そ、そう。あ、あまり大したことはなかったわね」


「さすが綾さんですね」



 さもなんともなかったかのように振る舞う綾。先程まで薫に引いてもらっていたくせに、出口に近づくにつれて綾のほうが前になっていった。


 これがいけなかった。



(もうすぐ出口。あと少しで出口。これで終わ――)


「ぅぅぅぅんんんばああああ!!!」



 出口まであと5メートルと言ったところで、綾の目の前に逆さまの落武者が落ちてきた。

 血だらけで、目はこぼれ落ち、頭には折れた矢が刺さっている、精巧にできた作り物だ。



「うわ、びっくりしたー。外にいたとき出口近くから聞こえてた悲鳴はこれだったのかな。……あれ、綾さん?」





























「…………………………………………ぁ」



 ダムは決壊した。


 一度放水されてしまったら止めることは出来ない。男とは違ってホースを強制的にしぼめることは出来ないのだ。どちらにしろ隣に薫がいる状態で押さえることなど出来ないので、どうしようもないのだが。



「……ぁ……んくっ…………ひ……ぅ…………」



 自分の身体なのに、自分の意思ではどうにもならない。しかも彼が隣にいるときに、手を繋いだ状態で。どんなプレイかと。


 40秒ほどで放水は終わった。綾にしてみれば10分にも20分にも感じられたが、終わったのだ。いろんな意味で。



「綾さん? あの、どうかしましたか?」


「……な、んでも、ない、の。ただ、ちょっと哀しくなったというか、情けなくなったというか……」



 そう、自分の境遇に。



(でも、もう、なんか、どうでもいいや。なにも考えたくない。このまま無心で薫くんに甘えたい。私頑張ったよね? もうゴールしてもいいよね?)



 しかしながら、残念ながら、綾の災難はまだ終わっていなかった。



「…………ふにゅあっ!?」


「あ、綾さん?」



 皆さんは覚えておいでだろうか。綾が今装着させられているおむつは『高機能全自動介護おむつ・ムツノカミ』だということを。


 「全自動」の単語が示す通り、使用済みの状態を感知すれば次に行われるのは――洗浄だ。



(なにこれ! にゃにこれ!? なんにゃのこれえええ!!)



 果たしておむつの中では一体何が起こっているのか。それは綾にもわかっていない。ただ言葉にするならば、柔らかく、暖かく、優しく、とても気持ちのいい何かがなされている、とだけ。



「は、はにゃ……」



 綾は思わずその場で膝をついて崩れ落ちた。薫からしてみれば、逆さ吊りの落武者に土下座をしようとしている風にしか見えない光景である。



「だ、大丈夫ですか!? どこか具合でも悪いんですか!?」



 むしろ具合が良すぎるから、などとは言えるわけがない。

 もう誤魔化せない。今の状態ではいい考えも言い訳も思い付かない。それならばいっそのこと正直に打ち明けるべきだ。



「……ごめんね、薫くん……私、実は、お化け、苦手なの……」


「……え?」


「だから、腰抜けちゃって……ちょっと落ち着いたら立てるから…………んふゅっ!?」


「……すみません、苦手だったなんて知らずに連れてきちゃって……」


「い、いいのよ……見栄張って言わなかった私が……ぁ……んぅっ……ん? わ、悪かったの……にゅいっ!?」



 そのとき、綾の下腹部にまた変化が訪れた。先程までの洗浄作業の感覚が無くなり、代わりに太ももから膝へと何かが移動しているのだ。

 四つん這いになったままおそるおそる足元を覗いてみると――



「…………ひゅいっ!?」



 おむつだ。あのムツノカミが4本のアームを駆使して、今まさに綾の脚から脱げるところだった。

『使用済みにすればいい。それだけで勝手に外れてくれる』

 綾はそんな栄治郎の台詞を思い出していた。装着者の洗浄が終われば、その次は自分の洗浄作業に移るのだ。



「綾さん、そろそろ後続の人が来そうです。肩を貸しますので、ひとまず外に出ましょう」


「え? あ、いや、その……」



 そうこうしてる内に、ムツノカミはすでに綾から離れ、お化け屋敷の暗闇に紛れてどこかへ行ってしまった。不幸中の幸いと言うべきか、そんな一部始終は薫にはばれなかった。薫を支えにしながらよろよろと立ち上がる。

 


(……あ、でも、もうこれで何も心配しなくてもよくなったんだ。薫くんと普通にデートできるんだ)



 近くのベンチに座らせてもらいつつ、綾は気持ちを切り替える。どんな困難にまみえようとも立ち直ることができるそのメンタルは、綾の一番の長所だろう。



「どうでしょう、落ち着きましたか?」


「うん、もう大丈夫。心配かけちゃったね、私のほうが先輩なのに」


「そんなことないです。僕からしてみれば綾さんは大切な女の子です。むしろいっぱい迷惑かけてください。それに……こう言ってはなんですけど、他の人が知らない綾さんのことが知れて、嬉しかったです」


「……も、もう……またそうやって恥ずかしいこと言う……」


「本心ですから。あ、お詫びというわけじゃないですけど、午後からは渓谷コースターとかの絶叫系に行きましょう」


「いいの? 薫くん、苦手だったんじゃ」


「これも度胸の鍛練と思えばなんてことありません。あと、その前にお昼でも食べてからにしましょうか」


「あ、私お弁当作ってきたんだ。サンドイッチなんだけど、よかったら……」


「ほ、本当ですかっ!? あ、綾さんの手作り……嬉しいです! ぜひ頂きます!」



 雨降って地固まるの如く、色々な困難はあったが終わってみれば結果オーライという形に収まったと言えるだろう。

 幸せな表情で綾の手作りサンドイッチを食べている薫。それを隣から何の憂いもなく眺める綾。初々しい高校生のカップルだ。アクシデントさえなければ、最初からこの様な光景を垣間見れたはずだ。


 腹ごなしが終われば、約束通りに絶叫マシーン巡りが行われる。目玉のひとつの渓谷コースターは、ホログラフで映し出された渓谷を和風デザインのジェットコースターが駆け抜けるアトラクションだ。

 少しだけ並ぶことにはなったが、それほど待つことなく順番が来る。



「うぅ……さすがに緊張しますね」


「ふふっ。今度は立場逆転だね。そんなんじゃ渓谷の紅葉が楽しめないよ?」



 ブザーが鳴り、コースターが動き出す。急な角度のレールをゆっくり登っていくこの時間が綾は好きだった。



(あのおむつが外れてくれて本当に良かった。あのままだったらどんなことになってたことやら。もうスカートが少しくらい捲れてもおむつが見えることもないし)



 頂点まで登りきり、そのまま直滑降へと移行する。



「んひいいいいっ!」


「あははははははは!」



 彼氏の悲鳴さえも楽しさのスパイスだ。



(何も気にしなくていい。なんて気持ちが楽なのかしら。全てから解放された気分よね。あー、風が気持ちいい!)



 渓谷の立体映像の中を突き進むコースター。景色も壮観だ。隣の薫はそんな余裕はないようだが。

 ふと視界の下に映った自分の下腹部を軽く見る。太ももにとお腹には安全バーがしっかりとセットされ、おかしなところは何もない。押さえつけられたスカートの端が、強風に煽られてパタパタとはためいている。


 それなのに、なんだか、おかしいのだ。違和感がある。


 コースターがループに入った。浮遊感を味わいながら円環状のレールを回りきったとき、綾はその違和感に気が付いた。



(風が…………なんであそこに、直接当たってるの…………? あれ? もしかして……?)



 コースターはそんな綾のことはお構い無く、最後の急傾斜部分へ到達する。


 ちなみにお化け屋敷でムツノカミが外れたあと、綾のスカートの中はそのままである。



「…………んきゃあああああああ!!」



 つまり、何も履いていなかった。




ヤマト四季園地の設定は超適当です。なんかイベントをやろうものなら、生存年代とか無視して暴れ○坊将軍と水○黄門をコラボしそうなくらい適当です。(ブロッ○ンブラッド並の感想)

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