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4・ステディーズ

3/28投下分です。

明日も18時投下予定です

 沢谷(さわたに)(かおる)は益戸綾の彼氏である。


 初めて綾を目にしたのは、中学3年のときに知り合いの応援の為に行った空手の県大会だ。空手人口が少ない県ということもあり、中学と高校の大会が一緒に行われていたのだ。


 ふと、二階席から試合場を眺めていたときに目を引いた存在。高校女子の試合場で行われていた決勝戦。ヘッドギアをしているにも関わらず、上段への後ろ回し蹴りにより鮮やかに相手を倒した選手がいた。


 試合が終わり、ヘッドギアを外した彼女を見た瞬間、薫は恋に落ちた。


 流れるような黒髪のポニーテール。相手を射抜くような切れのある瞳。

 しかし、それよりも何よりも、体幹が全くぶれていないその凛とした姿勢の良さが目を引いた。遠目でもわかるほどに。


 あの人とお近づきになりたい。そう決心したら行動は早かった。

 名前、所属の高校をその場で確認し、高校受験まであと半年ほどに迫っていた時期に志望校を変更。彼の偏差値からすればワンランク上の高校だったが、猛勉強により年末にはすでに手の届く位置になっていた。

 更に受験勉強の合間に通信空手にも手を出していた。

 努力の甲斐があってか、無事に合格。入学してからはいち早く空手部に入り、念願の綾との邂逅も果たし、少しずつ交流を深めていった。


 そして夏休みも終わり、2学期になり、学園祭を経て時は10月。薫は思いの丈を綾にぶつけ、恋人関係となった。

 一見すればストーカーと呼ばれる行為に近い程の執念ではあるが、誰に迷惑をかけているわけでもなし、十分に一途な想いと言える範疇(はんちゅう)であろう。……多分。


 そんな薫は、今までの人生で五本の指に入るほどの幸せを感じていた。


 今日は、綾との初デート。


 目の前には私服姿の綾。見慣れている制服でもなく、道着でもなく、淡いピンクの長袖セーターにふんわりとしたミニスカートという私服。さらにその洗練された美脚には、膝上まで紺色のサイハイニーソックスにより包まれていた。

 制服時のスカートとは違って、そのミニスカートからは普段見ることはできない眩しい太ももが、通称「絶対領域」部分のみ覗いている。



「綾さん素敵すぎる女神ですか」


「んなぁっ? い、いきなり何言い出すのよ!?」


「事実なんですから仕方ないです」



 薫は基本的に嘘はつかない。思っても言うべきではないことを判断できる裁量は持ち合わせているが、彼の言葉はいつも本心である。

 特に綾に対しての賛辞はこれが顕著だ。



「……もう。それより、今日はどこに連れていってくれるのかしら。当日まで内緒だなんて、期待しすぎてハードル上がっちゃってるんだから」



 綾の言う通り、今日のデートは薫がエスコートする手筈になっている。最初くらいは男に花を持たせてほしいと言われれば、綾も特に否はなかった。



「任せてください。というわけで、今日の行き先はこれです」



 そう言うと懐からカードの様なものを取り出す薫。綾はそれを受けとると、それまでは懐疑的だった表情を一変させた。



「こ、これ、ヤマト四季園地のフリーパス!? うそ、まだ休日は入場制限かかってて手に入りにくいのに!」



 ヤマト四季園地とは、半年前に県内に出来たばかりの遊園地である。コンセプトは「日本の遊園地」。

 園内の至るところに設置された、樹木に瓜二つのオブジェクトが四季ごとに桜、広葉樹、紅葉、氷雪樹と移り変わる。普通の遊園地のようなアトラクションも、日本風味に加工された上で豊富な種類がある。ネット上の評価は「日本風の某夢の国」だそうだ。

 しかし、雰囲気重視なのか人手が足りないのか不明だが、土日祝日の入場に関してはネットでの予約が必要なのだ。これがまた倍率が高く手に入りづらいときている。



「お恥ずかしながら、自分の運じゃなく親戚の伝手(つて)で手に入りまして。急用で行けなくなったらしく、そのお鉢が回ってきた次第、というわけで」



 ちなみに一応はそういった譲渡や売買は禁止されてはいる。だが株主や関係者の身内への譲渡に関しては、申請さえあれば問題はないことになっている。薫の場合は叔父が関係者だったのだが、従兄弟たちとの激しい競り合いの末、来年のお年玉を犠牲にしてまでなんとか手に入れたのだった。



「それでも……ありがとう。うん、凄く楽しみだわ」


「喜んでもらえるならそれが僕にとっても一番嬉しいですから」



 少し顔を赤らめ、目を反らす綾。「そんな仕草もまた可愛いなあ」と考えつつ顔がゆるむ薫。

 それじゃあ行きましょうかと薫は手を差し出し、綾もそれにあわせてそっと握り返す。

 少し汗ばんだ綾の手のひらの感触。それを感じるだけで薫の思考回路はショート寸前である。


 頬を染め、緊張による発汗。いつもと違って少しぎこちない動き。(はた)から見れば初々しい少女にしか思えない。そんな彼女の胸中はといえば。



(やばいやばいやばいやばいトイレ行きたくなってきちゃった……!)






 益戸綾は、絶賛尿意を我慢中の乙女である。


 無事に目的のヤマト四季園地に到着し、何事もなく二人で入場した。

 季節は秋。まだ十月中旬であり紅葉の時期には少し早いが、園内に設置されている樹木オブジェクトやホログラフにより、見事な紅葉が演出され辺り一面に広がっていた。



「うわぁ、これが作り物だなんて思えないですね」


「……そうね、とても、きれいだわ……」



 もみじが多く設置されている広場に来ると、その(あか)が綾の頬に映える。そんな瞬間を垣間見た薫は感動にうち震えていた。


 しかし、綾にはそんな光景を楽しむ余裕はなかった。



(なんでなんでなんで、わざわざ冷えないようにギリギリまで厚着してきたし、ストッキングはおむつのせいでダメだったからニーソだって履いてきたのに、まだトイレいってから4時間くらいしか経ってないのに……!)



 自分の身体の融通のきかなさに思わず腹をたてたくなる綾だったが、初デートの上におむつ着用中という緊張感でトイレが近くなってしまうのも仕方ないと言えよう。

 そんな状態でも表面上は、多少の発汗と頬を染める程度の変化しか見せない。日頃の鍛練と根性の成せる(わざ)である。



「それじゃあ綾さん、どのアトラクションから行きましょうか」


「……じゃあ……まずはこの『茶器回し』か『回転騎馬』かな」


「遊園地の定番ですね」



 聞き慣れない名前ではあるが、要はコーヒーカップとメリーゴーランドである。カップが茶器になっていたり、馬が戦国時代の有名どころだったりはするが。

 薫が言う通り確かに定番ではあるアトラクションだ。だが綾にとっては、とにかくなんでもいいから座れるもので比較的動きが激しくないものを選んだだけであった。


 そうして綾はいくつかのアトラクションを無事に乗り切っていく。顔で笑って心で泣いて。

 薫は薫で綾のことをちゃんとエスコートしている。必要なところではレディファーストを心がけており、綾の心に余裕があればきっと惚れ直していたに違いない。




 しかし、そんな細かくも紳士な気遣いは、ときに悲劇を招く。




「綾さん、すみません。少しトイレに行ってきますね」


「…………あ、うん。じゃあ、私はそこのベンチで待ってるね?」



 『私だって行きたいよ!!』と思わず叫びたくなる綾だったが、すんでのところで我慢する。

 ベンチに座り一息つくと、ささくれだった心も少しずつ落ち着いてくる。それと同時に膀胱も落ち着いてくる。瞑想、精神統一、心頭滅却、明鏡止水。



(なんだ、落ち着けばなんとかなるじゃない。そうよ、これしきのトラブルは全国大会の試合中に足を痛めたときに比べればなんともない。弱気になるな。己に負けるな。おむつごときに私の信念を曲げられてたまるかと――)



「綾さん、お待たせしました。あ、これついでに買ってきたのでどうぞ。温かい紅茶で良かったですかね」



 目を開けた綾の前には、戻ってきた薫と、その手に握られた紙コップ。


 その光景を目にした綾は、笑顔だけは維持しつつも目から光が消えた。「絶望」という二文字が頭の中を占めていく。



「あ、りが、とう。喉、渇いてたから、ちょうど、よかったわ」



 ああ、そういえば前に紅茶が好きだって話したことがあったなあ、と思い出す。普段なら、こんな細かいことまで覚えていてくれたのかと嬉しい気分になるのだろうが、いかんせんタイミングが悪かった。悪すぎた。最悪だった。


 綾はかすかに震える手で紅茶を受けとると、おそるおそる口につける。

 


(大丈夫、大丈夫、冷たい飲み物じゃなかっただけまだマシ、いける、いけるはず、いかなくちゃ、頑張れー、負けんなー、ちからのかぎりー、飲み干してやれー)





























「…………五臓六腑に染み渡るわ…………」



 とくに腎臓に。




薫のイメージは、世界樹の迷宮Ⅳの男の娘ソードマンを黒髪にした感じ。

しかしこいつ綾にフラれてたらどんな高校生活送ってたのやら……

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