2・カラテガール
初回のみ3話目まで連続投稿です。
本日二回目、19時投稿分。
3話目は一時間後の20時に予約投下済み。
益戸綾は空手少女である。
伝家の宝刀、上段への後ろ回し蹴りを繰り出して相手を沈めた数知れず。個人での全国大会出場経験あり。高校の空手部では男子顔負けの強さで、女子の中では主将を抜いてのトップだ。家庭の事情から部活の重役にはなれていないが、後輩への世話焼きを欠かさないその姿勢から綾のことを慕うものは多い。
そんな綾に彼氏ができた。
黒髪ストレートのロングヘアーに整った顔。男の目を惹きやすい綾が、中学の頃から告白された回数はすでに20を越えるのだが、自分より弱い人には興味を持てなかったし、例え強かったとしても自分の好みに合わなければ意味がない。そんなこんなで、家庭の事情という体のいい言い訳などを使いつつ、今までのらりくらりとお断りし続けていた。そのお陰でファザコンだという噂が立ったりもしたが。
しかし、彼に告白された瞬間、恋に落ちた。
彼はいわゆる「男の娘」と言われる分類の可愛い系男子だった。
男らしくなりたいという目標を掲げて空手部に入ってきたのだが、それもこれも綾に相応しい男になりたかったからだと言う。
『一目あったときから、好きでした! 僕は背も低いし、先輩より弱いし、何より自分に自信がないけど、誰よりも先輩のことが好きな気持ちだけは負けません! 付き合ってください!』
――などという、創作物ではありきたりに思える謳い文句だったが、ラブレターや回りくどい言い回しをしないストレートな告白と、さらには昼休みの中庭で多数の生徒がいるという場面での宣言だった。
恥ずかしさのあまり数分ほどフリーズした綾が再起動すると、すかさず彼からの追い討ちが。
『返事を待つなんて言いません! ここで答えを下さい!』
告白された経験こそあれども、ここまで切り込んできた男はいなかった。焦った綾の返答はといえば。
『わ、私のこと、これからは名前で読ばないと許さないから!』
空手の試合では一瞬の判断が勝敗を分ける。このときの綾の思考回路は、
「見た目はなよなよしてたくせに男らしいじゃない……!」から、
「う、うん、付き合ってもいい……というか付き合ってみたい……」に変わり、
「好き、だよね。この気持ち、好きってことでいいんだよね?」と自問自答へと流れ、
「あ、でもこんな衆人環境の中で私も好きだなんて恥ずかし過ぎて言えない!」などと乙女らしい考えも湧きつつ、
「と、とりあえず、了承! オーケーってことだけ、ちょうど良い塩梅での表現で伝えなきゃ! えーと、うーんと……」というところまで10秒ほどかけて到達し、先程の返答となった。
聞きようによってはお互いに両想いとしかとれない台詞である。
見た目は男らしくない彼ではあったが、その告白劇の男らしさが功を奏し、女子からは大絶賛と応援を受けることに。男子や綾を狙っていたライバルですら「あそこまでやられたら何も言えない」と肩を竦めるほどであった。
もちろん中には妬み嫉みの陰口や、邪魔をしてやろうと行動に移すものもいたが、大多数の味方により駆逐されていったのである。
そんなことを経て彼氏彼女になった二人。
今日は初デートの日だった。
楽しみの余りに寝れなかったということはなく、逆にいつもより若干早く起きた綾。
日課である父の部屋へのノックをしても返事は無く、ドアを開けてベッドに本人がいないことを確認すると、またあそこかと内心溜め息をつきつつ階下へ。
『開発室』というプレートが掲げられた部屋には明かりが点いていた。こちらのドアでも一応ノックをしてから中を覗くと、目には隅、顎には無精髭を生やした自分の父親が一心不乱にキーボードを叩いていた。
どうせノックの音も聞こえてないんだろうなあ、と呆れつつも声をかける。
「おとーさーん、また徹夜したの? 私、今日は出掛けるから朝御飯軽めのだけ用意しとくね。ちゃんと食べてよ?」
「うむ……わかった」
発明馬鹿な父親ではあったが、その発明は家族に金銭面で不自由な思いをさせたくないが故にということは理解しているし、不器用ながらもちゃんと親としての愛情をかけてくれているのも知っている。
父と母は離婚しているが、裁判や慰謝料などが関わってこない円満なものであったし、綾も普段から母との付き合いがある。今の生活に大きな不満や不安はない。
しかし、そんな綾も今日のデートには一抹の不安があった。
初デートということもあって、彼に私服を見せるのも初めてなのだ。
普段はピッチリとしたデニムジーンズばかり履いているが、デートとなるとやはりスカートを履いた方がいいのかもしれない、とも思う。しかし、客観的に見て自分がおしゃれなスカートなど似合うのか甚だ疑問だと感じているのだ。もちろん所持はしているし、女友達にも称賛をもらったこともあるが、いまいち自信がない。だったら、いっそのことスポーティーなジーンズの方が……いや、でも……と脳内でせめぎ合う。
そんなことを考えながらも、朝食兼お昼の弁当用にサンドイッチを作る準備を始める。大体の具は昨晩の内に作り置きを用意してあるので、あとは野菜を切るくらいで済む。
彼と食べるためのサンドイッチは食パンの耳を切ったりして見映えも良いものにするつもりだが、自分達の朝食用にはトースト2枚で適当に挟んだものでいいかと決めて、オーブン&レンジ機能のある某調理機械に食パンを必要数放り込んでスイッチオン。
焼き上がる前にトイレに行っておこうと思い台所を出た。
台所からトイレに行く廊下の途中には、開発室への通路もある。
開発室のドアは、綾が出ていったときに完全に閉まっておらず、少しの隙間があった。
キィ……とドアが更に開いた音がした。しかし人の姿は見えず。綾が開発室の通路前を通りすぎるが、その変化に気付くこともなく。
だが確実に、動いている何かが綾の姿の後を着いてきていて。
音も無く、そのまま、綾と一緒にトイレの中に侵入していったのだった。
「……いやあああああああああああ!!!!」
綾のイメージは世界樹の迷宮Ⅳの黒髪ポニテスナイパー。
どこかのドリル髪型のねーちゃんではありません。