1・インベンター
全8話予定。一週間以内に終わります。
初回のみ3話まで連続投稿。
1話目→ 3/27 18時
2話目→ 3/27 19時
3話目→ 3/27 20時
よろしくです。
益戸栄治郎は発明家である。
発明家と言われると創作の世界ではマッドサイエンティストのような人物を思い浮かべる人もいるだろうが、彼は純粋に特許などにより収入を得ている文字通りの発明家である。
そんな彼は今年で40歳。段々と言うことが利かなくなってきた身体に鞭打って、徹夜で仕事をこなしていた。
彼が行っていたのは次の発明品の根幹となるプログラムの作成だ。その名も『ムツノカミ』。
坂本龍馬が所持していた愛刀に肖ってのネーミングではあるが、栄治郎の使用しているパソコンから伸びているコードの先にあったのは――
『おむつ』であった。
おむつといえども曲がりなりにも発明品である。勿論、ただのおむつではない。
これは『全自動介護おむつ』を目指して作られた至高の大人用おむつになる予定だ。
老人の介護に関して、近年様々な問題がニュースなどで取り上げられているのを知らない人は少ないであろう。
高齢者が高齢者を介護する老々介護。介護施設や介護員の不足。高齢化社会が加速する中、これらの問題を解決することは急務であると言えよう。
介護の中でも一際厳しいものの一つに、下の世話が挙げられる。
栄治郎にとっても他人事ではない。かわいい一人娘を持つ身となればなおさらだ。自分の為に苦労なんぞかけさせたくはないし、人間の摂理とは言え、老後の不甲斐ない姿をむざむざと見せたくもない。
世間の為に、ひいては自分の為に。なんとかして、少しでもこの悩みを解消できないか。
そのような流れで開発に着手したものがこのおむつだ。
『全自動介護』の名が示す通り、このおむつは着用者の排泄を関知すると、自動でその処理をしてくれるという高性能介護商品なのである。
臀部の洗浄は勿論、排泄物の廃棄、自らの洗濯は基本として、対象者の健康状態チェックや、いざというときの危険信号通知などといった機能まで兼ね揃えている。これが商品化されればどれだけの人の苦労が解消されることになるだろうか。
そんなムツノカミの開発状況は完成まであと半分といったところと推測される。
ひとまずの基本的な動作確認をするため、試作機のICチップへシステムコードを入力しようとしているところなのだが、完璧主義なこの男は自分が組んだプログラムに致命的なミスがないかどうか確認をしているのだ。
そこまでやるならむしろどこかの企業に持ち込んだ方がいいのではないかとも思うが、いかんせんプライドが高すぎたり奇行が目立つゆえに、昔からそういう集団行動に向いていなかった。なまじ一人でなんでもこなせてしまうのも、一人での開発に進ませてしまう要因だったのだろう。
「……もう少し……もう少しだ……あとちょっとで、こいつの動く姿が……ひっひっひ」
現在の彼は徹夜続きのせいで若干ハイになりかけていた。どんなジャンルの創作者も、作品が完成間近や一区切りつきそうだったりすると、ラストスパートをかけつつハイテンションになったりする。彼はまさにそんな状態だった。
「おとーさーん? また徹夜したの?」
娘の綾が起きてきたようだ。時計は6時を示している。
「私、今日は出掛けるから朝御飯軽めのだけ用意しとくね。ちゃんと食べてよ?」
「うむ……わかった」
この家には栄治郎と綾しかいない。妻とは栄治郎の世間離れが酷すぎていた時期に「もうついていけない」と言われて離婚しているのだが、綾は「お父さん一人だと生きてけないだろうから」と残ってくれたのだ。まだ高校二年の17歳だというのに、部活をしながらも家の家事までこなしている。
栄治郎は金にものを言わせて、食器洗い機や乾燥機など楽にできる部分はできるだけ買い揃えてはいるが、それでも人一人の世話というものは大変である。
そんな娘に感謝をしつつリビングに行こうとするが、ハイな状態では気付かなかったが集中力が切れてしまうと思いの外疲れていたことがわかる。眠気も急に襲ってきて、立ち上がるのも億劫だ。
朝食ができるまで20分くらいはあるはずだ。少しだけ仮眠をしておこう……と思った瞬間、栄治郎は倒れるように机に突っ伏した。
意識の緩みにより、今まで溜まっていた疲れが脳にストップをかけたのだ。
そのまま栄治郎は睡眠に入ってしまった。
自分が今までタイピングしていた、キーボードを枕にして。
栄治郎のイメージは、ポケ○ンのタケシに多少のシワと無精髭を付け足したような感じ。
このお話の時代設定は、現代だけど30年くらい未来です。