奇名
一話完結形式でお送りする予定です。
違う話を書けば、長編の方が書きたくなってくるはず……!
DQNネーム、と言うものを知っているだろうか。
最近ではキラキラネームとも言われるようになったらしいが、ネットを触る人間ならこちらの方が身近かもしれない。
規則やマナーを守らない、守ろうとしない、何故守らなくてはいけないの?と本気で考えている人間――要は世間の常識とはズレている人間を皮肉ってDQNと言う。
そのDQNが付ける名前、もしくはそのDQNの名前が奇抜なことが多い為、そういった一目で読めない名前に対するスラングがDQNネームだ。
ただ、このDQNネームには幾つかのバリエーションがあり、場合によっては無難な名前でもDQNネームと認識されることがあるので注意が必要である。
俺は、このDQNネームやキラキラネームと言う言い方が嫌いだ。
考えてみろ。創作された物と言っても、無理に分ければDQNもキラキラも日本語の分類に入るんじゃないのか?それなのに英語のネームと合わせるってどういうことだよ?
名前の奇抜さを皮肉ってわざとそのような違和感ある言葉を使っているのだろうが、そのような言葉を好んで使う者も頭が悪いと思う。
名。な。めい。みょう。元々は昔の中国から来た漢字から、日本は何千年もの歴史の中で、新しい読みを、新しい文字を作ってきた。
一つの種が幾つもの種に分かれるように、基本は同じかもしれないが、そこから派生した言語は別物と言えよう。日本語が書ければ中国語を書けると言うものではない。逆も然り。
俺達は一体どこに住んでいる?日本人だろう。俺達は一体何人だ?日本人だろう。旅行や仕事で来日している者は除くとして、ネームだなんて頑張った英語を使う必要はないではないか。
だから俺は声を大にして主張する。DQNネームやキラキラネームなどといった外国混じりの変な言葉を喜んで使う日本人よ。
奇妙奇天烈奇抜な名前を表すのに、最も簡潔で、相応しい言葉を使おうではないか!
「即ち、奇名と!」
「なあ、奇名って変わった評判って意味らしいぞ」
手元のスマートフォンを弄りながら、獅子王が言った。横から覗き込んだ心愛が、あ、本当だ、と呟く。
「しかも奇天烈も当て字じゃないの?」
「どんな字でしたっけ?」
種子に尋ねられた祐助は、奇妙の奇に天気の天に……と指を動かしながら答えていた。
皆の注意が離れたので、弁当に戻ろうとする俺に、舞蹴が声を掛ける。口に入れた直後を狙うなよ。
「種子の次にまともな名前なんだから、諦めれば?」
「誰かと比べなきゃまともじゃない時点で問題だろ」
まともかどうかを決めるのは本人ではない。それを聞いた他人なのだ。そして、他人にとっては、名前の由来も姓名判断も、一番重要である筈の本人の人間性も関係ない。
「読み方変えればいいだけじゃん」
「なら何で誰も『ひでお』って呼ばねぇんだよ!」
思わず立ち上がってしまった俺に、クラスの視線が集まった。しまった、と思って慌てて謝ると、皆気にするなと言う風に手振りなり笑顔なりを返してくる。
いいクラスだ。身内贔屓かもしれないが、日本一、いや世界一のクラスだと思う。奇名に惑わされず、俺達を受け入れてくれる人間なんてそう居ない。あ、やべ泣きそう。
「俺、このクラスで良かった」
「うちの高校自体結構アレだが、このクラスの順応性の高さは半端ねぇよなー」
「まあ、慣れるくらい問題が起きてるってことでもあるんだけどね」
「あ、来たみたいですよ」
騒がしい昼休みよりもなお騒がしい、がちゃがちゃドスドスと廊下を走る音が聞こえてきた。
知らない。俺は気付いてない。玉子焼きを口に運ぶ。げ、今日は親父用の味付けか……。
俺のげんなりした顔に気付いたのか、心愛が箸を伸ばしてくる。弁当箱を持ち上げて取りやすいようにすれば、ひょいと摘ままれる黄色い玉子焼き。
ほくほく顔で咀嚼している心愛を見て、美味そうに食べるなぁとは思うが、共感はできない。甘くない玉子焼きって微妙じゃね?
「暢気に昼飯たぁいい身分だな!」
「自分の巣に帰れ」
今度は心愛が自分の弁当箱を持ち上げた。今日は心愛も外れだったらしい。綺麗な黄色を摘まんで口に入れれば、玉子の風味と仄かな甘さが伝わる。やっぱり玉子焼きはこうでないとな。
「無視してんじゃねぇよDQNネーム!」
「奇名と言え真性DQN!」
俺がDQNネームを止めさせたい理由はこれもある。ブレザー校なのに短ラン着てるような奴に、茶髪金髪どころか何故か青髪の奴に、固有名詞とはいえDQN呼ばわりされる筋合いはねぇ!
「佐藤、今度はまた凄い色に染めたな」
「あそこまではっきり染まるのって、どこで売ってるんだろうね。美容院?」
「てか佐藤君、懲りないねー」
入学当初こそ戦々恐々としていたものの、クラスメイトが俺達から机を離す動作も今では慣れたものだ。
それどころか、観賞しながら弁当だのスナックだのを食っている始末。あれ?クラスメイトの愛がわからない。
「今日こそケリ着けてやる。表出な」
「飯食ってるから無理」
五限は俺の楽しみな体育なのだ。抜くのも無理に詰め込むのも嫌である。
そもそも佐藤の言うことを聞いてやる義理がねぇし……と、紙パックのお茶を飲む。1Lサイズも売っているとは、この学校の購買はわかってるよなー。
もう完全に放置を決め込むことにした俺に、佐藤の嘲笑が降り注ぐ。
「はっ!ビビってんのか、吉田ヒーローさんよぉ!」
「誰がヒーローだボケぇええええ!!」
それがある日の昼休み。