表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

非武装少女クララちゃん

非武装少女クララちゃん

作者: 小林晴幸



 ――その日、悪は滅びを迎えた。

 常に暗雲に取り巻かれた、悪の居城も今日で終わりを迎える。

 それぞれの種族から選び抜かれた勇者たちは、悪の滅びを静かな目で見守った。

 全身から灼熱の血を噴き出し、黒い霧を身に纏ったまま。

 上半身を支える力も失い、玉座に深く身を沈め、もたれかかるモノ。

 今まさに最期を迎えんと、終わりの静けさにかすれた呼吸を繰り返す。

 奴こそがまさしく、人類の天敵。

 世界を終末へと導くモノ――悪の化身、魔王。

 己の命が失われていく逃れようのない実感の中、魔王はいっそ称賛の籠る眼差しで自分達を倒した者どもを見上げた。

 中には全身に深い傷を負ったモノもいる。

 手足をもがれ、失ったモノもいる。

 既に戦士としての力を失い、これ以降は戦えないモノもいるだろう。

 戦う力どころか、命そのものを失い、二度と目を覚ますことのないモノも……

 しかしそれでも、未だに立つ者がいる。

 その身に衰えぬ気力と余力を纏い、強い眼差しで魔王の終焉を見定める者がいる。

 最後に立っていた6人の若者に、敗北を得た筈の魔王はだが不敵な笑みを向けた。

 それは決して、終わりに諦めた者の顔ではなく。

 自分が敗北したと、沈みこむ者の顔ではなく。

 あくまでも先を望む、執念の笑み。

 警戒して身構える若者たち。

 戦えない身でも息を呑み、仲間の邪魔にならぬよう下がる負傷者。

 それら戦いへの覚悟を決して失わない勇気ある者達に、魔王はとびきり邪悪に見える様に悪辣な声を投げかけた。

 最後の力の、その全てを振り絞って。



「勇者たちよ、見事である。如何なる宿願、悲願、希望、野望を宿していたのかは知らぬ。しかしこの世の邪悪の化身たる我をよくぞここまで打ちのめし、討ち果たした。褒めてつかわそう」


「――だが、これで終わりではない。勇者たちよ、忘れるな。確かに我は今ここで滅ぶだろう。だが、これで終わりではない!」


「貴様ら人が存在する限り、悪は決して滅びぬ……! 我を倒したとて、第二第三の我がそなたらの前に現れるだろう!!」


「我を倒して得た束の間の平和を精々無駄にせぬよう、謳歌しているが良い。すぐに貴様らの平和を嘲笑い、蹂躙しつくす悪が現れるのだからな。その時に負けるのは果たしてどちらか……未来は誰にもわからぬ。しかし次の悪は必ずや、我に果たせなんだ悲願を、この世の滅亡を……!!」



 ――どしゅっ



 魔王は短い命を振り絞り、しかし全てを語ることは出来なかった。

 まるで呪詛のような、邪悪な言葉。

 嘲笑うような狂笑。

 魔王の不吉な言葉を厭った勇者の1人が魔王の胸に剣を突き立て、邪悪な予言が紡がれるのを止めた。

 これが呪詛であれば、成就を前に食い止めることができれば無効となるだろう。

 残念ながら、この言葉は呪いなどではない。

 いや、もしかしたら自然と呪いになっていたかもしれない。

 だがそれを勇者たちが知ることはないだろう。

 彼らは一様に不安の隠せぬ顔で、しかし動揺を胸に押し隠し、魔王の亡骸の首を刎ね、手足を切断した。

 もう二度と復活することのないよう、魔王の四肢を分断して個別に封印する為に。

 これでこの魔王が復活することは、二度とない。

 だがそれで、勇者達の心の暗雲は拭い去れない。

 しかし遺された言葉のあまりの不吉さゆえに……勇者たちの顔が晴れることは、一向になかった。


 彼らは抱えた苦みと不安から、決して誰かに魔王の言葉を伝えようとはしなかった。

 ようやっと訪れた平和な世に、余計な混乱を招かぬために。

 それは魔王を討伐する為に選び出され戦った、全ての勇者たちが話し合いの末に決定した総意であった。

 中には先々を危惧し、決定に異を唱える者もいはしたのだが……

 最終的に話し合いでの決定に従うことを決め、彼らは重い口が開かぬように固く(つぐ)み続けたのだった。





 ――悪が滅びたその同日、同時刻。

 悪の居城からは遥か遠い場所で。

 雄大なる大自然、遠くに連なる峻厳な山々。

 山から湧き出でた清水が大地を潤し、育まれた広大なる森林の辺縁部。

 偉大なる野生の掟が支配する地にて、『新たなる悪』は目覚めた。

 生まれたばかりのその身に、先代から……いや、果てしなく連綿と続く代々の『悪』から受け付いだ、莫大な知識と記憶をその身に宿して。

 ……そして何よりも、『悪』が『悪』たる由縁ともいえる、使命を小さな体に受け継いで。

 黒くつぶらな赤ん坊の瞳が緩く開かれ、己の滅ぼすべき世界を目に移す。

 ――瞬間。

 何故かその身を、無視の出来ない絶大なる悪寒が駆け抜けた。

 先代から受け継いだ記憶から、新たな悪はそれを『危機感』と認識する。

 体は本能に突き動かされ、己で考えるよりも先に勝手に動きだす。

 それこそ、我が身に刻まれた本能の成せる業。

 ぶるぶると震える体は、必死に本能に応えようと動き……


 そして、『彼女(あく)』の細い四肢はしっかりと大地の上に立ちあがった。


 ぶるぶると震える体に困惑しながら、彼女の黒い眼差しが求めたモノ。

 開かれた瞳は、我が子を悪と知らずに産み落とした、無知な親を……巨悪の芽と言える彼女の実親を映し出す。


 心配そうに、我が子に注がれる眼差し。

 悪は確かに、そこに親子の情を読み取った。

 どのような親から生まれたのかと、自分はどんな身体に生まれたのかと……それを判別する為、悪の視線が『親』をしっかりと見据える。


 悪の目に映った(モノ)、その姿は……

 しっかりと子供に受け継がれたつぶらな瞳。

 大きく上に伸びる薄い耳。

 細長い茶褐色の頭。

 小柄な馬のようにも見える肉体に、黒と白の二色で彩られた四肢……


 親を確かめた、瞬間。

 悪は大地に膝をついた。

 そのまま見事な五体倒置を披露する。

 我が子を見下ろしてどことなくおろおろする親を置いて、悪は内心で叫びをあげた。



 ――オカピかよぉぉおおおおおお……っ!!




 次代の魔王たる『悪』の芽は、野生動物:オカピに生まれた。

 足の縞模様が美しく、森の貴婦人と呼ばれるオカピ。

 魔王の後継者は、雄大なる大自然の中で草食動物として野獣(主に豹)に狙われて生きるスタートを切った。

 何はともあれ、悲願を果たす為にも生きていかねばならない。

 そうして力を蓄え、いつか悪として世を脅かすのだ!

 ……それがどれだけ遠い道のりだとしても!


 まあまずは、オカピとして大自然の中を生き延びるべく、親からオカピの生き様を学ばねばならない。

 今は雌伏の時と、魔王(仮)オカピは野生動物らしい親子生活を始めるべきだ。


「なんて可愛い子かしら! あなた、名前はなにが良いかしら」

「うむ、そうだなぁ……女の子だからクララにしよう」

「すてき!」


 ――しかも女かよぉぉ!?

 いや、不満がある訳じゃねえけどさぁ!


 だが理想と現実の大きな差異を抱えたクララ(悪)の今後の生活は、中々前途も多難そうだった。

 取敢えず、目指せ独り立ち!






クララ Lv.1

 種族:オカピ

 職業:野生動物

 HP:5

 MP:2

 SP:2

 スキル:野生の力Lv.1 野生の勘Lv.1 哀願ビームLv.1 

 称号:悪の芽 魔王の後継者

 装備:毛皮(自前)




 彼女(クララ)が悪として起つ日は……未だ遠い。








オカピ

 鯨偶蹄目キリン科の哺乳動物。

 足の縞模様が美しく、森の貴婦人などと呼ばれる。

 頭胴長1.9-2.5m 肩高1.5-2.0m 体重200-250kg

 体型的にはウマに似ている。

 胴体は黒褐色からやや明るい茶色。四肢にはシマウマの様な白と黒褐色の縞模様があるのが特徴。生息地である森林での保護色であり、同種間での目印になっている。

 密林の辺縁部に暮らし、単独か親子で生活している。

 草食で警戒心が強く、天敵は豹。(以上、Wikipedia調べ)

 作中のオカピは異世界のオカピなので、微妙に地球のオカピとは違います。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 普通に声あげて笑えた。自分にはない発想だった。 [気になる点] 体重200-250mではなく㎏ではないでしょうか?重箱の隅をつつくようで申しわけありませんが、一応。 [一言] 人類最前線な…
[良い点] 魔王がオカピ。 [一言] なんて斬新な魔王さま……! 素敵!
[一言] 日本でオカピが見たいなら、横浜動物園ズーラシアがお勧めです。 時間によっては、飼育員さんによる解説付きの餌やりが見れますよ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ