新入部員歓迎会
グラウンドは殺気だっていた。部員達は率先して守備につき、残りはベンチにずらっと並ぶ。
「あまり深く考えなくていい。前もって言っておくが、別に打たれたら入部拒否とかそんな事は主将の俺がさせない。歓迎会だと思って気楽にやってくれ」
誠はどうしたらいいか分からず主将に助けを求めたが、帰って来たのは望んだものではなかった。
……あれ、主将って凄く親切で優しそうだったのだけど。
念のため、ちらっとかなえの方を覗うとメッチャキラキラした目でこっちを見ていた。
……おまえもか。
ここまで来たら投げないという選択肢は選べそうにない。余興と諦めて誠は大きく振りかぶりオーバーハンドでキャッチャーのミット目掛けて投げ込んだ。
誠の投球モーションを見て「えっ!?」っとかなえがそれに驚くが、気づいた人間はいなかった。
そして誠の放った球はミットに収まる前に飯塚のバットに捉えられる。しかしその打球はバッターボックスの後ろに飛んでいきネットにぶつかる。明らかに飯塚の振り遅れであった。
「……速いな」
一人が唸りながらもそう評する。他の部員も同じ意見なのか特に口を開かなかった。
バッターボックスの飯塚は初球が甘いストレートだと予想していた。
キャッチャーとの打ち合わせのない以上、変化球など投げないだろうし、なるべくボールにもしたくないだろう。更にはデットボールなんてしてしまえば場の空気を最悪にしてしまう。そんな中で選べるボールなど真ん中やや外角よりのストレートぐらいだろう。だからこそ最初から山を張って待ち構えていた。
結果はど真ん中のストレート。しかし飯塚の唯一の誤算は誠の球が予想以上に速かったことだろう。ついこの前まで中学生だったとは思えないほどの直球に振り遅れ、なんとかバットにかすらせるのが精一杯だった。
玉数を決めていなかったので誠はとりあえず、止めが入るまで投げ続ける。
飯塚は次も同じように振り遅れ、3球目でセカンド前にゴロが転がる。
最初は詰まり気味だった打球もタイミングが合って来たのか前に、そして大きく飛ぶようになる。そして14球目となる、ど真ん中のストレートをセンターオーバーの打ち返したところでバットをおろした。
「流石は期待の新人だ。なかなかの腕前じゃないか。……まあ、打てなくはないがな!」
内心の動揺を悟らせないように、飯塚は言い放つ。
しかし、飯塚は気づいていた。14球全てがど真ん中のストレート、それも同じ速度の球が寸分違わずである。打てない方がおかしい。そして、それはたとえ誠のストレートが140㎞出ていたとしても同じことである。
勿論、変化球どころか上下左右に散らされるだけで打てなくなるのが分かっていた飯塚はきりの良いところで早々に切り上げ、そんなことはおくびにも出さず上から目線で誠に評価を下す。
それに対し部員達も口々に意見を言う。
「いや~、本当に速いな~」
「確かに速さだけならウチのエースぐらい出てんじゃねぇ」
「まぁ、まだまだだけど1年なら十分じゃね」
「ああ、これからが楽しみだ。勿論、まだまだだけどな」
「いやいや、打った飯塚の方もなかなかだな」
「ああ、流石飯塚だ」
決して全てが本心ではない。部員達にしてみても嫉妬から始まりただ調子にノッていただけというのもある。
主将はそろそろ部員達を止め、飯塚を称えつつも誠を褒め、新しいチームメイトを皆で祝福という形にしようと口を開きかけた。
「違います! 誠さんは……誠さんは……」
しかし、かなえには耐えられるようなものではなかった。うつむき声を震わせがらも言い放つ。
それに対し、焦ったのは部員たちだった。さっきまでの余裕っぷりはどこへやらおろおろしだす。
「いやいや、凄いよ。ホントに」
「そうそう、ムッチャ速いし」
「今回はたまたま打たれただけだしね」
「飯塚も調子が良かったみたいだし」
口々に誠を擁護する発言をするものの、かなえは「誠さんは……誠さんは……」と口にするだけで一向に収まる気配が見えない。
かなえにも誠がキングであったことを隠したがっていることは分かっていたし、だからこそ部員達にはキングのことは話さなかった。
オーバーで投げる誠を見て、残念に思う気持ちもあったが、それが誠の決断なら尊重しようとも思った。
しかし、誠を大した事がないという風に話す部員を見てとても悲しくなった。なにより誠の凄さを一番よく知っている自分が何も言ってあげられないことが辛かった。
我慢しても涙が溢れ、止めようと思ってもこぼれ落ちる。
「あんたら全員、土手走り10周!!」
そんな空気を断ち切ったのはあかりであった。
あかりはかなえの肩を抱き、よしよしと慰めながら部員全員を指さし言い放つ。
「「ええぇぇぇっ!?」」
1年の多くが付いて行けずに、声をあげる。2年以上は混乱しつつもあかりの意見に反対するような愚は犯さない。
「1年っ! 返事は!!」
「「はいっ!!」」
すかさず、主将の怒声が入り、これにまた1年生が条件反射で応える。
「……あかり先輩、もしかして僕もですか?」
そんな中、明らかに自分を向いている指に対し疑問を持った誠があかりに尋ねる。
「当たり前じゃない。あんたがこいつら全員を圧倒させられるぐらいの球投げてたらかなえちゃんが泣くことも無かったんだし」
あかりは知らない。少なくとも誠の実力に全員圧倒されていた。言葉の半分以上はかなえと仲良くすることに対する嫉妬と言えるものだったということを。
誠にしては第二の野球人生ということでキングの象徴だったアンダーを何となく避けただけであったが、そのことが予想以上にかなえを苦しめたのだろう。
……最低だな。
自分の馬鹿さ加減が嫌になってくる。しかし、それなら尚のこと、このままでは終われない。
「すみません! もう一回お願いします。今度は本気だしますから!!」
全員に聞こえるように――――かなえに届くように誠は大声で宣言する。
全員の頭に疑問符が浮かぶなか、かなえが早くも顔をあげこちらを覗うように見ていた。
……か、可愛ええ
かなえの可愛さに動揺しつつ、こんな子を泣かしてしまったことを深く反省する。
「ど真ん中ストレート投げます。……ただしアンダーで!」
状況が理解できず一応という感じで、座ってミットを構えたキャッチャーと打席に入った飯塚に改めて言う。
全員が混乱する中、かなえが更に目をキラキラさせこちらをみつめる。
……それでこそかなえさんだな。
元気を取り戻してくれたかなえにホッとしつつ、お詫びに本気をだそうとボールをしっかり握りこむ。
そして、セットポジションから今度こそ思いっきりアンダーで投げる。
パッァーンッ!
乾いた音ともに、気がつけばボールはミットに吸い込まれていた。
誰もその場から動けなかった。バッターはバットを振ることもできず棒立ちし、キャッチャーに関してもそれこそボールが勝手にミットの中に飛んできただけといった感じだ。
――もしこの時、スピードガンを使っている者がいたら155㎞という驚異の数字を目にしたことだろう。
「「おおおぉぉぉおおおぉぉぉ!!」」
全員の声がハモる。
その後も「速ぇ」「すげぇ」「やべぇ」と各々が口にし騒ぎ出す。
彼らも球児。そんなすごい球を見れば嫉妬や妬みといった感情より、素直な賞賛が口を飛び出す。
その後も、興奮覚めあらぬ様子で、はしゃぎ続ける。
「ありえないだろ。あれ140ぐらいでてないか?」
「いやいや、アンダーで140って不可能だろ」
「でも出てたろアレ、間違いなく」
「人間じゃねえし、そんなの」
「それこそチートのキング様ぐらいじゃね、出来るの」
「「…………それだ!!」」
全員が答えにたどりつき、誠の方を見る。
「え~と、……元ベアーズのキングです」
誠が肯定すると部員のテンションは更に上がる。
本来なら真っ先に事態の鎮静に回る主将も、元プロ野球選手を前にし自らの興奮を抑えられない様子だ。
結局、全員が落ち着くまでに10分以上の時間を要した。
「では改めて、太田誠です。去年までプロ野球の方でピッチャーをしていました。好きなものは三振で嫌いなものはエラーです。よろしくお願いします」
対応事態は丁寧なものの、誠のエラーという言葉に幾人かの部員が不安を覚えた。そもそもがキングのエラー嫌いは有名すぎるほどに有名で、その矛先が自分たちに向かうかもしれないとなると気がきでは無いのだろう。
とはいえ、そんな彼らも多くの部員と同じようにこの大型新人の入部を喜んだ。
「で、あんたらはいつになったら土手に行くの」
――こうして誠を迎え改めて一つになった城北高校野球部全47名はみんなで仲良く土手へと駆けていった。
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